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第二話 アグレアイオス・アギル・ゼバ・デモンズゼッド

『おい!車掌!この列車に銀髪のすらっとした美しい少女ともう1人お付きで似たような年齢の赤髪の女が居ただろう!何処だ⁈出せ!』


 遠くから聞こえる賊どもの下卑た声。

 銃口を突きつけられ脅されている車掌の姿も見えなくても目に浮かぶようだ。

 マリアはカリンの手を離すと賊の声のする方へと駆け出した。

 カリンは慌ててその後を追う。


「マリアさま!いけません!」


「カリン!私が行かなければあの方が殺されてしまいます!」


「くっ!マリアさま!」


 主人のその勇気を誇らしく思いながらもカリンは頭を抱え、走ってその後を追う。

 彼女ならば自分を犠牲にしてでも他国民であろうと民草を守ろうとするだろう。


 やがてマリアは車掌の肩を掴み銃口を突きつけている大きな猿の魔族の姿を見咎め憤然としてその前に立った。


「乱暴なことはお辞めなさい!私、マリア・ジュペール・ドゥ・シュマ・ガルはここです!何用なのです⁈」


 その凛とした声は車内に響き渡り怯えていた駅員や乗客たちは一斉にマリアの方を見つめる。

 キャップを外したその髪は粒子が飛び交うかのように美しい白銀でエメラルドのように碧いその瞳は全てを見通すかのようであった。

 均整の取れたその容貌はまるで造られたように美しい。

 まさかマリアが自分から現れるとは思っていなかった賊たちは一瞬呆気にとられた後に笑い始めた。

 追いついたカリンがマリアを庇うようにしてその前に立った。

 車掌に手をかけていた猿はその手を離すと下卑た笑みを浮かべながらマリアとカリンの方へと近づく。


「はっは!こいつはおどれーた!わざわざこんな他国の平民の命のためにノコノコ出向いてくるとはな!

 お姫さまよお!」


「近寄るな! 下衆め!」


 カリンは腰の剣を抜くと背後にマリアを庇いながら構える。

 尚も数名の魔族たちはニヤケ面を浮かべながら2人に近づいてきた。

 マリアは気丈にも賊たちに問いかける。


「我々のことを知っているのですか?何故です?」


「ハッハッハ!さあなあ!そのお賢い頭でよ〜〜く考えてみな!

 おーーーい‼︎お姫さま見つけたぞお!お前ら!」


 賊たちは列車内に散っていた仲間たちを集めさらに彼女たちを包囲する。

 もはや彼女たちに逃げ場は無くなった。

 カリンはこの窮地に歯軋りするしかなかった。


「くそっ……!卑劣な!」


「おーおー!別嬪じゃねえか!噂どおりのお姫さまだなあ!」


「眼福だなあ!はっはぁ!」


「どれくらいで売れるかなあ⁈」


「下衆な目で姫を見るな!下郎ども!」


 燃えるような赤色のポニーテールを振り乱し怒るカリンを見ながら魔族の1人は暗い笑みを浮かべる。


「ほぉぉ……お付きの女も上玉じゃねえか」


「こっちはどんな目に合わせてもいいんだろう?おかしらぁ⁈」


 その言葉にマリアは初めて色を失い、カリンを押し除け一歩前に歩み出る。

 その肩は小さく小刻みに震えていた。


「……!私はどうなっても構いません!おとなしく投降しますのでこちらのカリンは逃して下さい!」


 カリンは再びマリアを背に庇いながら怒った声を上げる。


「何を言うのです!姫さま!」


「このようなことになったのはこんなに不用意な旅を企画した私の責任です……!

