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第二十話 国立病院の朝

 今日は朝から国立病院の玄関付近にはマスコミが大挙して押し寄せていた。

 何しろ現在ガストリスで人気絶頂であるマリア王女がこちらに来訪するというのだ。

 今や彼女の一挙手一投足に国民の意識が向いていた。


 マスコミたちは多数のライバル局同士でポジション取りを争いながら思い思いに取材戦略を練る。


「いいか、警備は厳重だが必ず殿下をテレビカメラに捉えろ。いいな、瞬きする暇もないぞ!」


「ライバル局に負けるな! わざと足を引っ掛けても構わん!」


「わかるな? 観衆が望んでいるものが何かわかってるよな? どんな手を使ってもいいポジションをとれ!」


 ガヤガヤと慌ただしく殺気すら漂わせながら彼らはその時を待つ。


 やがて警備の車に先導され数台のリムジンが玄関口に現れマスコミ達は更に騒めき始めた。


「よし! いいぞ! 窓にはブラインドがかかってるが降車の瞬間をとらえろ!」


「お! 停車したぞ!」


「ライバル局に負けるな‼︎ いけ!」


 本日は病院への訪問ということで報道陣への取材は無しとのお達しがあったのだが、彼らはそれでも構わず、我先にリムジンへと殺到する。


「よし! ドアが開いたぞ! 殿下! 一言お願いします!」


「殿下! おはようございます! ……あれ?」


「あれ⁉︎」


 そしてドアが開き出てきた人物を見た瞬間に驚愕する。

 そこには眼光の鋭い白髪の大きな老人がマスコミを見返していた。

 エルフ国の特使の1人でありマリアの側近マサヒデ中将である。

 何やら見慣れない服装だが、異世界であるところのニホンという国の黒いハカマという服のようだ。

 麗しの姫が現れると信じていたマスコミたちはその屈強な老将の圧に呑まれ、やがて慌てふためく。


「しまった‼︎ 嵌められたぁ‼︎」


「くそ! こちらは陽動だ! 殿下はいったいどちらへ……」


「くそっ! 探せ! 探せ!」


 しかしその場を離れマリアを追おうとするマスコミたちを騎士団やエルフの衛兵達がぐるりと取り囲んだ。


「うわわっ! なんだなんだ! 通してくれ!」


「ちょっと! 通して下さいよ! お願いしますよ! ねえ!」


 マスコミ達は戸惑い一様に騒めき、この仕打ちに抗議する。

 混乱となりかけたが老将の一喝がその騒めきを切り裂いた。


「皆さま! ガストリスの皆様! 私はズィーゲン王国の特使でありマリア殿下の近侍であるマサヒデ・バンクスと申します‼︎

 我が殿下は連日の公務と取材攻勢でお疲れのご様子。よって今日は私が色々と皆さんのご質問に答えますぞ‼︎」


 意気揚々とマスコミの1人の肩を掴むマサヒデに戸惑いながらマスコミの1人小さく悲鳴を上げながら戸惑う。


「……いえ、我々が取材したいのはマリア殿下でございまして別に貴方には」


「なんですと⁉︎」


 ずいと顰め面を寄せてくるマサヒデに押されながらマスコミの男は思わず涙目になる。


「ひいっ⁉︎ やだ! この人こわい⁉︎」


「この老体に用は無いとな⁉︎ 今日は色々と用意してきたのにそれは余りにも無体ではないですかな⁉︎」


 ぐるりと取り囲む騎士団や衛兵、強い調子で迫ってくるマサヒデを見比べながらマスコミたちは観念する。


「わかった、分かりましたよ…… 用意されたものとは何でしょうか、マサヒデ様」


「おお! ようく聞いてくだされた! 今日はのう! 異世界であるところのニホンコクの茶道というものを皆さまに味わって貰いたいのじゃ‼︎」


「はあ…… サドウですか」


 茶道になど全く興味はないが、マスコミはリムジンから運び出される日本風の畳や赤傘、茶道具などを見つめる。

 ……いったい何が始まるんだ


 マサヒデは笑みを浮かべながら畳に正座するとコポコポと湯を沸かしながらマスコミたちに着座を勧める。


「どうぞどうぞ、思い思いにお座りくだされ。すぐに用意できますからの」


 その時間、リアルタイムで中継していた各局に『なんなんあの爺さん』『マリアちゃん映せよクソ無能マスコミ』『おい俺らのマリアちゃんどこだよ』と苦情のメールやツイが殺到したそうな。








