第二十六話 クロフツ
先程まで人質にされていたテレビクルーが去った後の駐車場は空き地と化し、嵐の前の静けさを湛えていた。
老将マサヒデと、屈指の魔術師であるゾーラは、ゆっくりと歩みを進める銀色の騎士に対して各々の武器を構える。
やや小柄な銀色の甲冑を全身に纏ったその騎士は、最高峰の魔術師であるゾーラを持ってしても魔力の波動を感じられないが、異様なまでの圧力を放つ。
片割れの女にクロフツと呼ばれるその銀色の騎士は無造作に歩みを進め、やがて2人から一定の距離の地点で立ち止まると抜刀し、ごく自然体に構える。
間合いの計り方も絶妙である。
……そして禍々しさと共に美しさも同居する。
騎士の足捌きや剣を扱う一切の無駄のない所作からとんでもない達人である事が察せられ2人はますます警戒を強める。
この世界に置いて魔力の出力値はほぼ勝負の行方を決める。
その魔力が感じとれないこの騎士にそれでも2人は攻撃を打ち込む事が出来ないでいた。
クロフツから目を逸らさず2人は小声で即興の戦術を立てる。
「気をつけな、ジジイ。超S級の古龍があそこにいると考えていい」
「わかっとる…… やれやれ、この歳になってこんな怪物を相手にせねばならんとはな」
迫りくる白銀の騎士から目を切らずに2人は間合いを図り、武器を構え直す。
「泣き言言うんじゃないよ。……あんなものを姫に近づけるわけにいかない。
いいかい、アンタが何とかしてあの不気味な騎士の隙を作るんだ。そうしたら私が魔法をヤツに叩き込む。いいね?」
「……ほんとお前さんは昔からワシに無茶振りしよるな。
はいはい、わかっとるよ」
不満そうなマサヒデを他所にゾーラは杖を握りふと、後方でフェンスの上に座り余裕の笑みを浮かべるネスを見つめた。
「お前は戦わないのだな、小娘。名を名乗る気もないか?」
ネスはゾーラに嘲笑うかのような微笑みを返す。
「あら、失礼しましたわ。私はネスよ。グノルシア教団の聖女をさせてもらってるわ。あなたたち相手に私まで加わっちゃ話にならないから」
「フン、随分と舐めた口を聞いてくれる」
「おしゃべりしてる暇はないわよ♡」
2人の集中が微かに途切れたその一瞬を見逃さずクロフツは一足飛びに斬りかかる。
まるで猫科の獣のようにしなやかな足運びからのその斬撃を辛うじて剣で受け止めマサヒデは仰け反る。
「……チッ!」
マサヒデは間をおかず次々と繰り出されるクロフツの斬撃に刃を合わせる。
白銀の残光と火花が散り、金属音がコンクリートの床に響き渡る。
「ジジイッ! 踏ん張りな‼︎」
「グゥッ! このっ! 舐めるなよ不埒者‼︎」
クロフツの流れるような斬撃を辛うじて受け止めながらもマサヒデは後退していく。
その様子を見つめながらネスはクスクスと笑う。
「そうそう、頑張るわねおじいちゃん♡ 普通ならもう死んでたわよ。そうねえ、3分くらい遊んであげなさい、クロフツ。剣の真名は解放しちゃダメよ♡」
ゾーラはネスが呼んだその名を聞き逃さず、眉を顰める。
(……クロフツ? 偽名か……?)
クロフツ……それはこの世界に置いてありふれた名前である。
何故なら、ここ異世界ジェラザードに於いて、誰も知らない者が居ないほど有名な古の英雄の名前であるからだ。
ゾーラは一瞬切れた思考を戦闘に戻し、騎士の斬撃をスレスレでかわすマサヒデに大きな声を飛ばす。
「ジジイ! 後転しな! 『風矢‼︎』 『太陽と風の恵み!』」
ゾーラの指示と共に後転したマサヒデの頭上を銀色の一閃が跳ね、ゾーラの杖から魔力による風の矢がクロフツへと向かった。
銀色の騎士は剣で風の矢を受け止める。
その隙にすかさずゾーラはマサヒデに身体能力と魔力を上昇させる魔法をかけた。
息を切らせるマサヒデにゾーラは更に回復魔法をかけた。
「3分遊ぶ、とか言ってるが気を抜くと死ぬよ、ジジイ‼︎ 姫を守れずに死んだら天国の奥さんにどやされるよ!」
「えーーい! うるさいわい! ババア‼︎ あんな不逞の輩なぞワシがこの場で斬り捨ててくれるわ‼︎」
「その意気じゃ、やれい!」
そうしてマサヒデは剣を構えクロフツへと斬り込んでいく。
その動きは先ほどとは打って変わって素早く、力強い。
ゾーラのバフ魔法が作用している為だ。
フェンスに腰掛けたネスは笑いながら懐から取り出したドーナツを齧り始めた。
「へぇ……? やるわね、おじいちゃん。おばあちゃんも中々のバフ魔術を持っているわね」
ゾーラは眉を顰めネスに問い掛ける。
「うす気味悪いガキよ。いったい何が目的なんだい?」
「目的? ……ん〜〜 目的ねえ。おばあちゃんに言ったところで理解出来ないわ」
「……フン まあどうでもいいわい」
ネスとの不毛そうな会話を切り上げゾーラは杖を掲げ呪文を唱え始める。