 貴女だけでも逃げて下さい、カリン」


「嫌です!死んでも貴女を守り抜いてみせます!」


「カリン……!」


 面白そうに2人の遣り取りを聞いていた猿の魔族の1人がふう、と息を吐いて2人を捕縛しようと手を伸ばし始めた。


「心配しなくてもお前ら2人とも殺したりはしねえよ……?なあーーに‼︎大人しくしてれば無事にかえれ……」


 その時、バリバリという凄まじい轟音と共に列車の床を黒い岩盤の鋭い無数の刃が貫き猿を天井へと串刺しにした。

 賊たちは突然のことに驚き喚き散らした。


「おかしらぁぁぁぁーーー⁈」


「くっ‼︎おい!その姫とやらを連れて早く逃げろ!

 ……ぐぉぁぁぁぁ!」


 さらに1人、もう1人と次々と床から現れる岩の刃に貫かれ天井に貼り付くオブジェへと変容していく。


「なんだ!なんなんだ⁉︎なにがおこってやがる⁈

 ……ガァァァァ‼︎」


 遂には恐慌をきたし始めた賊たちの背後には気づくといつの間にか大きな黒い影が立っていた。

 その影は静かな、しかし冷たさを孕んだ声で語り始めた。


「おい、ヂドー盗賊団だな。身元は分かっている。薄汚い盗賊どもめ……

 そこなる方は我が国にとって大事な御方だ。

 それ以上近づけばそこのそいつのように細切れのミンチにしてやるぞ。

 大人しく投降するならば命だけは助けてやろう」


 いつの間にか黒い影はマリアとカリンの前へと聳え立ち外套を羽織ったその背を露わにしていた。

 影は1人の大きな男だった。

 黒い影と見えたのはその全身を覆う黒い軍服でありその腰には黒塗りの鞘に収めた大きな刀剣を携える。

 カリンはマリアを背に庇いながらその男に問いかける。


「あ、貴方は……?」


「もうすぐ終わります。ご辛抱を」


 男は問いかけに応じる事なくちら、と横顔だけを見せると賊たちに向き直った。


 褐色の肌に頭から伸びる2本の大きな角。

 その偉丈夫の切れ長の目から発される眼光は鋭く、面立ちは端正ながらその動きは戦いに慣れているかのように滑らかだった。

 賊の数人は激昂しながら武器を構え態勢を立て直す。


「くそっ!どこのどいつか知らんが1人で俺たちを相手するつもりか⁈バカが‼︎

 この辺じゃ俺たちを恐れてその名を口にするのも憚られるヂドー盗賊団だぞ⁉︎なめんじゃねえ‼︎

 おい!この身の程知らずを取り囲んでぶち殺してやれ!」


 偉丈夫は構える事もなく無手のまま脱力したかのような仕草で黒い外套を翻し賊たちに無造作に歩みを進める。


「さもしいな……己の悪業を覇業と履き違えるなど……

 そうか……ならば遠慮は要らんわけだな……?」


 その男の威圧感に一瞬たじろぐが賊たちは手にした小銃を構え引き金へと指をやった。


「しね若造!やれえぇぇぇ!」


「残念ながら私は1人ではない。

 やれ、ラッセル、シェルドン」


 男が合図すると同時に列車の割れた窓から何かが飛び込んできたかと思うとたちまちの内に賊たちが地に叩きつけられ、またある者は列車の外へと投げ出され始めた。

 次々と賊たちは悲鳴をあげながらその数を減らしていく。


「「「ぐべぇぇぇぇ‼︎」」」


「脚が!脚が変な方向に曲がっちまったぁぁぁ!」


 よく見ると焦げ茶の毛並みと翼を翻らせた鋭い眼光の鷹の魔族がその爪で賊たちを引き裂き、青黒い鱗を唸らせた巨漢の鰐の魔族が賊たちを殴り飛ばしていたのだった。


 ブラウン色の翼を羽ばたかせ鷹の魔族が怯えた賊を睨み尚もその爪を振りかざす。


「貴様らのような田舎の薄汚い野盗などあの方の御手を煩わせるまでもない……!」


 青黒い鱗をますますてからせながら鰐の魔族が血塗れの拳を床にへたり込んだ賊たちへと向ける。


「投降しろや、盗賊どもよぉ。即皆殺しにされないことをあの方に感謝するだな」


 黒い鬼の魔族を含め、鷹も鰐も強さの次元が違う。

 賊たちは王女を誘拐するという目論見が辛くも崩れ去ったことを知った。

 戸惑いながら残った賊たちはじりじりと後退する。


「くそっ……リーダーも副長もやられちまった……!」


「このまま捕まってたまるかぁ!」


「おい、待てよ鷹と鰐の精強な妖魔を従えた黒騎士の話ってどっかで聞いたことねーか……?」


「え、あぁぁぁぁ……!