 ◇







 病棟の訓練室にいつものように集った騎士たちはお互いの義手や義足を見ながら励まし合うようにリハビリを続ける。

 先日、爆弾魔との戦いで手足を失った者たちであるがエルフの国より供与された医療技師により回復が早い。


 また彼らは職場への復帰意識も高いので本当にリハビリを頑張る。


 そんな彼らの元へ今日は来客があった。


「どうだ、怪我の具合は? リハビリは進んでいるそうだな」


「総長……! わざわざお見舞いに来てくださったのですか。ありがとうございます!」


 リハビリ室に入ってきた騎士団の総長であるアグレアイオスに感激しながら彼らは深く腰を折るが、そのままでいい、と黒鬼の騎士は柔らかい笑みで気遣う。


「わざわざ礼など言う事はない。君たちが手足を失ったのは私の責任なのだから。もし原隊復帰したいのならすればいいし、除隊したいならすればいい。補償は充分に出すからな」


 この国でこれほど下の者を気にかけてくれる貴族など幾人いるだろうか。

 総長の心優しいその言葉に騎士たちは感涙しながら頭を横に振った。


「そんな……! 滅相もございません! 私は必ず復帰して再び貴方の役に立ってみせます!」


「そうか、気負わなくていい。今日は君たちの見舞いに来てくれたゲストがいる」


「はい、誰でしょうか? ……えっ!」


 扉が開いた先に見えた小さな人影に騎士たちは呆気に取られ言葉を失う。


 白色のワンピースをきたその少女は彼らに近づき、ゆっくり帽子を取った。

 まるで銀色の粒子が飛び交うかのような美しい姫は背後に赤髪の麗人を従え、沈痛な面持ちで深々と頭を下げた。


「初めまして、私はズィーゲン王国第一王女マリア・ジュペール・ドゥ・シュマ・ガルです。私の警護の為にそのような大怪我を負ったそうで申し訳ありません」


 一瞬思考がフリーズした彼らだったが、慌てて彼女に向けて背筋を伸ばして彼女よりも更に深く姿勢を沈めた。

 わざわざ国賓が自分たちの見舞いに来てくれたのだ。


 騎士の1人が気づかわしげに口を開く。


「そんな……! 一国の王女殿下が私たちのような一兵卒の為に……! お顔をお上げ下さい‼︎ 私たちは仕事をやり切ったまでなのです!

 それに貴女の国の義足のおかげで元の生活に戻れそうです。私は大丈夫です」


「……そうですか、そう言って頂けるなら少しは肩の荷が降りるわ。でもごめんなさいね」


 そして暫く彼らと言葉を重ねた後に、リハビリ室を後にした。






 マスコミを上手く出し抜いた彼らは誰にマークされる事なく負傷した騎士たちの病室をアグレアイオス、マリア、カリンの3人で周っている。

 院内の廊下の移動中、アグレアイオスはマリアに礼を述べた。


「殿下、我が部下の為にわざわざありがとうございます。みな貴女に感謝してますよ」


「……いえ、こんなことくらいしか出来ないから

 私の訪問すら皆さんのお邪魔じゃないかしら」


「決してそのような事はございません。皆貴女のような方に励まされるとより頑張れるものですよ」


「……だといいのですが」


 それでもマリアは痛々しい彼らの傷跡やリハビリの様子を見ると胸が痛くなる。

 全ては自分の責任において起こった事なのだ……


 負傷した騎士たちを全て見回り、アグレアイオスは彼女の表情を読みながら元気づけるように言った。


「さて、私の父ブラディエルの病室に案内致します。今日は体調が安定しているのでご遠慮はいりませんよ」


「ありがとう。漸く会えるのね。今回の安保条約の立役者と世界に夢を与えた大漫画家に……!」


 少しマリアの表情が晴れたように見えた。








 ◇







 とある病室の一部屋では、少年がスケッチブックにデッサンをしている様子を1人の男性が見守っていた。


「ふむ、大分上手くなったじゃないか」


「本当? ブラディエル先生!」


 久々に褒められたその少年は声をかけられた方を輝くような笑顔で見返す。


 紳士風のその男は病人ではあるが、今日は紺色のスーツを着て、黒髪と黒髭を綺麗に整えていた。

 頭には立派な白い角が伸びる。


 男は柔和に笑みを浮かべ少年に答える。


「ああ、本当だとも。いずれ君は私を超える漫画家になれるかもな」


「先生が描き方を教えてくれたからだよ! ありがとう! 先生!」


「いや、君の努力の賜物だよ」


 彼の名はブラディエル・ステフ・アリン・デモンズゼッド。

 アグレアイオスの父親であり、この世界ジェラザードに「コミック」や「アニメ」と言ったカルチャーをもたらした大漫画家であった。


 ブラディエルはここ数週間ほど体調が優れずここ国立病院に入院していた。

 そして彼の大ファンだというこの少年に時折り絵の描き方を教えていたのだった。


 少年はしかし、暫く考え込むと浮かない顔でブラディエルの顔を見つめる。


「先生……」


「ん?」


「僕、最近すぐ疲れて眠くなっちゃうんだ…… ママがお医者さんと話して泣いてるところを見たことがあるよ……

 僕重い病気なのかなあ……?

