第十七話 本物と偽物
マリアとドロテナがダンスホールに降りてくると群衆からは騒めきが漏れ、踊っている者たちも一瞬その動きを止めた。
エルフの姫マリアの美貌は言わずもがな、ドロテナも学生時代はミスコンテストに輝いた麗人である。
紺色のドレスのマリアに赤いドレスのドロテナの2人の美女2人が並んで歩く様はまるで絵のようで男女問わずその視線を集める。
そんな中でただ1人困惑の表情を浮かべてこちらを伺うアグレアイオスを見つけ、マリアはニコリと微笑んだ。
2人がダンスホールの真ん中に位置取るとドロテナは微笑みマリアに手を伸ばした。
「さあ、踊りましょうか、マリア殿下。皆私たちを見つめていますわ」
「ええ、では」
手を差し出し合い、繋ぐと音楽に合わせて2人は踊り始めた。
ステップを踏み、流麗にツイストやロールを続ける2人。
やがて互いの技量を認め、息が合ってきた2人のダンスは難度を増し、その速度を上げていく。
王族であるマリアは勿論幼少期から訓練してきた技術であるが、ドロテナも大したものであった。
踊っていた群衆はやがてダンスをやめ2人の演舞に男女問わず見惚れる。
やがて10分近く続いた2人のダンスが終わると拍手の嵐が彼女たちを讃えた。
まるで飛び上がるように喜ぶ男たちもいた。
「ブラボー‼︎ 流石王女殿下とミスコンテストだ! 今日はここに来てよかったぜ」
「良いものが見れた! マリア殿下ありがとう!」
歓声の嵐の中、微笑みとお辞儀で彼女たちはそれに応える。
ドロテナは紅潮した頬でマリアの手を取った。
「素晴らしい時間をありがとうございます。マリア様。あちらで少し休みましょうか?」
「ええ、こちらこそ楽しかったわドロテナ嬢」
外に設けられたバルコニーから見える夜景の星が瞬き、中に比べて静かだった。
バルコニーのテーブルに冷えた紅茶が運ばれてくるとドロテナはカップを手に息を吐いた。
「やはり一国のお姫様のエネルギーってすごいのね。ダンスは私の負けよ。
マリア殿下、私ね、お姫様になりたかったの」
不意に屈託なくそんな事を言い始めるドロテナの顔をマリアは静かに見つめた。
マリアはドロテナと踊ってみてわかった事がある。
ダンスというのは対話と同じだ。
彼女から伝わってきたのは、ここに至るまでの努力、プライド、見栄、向上心……
正直言って、マリアは先刻のデモンズゼッドの従者たちの反応からドロテナには好印象を抱いてはいなかったがその認識を改めた。
過去に何があったかは知らないが、この子の本質はそれほど悪いものではないのだろう。
「お褒めに預かり光栄ですわ。
でもそういう貴女はもう立派な淑女でお姫様ですよ、ドロテナさん。
公爵令嬢になるのでしょう?」
ドロテナは少し顔を背け、月に照り返る金色の髪をかきあげる。
そして意を決したように口を開いた。
「私は下級貴族の娘に生まれて…… 幼い頃から両親にみっちりとお勉強と芸事を仕込まれたわ。
没落貴族の命運を私に賭けられたの。
……殿下、難しいかもしれないけど出来ればここからのお話を怒らないで聞いて欲しいんです
いいかしら?」
恐らく大衆の前では見せない彼女の真剣な眼差しだ。
マリアは深く頷く。
「分かりました。聞きましょう」
ドロテナは夜空をチラと見遣ると少し間を置いて話を始めた。
「私は父と母に言われるままに国立学院へトップクラスの成績で入学し、自分を磨き続け……そしてお見合いも繰り返したわ。学生時代に付き合った男性の数も両手の指の数じゃ足りないくらいよ」
マリアはじっとその横顔を見つめ耳を澄ませ続ける。
月明かりに照らされたドロテナの眼は淡いブラウンに揺れていた。
「私が有名になればなるほど、お付き合いする男性の爵位や家格は上がっていきました。
