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第二十一話 聖水

 病室の扉が開き、長身の青年が入室する。

 ブラディエルは居住まいを正し柔らかな笑みを浮かべる。

 貴族らしく父にも慇懃に礼をし、アグレアイオスは病床の父を見つめた。


「失礼します。父上、お加減はどうですか?」


 アグレアイオスと目元が似たその壮年の男は明らかに病で弱っていたが貴族らしい物腰は崩さない。


「ああ、レオ。調子は良いよ。ニュースでお前の活躍は聞き知っている。頑張っておるようだな」


「いえ、私などまだまだです。そして私のことなどより。

 あの方が来訪されました」


 後ろに続いて入室した2人の令嬢は帽子を取り一礼すると白いワンピースを着た美しい少女が鈴の鳴るような声で挨拶をした。


「初めまして。私がズィーゲン王国第一王女マリア・ジュペール・ドゥ・シュマ・ガルです。

 ブラディエルさま。漸くこうしてお会いできましたね……」


 続いて挨拶するカリンにも柔和な笑みを浮かべブラディエルはベッドに腰掛けたままの非礼を詫びながら目を細める。


「おお…… 貴女がマリア殿下ですか。手紙を何度もやり取りしていたので初めて会った気がしませんね」


 元々はマリアが熱心にブラディエルに手紙を送り、それに応える形で実現した今回の来訪であった。

 顔色が冴えないブラディエルを気遣いながらマリアは悲しげに目を伏せた。


「……連載止まっておられますね。もう執筆は……」


「ええ、本当に申し訳ないがもう筆を取り絵を描くことはできません。しかしこうなる前に私の漫画なぞで和平のきっかけを作ることが出来てよかった」


 ブラディエルが不治の病、パルプフィズに侵されていることはアグレアイオスより聞き及んでいる。

 マリアは首を振りながらブラディエルの青い顔を見つめた。

 これ程弱っているのに今日はスーツを着てこの場に望んでくれたのだ。


「漫画なぞと言わないで下さい。世界の子どもたちだけでなく、大人たちだって貴方の紡ぐ物語に夢を与えられました。そしてこうして私たちの国を結ぶ架け橋にまでなってくれました」


「……そうですな、貴女にそう仰っていただけるなら私の作品も大したものかもしれませんね

 改めてですが、我が国へのご来訪心より歓迎申し上げます。

 そしてこのような病身へのお見舞いありがとうございます。

 国交がますます深まることを願っています」


「ええ、私もそう願っておりますし国交の活性化は実現させてみせます」


 マリアは力強く頷いた後に気恥ずかしげに鞄から色紙を取り出す。


「あの…… こういったことをお願いするのは本当に心苦しいのですが……」


 そしておずおずと真っ白な色紙をブラディエルへと差し出した。


「ご無理でしたら本当に断って下さいね? ご存知の通り私は貴方の作品のファンでして……

 こちらの色紙に貴方の直筆のサインを頂けないでしょうか?」


 その余りにも可憐でいじましい願いにブラディエルは心の底より笑みを浮かべ笑った。


「はは……! このように可愛らしい殿下にそこまで言われて頑張らない者はいませんな。例え血を吐いてでも無理を通しますよ」


「いえ、そんな……」


「大丈夫、今日の私は体調が良いのです。全盛期に比べれば筆圧が落ちますがどうかご容赦を」


 マリアは紅潮した頬を押さえながらほっと胸を撫で下ろした。


「いえ、ありがとうございます」


 しばらく静寂の続く病室にブラディエルの筆のサラサラとした音が響く。

 ……これがブラディエルの最後のサインとなるかも知れない


 マリアは描き終えたサインを涙を堪えながら受け取り、礼を言うとしばらく考え込んだ。

 ……やはりこの人をこのまま死なせてはならない

 それが例え禁忌に反しようとも。


 マリアはおもむろにカリンを振り返りながら決意の眼差しで見つめる。


「……ねえ、カリン、構わないでしょう? やはり私は禁忌を犯すわ。例え私が廃嫡されても妹のソニアが王位を継げばいいだけの事です」


 カリンはしばらく難しい表情を浮かべるが、仕方ない、といった風に頭を振ると持っていた鞄から何かを探る。


「……マリア様 分かりました」


 ブラディエルとアグレアイオスは2人の不審な様子に目を合わせ訝しげな表情を浮かべる。


「どうされたのです? お二方」


 掛けていた椅子から立ち上がり、マリアは2人の目を見つめながら今度は王女らしき厳かな口調で訥々と話し始めた。


「先の100年前の戦争。そのきっかけは国境付近で起こった暴動と一般的には言われてますが実際には違います。

 エルフと魔族が争っている本当の理由。

 それは我が王家とそちらの三大貴族当主のみが知る秘密。……禁忌中の禁忌です

 ご存知ですよね」


 ……エルフと魔族が争う本当の理由

 一般民衆には知らされていない秘密があった。

 マリアは訝しむ2人を見つめながら続ける。


「幾千年もの昔、女神によってこの大陸に聖杯がもたらされたと言われています。聖杯は願えばどんな願いでも叶え、その縁に溜まる雫は体内摂取すればどのような疫病や怪我でさえひとところに治癒すると言われてます」


 ブラディエルはカリンがマリアに手渡す小さな小瓶を見ながらその正体に思い当たる。


「……マリア殿下、まさか」


 驚くブラディエルに見せるようにマリアは透明な少量の液体が揺れる手元の小瓶を掲げた。


「そしてこれが我が国で密かに管理される聖杯から採取される聖水。年間僅か10ccしかとれない奇跡の水です」


「殿下……」


 エルフが密かに管理する素材の分からない銀色に輝く聖杯というものがこの世界には存在する。

 その聖杯からごく僅かにしかとれない聖水はあらゆる病や怪我を治癒することができる。

 ……そして万病に効く霊薬はかつて大きな争いをもたらした

 100年前のエルフの王族と魔族の指導者たちは休戦に当たって聖杯の存在をおとぎ話とすることにより、争いの鎮静化を図ったのだった。

 今も尚、民衆は聖杯の存在など信じていない。


「ブラディエルさま。この世界には貴方がまだまだ必要なのです。これを点滴で動脈に注射すればパルプフィズなどたちまちに治癒します。

 ……どうかこれを使って生きてください」


 マリアは小瓶を掌に載せてブラディエルへそっと差し出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] そこまで必要とされれば良いですよね。
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