 だったらもう先生みたいな漫画家になれないよ……」


 ブラディエルは笑みを崩さず、しかし励ますように強い調子で少年の瞳を見つめ返した。


「バカなことをいうな。君は私を超える漫画家になるんだろう? 覚えるのも早いしわずか数週間でこんなに絵も上手くなったじゃないか。神様は決して君を見捨てたりしないよ」


「そうかなあ……」


 そしてブラディエルは、病室の外の景色を見つめながらいつもの事のように何気ない調子で切り出す。


「なあ、カイルくん。

 私の連載中の漫画『アルフレド』。あれは恐らく完結出来ないだろう。

 何故なら私はね、パルプフィズ病に罹患しているんだ」


「えっ……! そんな! 嫌だよ! 先生‼︎」


 パルプフィズ、それはこの世界に置いて近年猛威を振るう罹患原因不明の死の病であった。


 専門家が何人集って分析しても機序も原因も分からない。


 分かっているのはウィルスや細菌性ではない事、生物同士の接触では感染しない事。


 そして罹患すれば、脳幹に重大な麻痺が起こり筋が徐々に萎縮し、最後は痩せ細り数日内に死ぬということだけだった。


 ブラディエルはカイル少年の衝撃を他所に訥々と話を続ける。

 文字通り時間がないからだ。


「パルプフィズにかかって30日以上生き延びた者はいない。私は天命に殉じるつもりだ。

 我が漫画人生に悔いはないが、我が最高傑作アルフレドが未完で終了することだけが唯一の心残りだ……

 本当に残念でならない……‼︎」


「先生……!」


 ブラディエルは己の生には執着は無い。

 しかし連載中の漫画を描き残すことに本当に悔しそうな表情を浮かべた。


 大漫画家はカイル少年を振り返ると肩を優しく叩いていつもの笑みを浮かべた。


「だから、な、カイルくん。君が大人になってもっと絵の技術を磨いたらアルフレドの続きを君が描いてくれ。頼む……! そうでないと私は妻の待つ天国へといけないよ。大きな悔いを残せば地獄送りになってしまう」


 その言葉にカイルは涙を流し、頭を横に振った。


「そんな……! 先生が地獄になんていっちゃダメだよ‼︎」


「頼むよ、カイルくん。約束してくれ。自棄にならずに治療とリハビリを続けて病気なんかに負けないでくれ。

 君が『アルフレド』を完結させるんだ」


 カイルはブラディエルの真剣な眼差しを正面から受け止めた。

 いつもは遊びのつもりで描いていた漫画だったが、こうなると話が違う。


 ……いま、自分はこの大漫画家から何かを渡されようとしている


 重圧を感じながらもカイルは俯いて暫く考え込むと、やがて涙を拭い顔を上げブラディエルの瞳を見つめ返した。


「……わかったよ、先生! 僕がアルフレドを絶対に完結させてみせる‼︎」


 ブラディエルはその言葉に優しい笑みを浮かべ、そしてカイルの頭を撫でた。


「ありがとう。いい子だ。さあ、お母さんが来たみたいだね。病室にお帰り。またな」


 扉の方を見ると、カイルの母親らしき女性がお辞儀をしながらこちらを見つめていた。


「うん、こちらこそありがとう先生」


 カイルは椅子から立ち上がり、出来るだけ力強く手を振りながら笑顔で病室を後にした。



 少年が去った後の病室でブラディエルは力が抜けたようにベッドに座り込み、肩で息をする。

 カイルが居た時は気を張っていたが、もう呼吸をすることすら辛い時があるのだ。

 病状は確実に進行している。

 ブラディエルは自分の手を見つめながら眉根を寄せた。

 もはや力が入らずペンを握る事すら叶わない。

 ……わずか数週間前には漫画を描けていたというのに


「……情けないな、もうこの手は猫すら描くことが出来ない

 でもこれで心置きなく逝ける……」


 しかしカイル少年との約束を思い返し、ブラディエルは安心した表情になる。

 ……本音を言えばカイルの技術は並であるがあの情熱が有ればきっと彼はいい漫画家になれる

 ブラディエルは少年を励ます為ではなく、本気でそう信じていた。


 やがて、病室の扉を叩く音が聞こえ看護婦がその顔を見せた。


「ブラディエルさん、御子息とお連れの方がお見えです」


 約束の客が来たようだ。

 ブラディエルは病床から腰を上げ、椅子へと座り直した。


「そうか、通してくれ」

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― 新着の感想 ―
[一言] マサヒデ中将お疲れ様です。 そして、背景に様々なドラマが。
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