 まさか……?」


 列車内に残った数名の賊たちの顔が青ざめその身体を震わせ始める。

 目の前の男の正体に思い当たったのだ。


魔都防衛騎士シティフェンサーアグレアイオス……!嘘だろ⁉︎こんな田舎街まで俺たちを討伐に来たってのか⁉︎」


「ひぃぃぃぃぃ‼︎ あれがあの紅蓮の閃光⁉︎」


 黒い軍服を纏ったその男の名はアグレアイオス・デモンズゼッド。

 ガストリス三大公爵家の1人であり、国の治安を守る警察組織の長でもあった。

 数々の悪鬼羅刹を葬ったその勇名は大陸を超えて轟きチンピラ程度の男たちではその名を耳にしただけでも逃げ出すほどである。

 賊たちは武器を投げ捨てその場にへたり込む。


「まいった……!俺たちは投降する……!温情をくれ」


 アグレアイオスは頷き、その申し出を了承する。


「よし、いいだろう。武器を捨てそのまま床に這いつくばるなら命は助けてやる。

 なぜ客人の来訪を察知していたのかは吐いてもらうがな」


 しかし、賊の中でたった1人大きな剣を手にアグレアイオスたちに迫る者がいた。


「おい!おい!冗談じゃねえぞ!俺はこいつらにたった3日前に雇われただけの傭兵だ!こんな奴らと運命を共にする気はねえぞ!」


 緑の鱗のそのリザードマンをアグレアイオスは冷たい目で見つめる。


「ほう、ならばどうする?」


「俺とサシで決闘しろ! 黒騎士野郎! 腕に覚えがあるんだろ? 俺が勝てば俺だけは放免しろ!」


「面白いな……一騎討ちを仕掛けられたのは久しい」


 アグレアイオスは薄い笑みを浮かべ無造作に前へと踏み出す。

 リザードマンは大きな剣を振りかぶるように構えた。


「はっ!約束は守れよ!黒騎士野郎!」


「タルカス、おいよせよ……お前あいつ知らねーのかよ?」


 タルカスと呼ばれたリザードマンは振り向きざまに忠告をくれた仲間の1人をその大剣で切り裂いた。

 赤い血飛沫を背に声を荒げながらタルカスは再びアグレアイオスへと向き直る。


「黙れ!田舎のクソギャング風情が! たった3人相手に簡単に屈しやがって! なにがヂドー盗賊団だ! 俺は大剣のタルカスさまだぞ!」


 タルカスは血に塗れた剣を構え目前の敵を睨みつけた。

 アグレアイオスは無表情でさらに脱力したままの姿勢で片手に持った双刃の剣を構える。


「勇猛なのはいい……だが仲間を大切にしないのは感心せんな」


「うるっせぇぇぇぇぇぇあああああ‼︎」


 タルカスは叫びながらアグレアイオスへと突進を始めた。

 アグレアイオスは動かない……


 大剣が勢いよく降り出されたその一瞬、赤い糸のような細い閃光が奔ったかと思うとその大剣は粉々に砕け、タルカス自身は胴が真っ二つになり、床に倒れ込むと物言わぬ死体へと転じた。

