第十九話 教義と狂気
郊外の原野ではホウホウ、と夜の鳥の不気味な鳴き声が微かに響き渡る。
野原の隅にひっそりと建っている荒れ果てた教会の講堂からは老人のボソボソと講釈を垂れるしわがれ声が夜の闇に溶ける。
グノルシア教団は警察組織の動きを察知し、幹部たち数十名を集め人気のない原野へと身を潜めていた。
かといって元来が過激思想である彼らの意思は挫かれたわけではないらしい……
やがて女性の声と手拍子によってその説法らしき声は遮られ、教徒たちの目はそちらへと注がれる。
「さてと、この地図を見てくれるかしら」
赤みに近い金髪をかきあげ、血のように赤い右眼と夜の胡蝶のような紫の左眼はランタンに照らされる薄闇に鈍く光るように教徒たちを見渡す。
聖女と呼ばれる奇妙な容姿の美少女ネスはニコリと微笑みながら地図を懐から取り出した。
「協力者から情報が入ったわ。王女殿下は明日国立病院をご訪問なさるそうよ。我々としては最高のおもてなしをしてあげたいところよね」
教徒たちは手渡された地図をランタンの薄い灯りで照らしながら目を見合わせる。
いずれも狂気と闘志を失っていない目であった。
そんな様子を満足そうに見つめながらネスはにこやかに言い放った。
「前回は失敗しちゃったけど明日はもっと人数をかけるわよ。地下に潜ってる人員にも声をかけてね。ペッパーくんにも数名の教徒を付けるわ。よろしく頼むわね♡ 今度はしくじっちゃ嫌よ?」
聖女のその宣告に教徒たちの間から困惑とどよめきが漏れ、代表するように一人の教徒が立ち上がった。
「聖女さま」
そして端の方でつまらなそうに腕を組んでいる男を睨みつけ指をさした。
「我々はこの教団と教祖さま、そして貴女の為ならば命を捧げる覚悟があります……!しかし、あのペッパーという男は違う! 我らが教義すら空で読み上げられず教徒でもない。
そして前回のパレード襲撃では同胞を爆弾に変えて全滅させたという話も聞きました……!
そんな奴と組みたくなどありません!
いや、同胞を手にかけたこの男に処刑命令を!」
前回の襲撃でペッパーが教徒たちをまるで物のように軽く扱ったことは教団の中でも問題視する者が多数だった。
彼と行動を共にすることに不満が出ることは当然である。
一方の糾弾されたペッパーは不敵に笑みを浮かべ爛々とその目を輝かせていた。
焼け爛れた頬が更にこの男の狂気を強調していた。
聖女により一命を取り留める程度の回復を受けたが、「屈辱を忘れないため」という理由であえて火傷痕は残されたままである。
「ほう……! そうきたか。確かに俺らはお前らのけちくせえ神さまなんざ信じちゃいないがな! ヒャハハ‼︎」
「この‼︎」
ペッパーのその不遜な物言いに教徒たちの一部が立ち上がり、乱闘になりかけた時、テーブルを激しく叩き鳴らす音が室内に響き渡り教徒たちの気勢を削いだ。
一斉に視線を集めた先にはいつの間に入室したのか全身を甲冑で覆った銀色の騎士が聖女の側に聳えていた。
聖女がクロフツと呼ぶこの騎士は教徒の誰も声すら聞いたことがないと言う出自も不明の謎の戦士だった。
……しかし、スラム街のどんな腕自慢もこの体格が特に優れているわけでもない騎士に敵うものはいなかったという
教団内の誰もが恐れるこの騎士を見ても尚、ペッパーは嘲笑いながら軽口を叩いた。
「チッ……! 不気味な野郎だぜ! なあアンタ、食事の時くれえその暑苦しそうな兜を脱いだらどうだい? それとも人様に見せられないようなブ男なのかい? ヒャハハハ‼︎ ……グバァ‼︎」
聖女の掌から放出された紫色の光がペッパーを弾き飛ばし、壁へと叩きつけた。
爆弾魔は白目を向いて床へと崩れ落ちる。
教徒たちは驚愕と畏怖を覚え騒めくが、聖女は手を叩き諭すような口調で話し始めた。
「はいはい! 待って待って。ペッパー君には後でお灸を据えとくから勘弁してやってね? ちょっと頭がおかしい子なのよ。さあ君、我々の教義とは何だったかしら。この場で誦じてくれるかしら」
聖女に指差された教徒は畏怖を覚えながらも立ち上がり直立不動で応える。
「……『愚かな神はこの世に不条理と身分の差を生み出した。この世から争いや罪が絶えないのは現世の神が不完全な存在だからである。だからこそ我々は現世の神を捨て、新たなる神グノルシアを奉るのだーー』」
ネスはその答えに満面の笑みで手を叩き横に座る虚ろな目の老人をチラと見遣りながら頷く。
「はい、上出来ね。教祖さまもこの通りご満悦よ」
聖女が何を言いたいのか分からない教徒の一人が恐る恐る尋ねる。
「……あの、聖女さま。何を……?」
やれやれ出来の悪い生徒ね、と呟きながら聖女は笑みを浮かべながら答える。
「分からないかしら? 我々の目標は大きいところにあるのよ。
この世界をぶっ壊したいのでしょう?
普通のことをやってちゃダメよ。嫌な奴とも組まないとね。ペッパーの爆弾は有効よ。
ま、もう二度と教徒を爆弾化しないようには言っとくから」
新興宗教グノルシア、暴力の嵐が吹き荒ぶスラム街で生まれたその教義は現世への不満を破壊によって解消することが本懐である。
……神
そんな万能の存在があるのなら自分たちのような貧しく苦しむ者がいて貴族のような生まれながらに全てを持つ者がいるのはおかしいではないか……
……我々は現世の神を赦さない
教徒たちは顔を見合わせ納得したように声を揃える。
「……分かりました、聖女様の仰る通りです。新しき神グノルシアの御為に……!」
そして短調を主としたグノルシアの聖歌を声を合わせて歌い始めた。
床に手をつき頭を押さえながら目を覚ましたペッパーはそんな彼らを嘲笑う。
「ヒャハハ……! ほんとイカれてやがるぜ、この教団は」
彼らの全てを取りまとめる聖女ネスは手を叩き美しくも冷たい笑みを浮かべながら彼らの歌に拍手を送った。
「よろしい、いい子たちね。じゃあ頼んだわよ。マリアちゃんの周りの者をぶっ殺して泣いてるあの子をここへ連れてきなさい」