緑色のオーラが弧を描き魔法陣となり、ゾーラを中心に渦巻き始める。
「風の刃よ!」
そうしてゾーラが杖を振りかざすとクロフツに向かって無数の風の刃が発射された。
マサヒデの斬撃と共に飛び来るその風の刃は、クロフツの纏う白銀の鎧へと次々と命中する。
風の魔法にクロフツが怯んだ隙をみて、ゾーラは前進し、マサヒデに向けて杖をかざした。
「目に見えない刃を全て受け切る事は出来まい。ジジイ! もう一度バフかけるよ‼︎」
「よしっ! こい! ババア‼︎」
バフを再度重ね掛けされ、マサヒデの膂力と敏捷性が通常の3倍となる。
「はああああああ‼︎」
マサヒデは再びクロフツへと斬りかかる。
バフが乗ったマサヒデの動きはもはや達人の域を超えている。
しかし、それでも表情は鎧で隠されて見えないが、クロフツは余裕を持ってその斬撃を全て捌いているようだ。
ゾーラはもはや呆れるように嘆息する。
アレはバケモノだ。
「……あのバフ状態にもついてゆけるのか やはり化け物じゃな」
マサヒデは切り結んでみて分かった。
クロフツと呼ばれるこの騎士はこのような劣勢でも全く動じていないどころか、全力すら出していない。
舐められているうちに勝負を決める必要があると判断した。
そしてマサヒデは斬撃の合間に渾身の力でクロフツへと肩からぶつかっていった。
「くらえいっ‼︎」
マサヒデのタックルを受けてクロフツは仰け反り、ガリガリ、と地面と踵の摩擦する音を立てながら後退する。
チャンスと見たゾーラは魔力で飛び上がり、杖へと魔力を込め始める。
「よくやった‼︎ ジジイ! 清風那嵐砲‼︎」
ゾーラは杖をクロフツの鼻先に突きつける。
緑色の緑風が凝縮され、嵐のように吹き出した魔力がクロフツを飲み込み打ちつけた。
轟音と共に砂塵が舞い上がり、駐車場の半分が破壊された。
ネスはちょうどドーナツを食べ終え、手を叩いて笑う。
「へぇ……⁈ やるじゃないおじいちゃん、おばあちゃん。さすがマリアちゃんの護衛に選ばれるだけあるわね」
ゾーラとマサヒデはネスを睨みつけ、武器を構える。
「何を余裕かましておるか? 次はお前の番じゃぞ。ネスとやらよ」
「あら? 私に構ってる暇は無いわよ? おじいちゃんおばあちゃん」
ハッと気づいたゾーラは目の端でそれを捉える。
その一瞬、砂埃から銀色の一閃が飛び交った。
「ジジイっ‼︎ 避けよ!」
「ぐうっ‼︎」
銀色の切先がマサヒデの肩口に突き刺さる。
刃が引き抜かれると傷口から赤い血が噴き出す。
砂埃の先には剣を構えた銀色の騎士が立っていた。
2人は後退し、クロフツから距離を取る。
「……化け物め アレを耐えるか ジジイ! 傷を見せな‼︎ 踏ん張り所だよ‼︎」
「ちいっ……! わかっとるわい! はよ回復魔法をかけんかい‼︎」
ゾーラは急いでマサヒデの肩口に回復魔法をかける。
それにしても恐るべきはクロフツである。
辺りを吹き飛ばす程の魔力を受けてもその鎧にすらダメージが入っていないようであった。
クスクスと笑いながらネスは手を叩く。
「さあクロフツ。力の30%を解放することを許可するわ♡」
ゆっくりとこちらへ歩みを進める白銀の騎士を見つめながらマサヒデは剣を握り直す。
マサヒデは長く生きている武人であるが、このような相手は初めてであった。
「……おい、アレはなんなんじゃババア」
「わからん…… だが今までの常識を捨てよ。あれは普通の生物でないのかもしれん」
「ちいっ……! 厄介じゃな! バケモノめ‼︎」
そして3回目のバフをかけられ、マサヒデはクロフツへと突進する。
「うおおおおおおっ‼︎」
しかし、先ほどよりも強いバフがかかっているにも関わらず、今度はマサヒデは劣勢に回る。
こちらの斬撃は悉くいなされ、クロフツの斬撃を受ける番に回っているのだ。
クロフツの斬撃をスレスレで避けてマサヒデの額と頬から鮮血が溢れる。
「ジジイっ‼︎」
「ぐうっ‼︎」
その時、クロフツの攻撃が止まり、後方へと飛び退く。
先程までクロフツがいた辺りを轟音と共に風の魔力が抉った。
やがて空から舞い降りた鷹の魔物ラッセルがマサヒデの横へと着地する。
「中将どのっ‼︎」
「おお、ラッセルどの‼︎」
ラッセルは鋭い目で敵2人を観察しながら、マサヒデとゾーラを庇うように前に立つ。
「私が戦います。お二人は退避を。怪我をさせるわけには参りません」
「いや…… ありがたいがあのバケモノはアンタ1人では無理じゃ。3人で全力で挑んでやっと、というところじゃろう」
ラッセルは冷静に状況を分析し、頷く。
「では共に戦いましょう」
フェンスに腰掛けたままのネスは、そんな彼らを見て足をぶらつかせながら笑う。
「ふふふふ…… 無駄よ? どれだけ頑張っても。さあやっちゃいなさい♡ クロフツ?」