 その死体の目は虚空を虚しく見つめる。


 アグレアイオスはシュッと白銀の剣を振り血を払って納刀すると静まり返った賊たちの方を見て静かに問いかける。


「まだ、かかって来る者はいるか?」


 当然首を縦に振る者など皆無だった。


 やがて黒い軍服を着た魔族の兵士たちが続々とその場へと到着する。

 アグレアイオスとその側近2人が余りにも速いので漸く今頃になって追いついた魔都防衛騎士シティフェンサーたちであった。


「アグレアイオスさま‼︎」


 急いで集結してきた部下たちを一瞥するとアグレアイオスは低い声でただ一言を発した。


「拘束せよ」


「「「はっ‼︎」」」


 部下たちに生き残りの賊の拘束を命じるとアグレアイオスはマリアたちに歩み寄る。


「お怪我は御座いませんか? 第一王女殿下。

 お連れの方も」


 マリアはほっと息を吐きながらその偉丈夫を改めて正面から見上げる。

 背丈は2メートルほどはあろうか。

 黒鬼族のその男はかっちりと黒い軍服を着込みその容貌は恐ろしくもあったが精悍であった。

 マリアは傍のカリンの様子も確認しながらその凛とした声で応える。


「……ええ、私もカリンも無傷です。

 ごめんなさい……わたしのせいで幾人かが血を……」


 しゅんとした様子のマリアにアグレアイオスは頭を下げて詫びの言葉を述べる。


「駅員に重傷者は出ましたが死人はいないとのことです。命に別状もありません。

 これは当方の警備の落ち度でございます。申し訳ございません。しかし御忍びでこういうことをされては万全の警護体制を図れません」


 いち早く王女殿下の御忍びでの来訪を察知したアグレアイオスは取るものもとりあえず駆けつけたのであった。

 マリアは死人なしの言葉に胸を撫で下ろす。


「そうですか、それは良かった……

 駅員の方たちには申し訳なかったとマリアが謝罪していたとお伝えください。

 私が今回、御忍びの旅を企画したのはこの国本来の形を目にしたかったからです……

 でもそれは裏目に出たようですね、申し訳ありません」


「ご高配感謝します」


 マリアはため息を吐きながら腕を組んで慌ただしく行き交う駅員たちを見遣り、それからアグレアイオスの方に向き直り、小さく微笑み改めて会釈する。


「あ〜〜あ。楽しい列車の旅もこれで終わりですわね。

 ……色々あって申し遅れていました。

 私はズィーゲン王国第一王女マリア・ジュペール・ドゥ・シュマ・ガル。

 こちらは私の最も信頼する護衛であり親友であるカリン・ノアです。

 以後お見知りおきを。

 黒い騎士さん、貴方は?」


 アグレアイオスは胸に手を当て頭を下げながら厳かに返答した。


「私はガストリス公国魔都防衛騎士シティフェンサー総長アグレアイオス・アギル・ゼバ・デモンズゼッド。

 こちらでの護衛や身の回りの差配などは私が責任を持って当たらせていただきます。

 公国へようこそ。第一王女殿下。

 心より歓迎いたします」


 マリアは慇懃に頭を深く下げるその精悍な黒鬼の男をじっと見つめる。

 その黒々とした髪は腰まで伸び、紅玉のように赤い瞳は鋭さと叡智、そして優しさも秘めていた。

 隣国の姫であってもその名は聞き知っていた。

 傍から見ていても何が起こったのか分からない程の凄まじい強さに伝聞の数々は嘘ではないと今思い知る。


「そう……貴方があの紅蓮の閃光なのね。助けてくれてありがとう」


「もったいなきお言葉です、王女殿下」


 黒鬼はもう一つ王女に対して慇懃に頭を下げた。

※アグレアイオス・アギル・ゼバ・デモンズゼッド

ガストリス公国三大貴族の一つ、デモンズゼッド家の1人息子であり嫡男。

魔都防衛騎士シティフェンサーと呼ばれる警察組織の長を務める。

この時点で21歳。身長201cm

炎と地を操る魔力術式と剣術の達人である。

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[一言] 戦闘シーンがワクワクして、続きが気になる作品です。
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