そしてそれは私の願いと両親の願いに合致するものでした。
沢山の男の方を振り捨てて来たけれど後悔はないわ」
王女は一瞬だけ彼女が苦悩の表情を浮かべたことに気づいた。
……或いは気のせいなのかもしれないが
ドロテナはマリアの目を見つめ、そして話を続ける。
「そして、私はレオ、いいえアグレアイオスに出逢ったの。遂に三大貴族の1人の婚約者候補に選ばれるまでに私は至ったのよ」
マリアはそこで彼女の語りに自嘲の響きを感じた。
その口調とは裏腹の思いがあるのかもしれない。
「両親の巧みなアプローチで私は17の頃にアグレアイオスとお付き合いすることになりました。
彼はとても優しくて素敵な男性でしたわ。
……でも、やはり家柄に問題があった
デモンズゼッドは確かに名門貴族と言われる家系よ。でもそれと共に彼の祖父はこの国最後の魔王陛下をその手にかけたことでも有名なの……
デモンズゼッドの家に入れば『王殺し』の名を背負う事になる。
ここまで来て私はそんなの耐えられなかった。
そんなの本当のお姫様じゃない……!」
マリアもガストリスの歴史なら理解している。
アグレアイオスの祖父が当時の魔王を討った事で100年前の戦争が終わったことも。
……その功績と共に王殺しの汚名を背負ったことも
流石にその発言には苛立ちを覚えたがドロテナの揺れる瞳はそれは必ずしも本心でないことが見てとれた。
彼女は自分の理想と両親のために「悪」を演じてるのかもしれない。
……これは懺悔だ
マリアは顔色を変えずドロテナの目を見つめ返すことで先を促す。
「だから私はアグレアイオスと半年付き合った後、婚約を破棄してフランクスとお付き合いする事になったわ。
幸いに彼も私を好いていてくれたし、レオの友人だから話し合いはすんなりといったわ。
そしてそれで良かったと思ってる。今は幸せよ。
アグレアイオスは素敵だけれど、堅物すぎてね。面白みは無かったのよ。デモンズゼッドも質実剛健を謳っているだけに他の二家に比べて裕福でないしね」
やはり自嘲の響きが見て取れる。
ドロテナは立ち上がると空にかかる月を見上げるようにハンカチで額を拭っているようだった。
マリアからはその表情を窺い知れない。
暫くするとドロテナは振り返りいつもの鷹揚な笑みを浮かべていた。
「……これが私、ドロテナ・ザガナスという女の非道い物語よ。
ご静聴感謝します。軽蔑しましたか?殿下」
マリアは首を横に振る。
少し苛立ちを覚える部分はあったがそれでも彼女の生き方を否定する気にはなれなかった。
……きっと彼女なりの苦労もあるのだろう
ダンスホールでは群衆の中から彼女への陰口が聞こえてくることもあった。
「いいえ、軽蔑など。何故この話を私に?」
「殿下がとても聞きたそうだったから。私ではなくレオの事を。
この国に来て数日だそうですが大層気に入っておられるでしょう? アグレアイオスのことを」
じっと探るような目線を向けてくるドロテナを見つめ返しながらマリアは少し考えると口を開いた。
「彼には親しくして頂いてますし感謝はしています。でも私は立場上1人の者を贔屓は出来ませんから」
そう、自分は何も彼を特別扱いなどしていない。
これから自分は故国ツィーゲンを代表してたくさんの人と外交を重ねなければならないのだ。
政務に支障が生じるような特別扱いなど誰一人として出来ない。
ドロテナはそう、と頷くと小さく笑いながら後方のカーテンの辺りを指さした。
「そろそろ戻りましょうか。お連れの赤髪の麗人もそこで心配しながら見守っておられますし」
振り返るとカーテンの端から夜風に揺らめく赤髪とこちらを見つめる碧眼が見えた。
マリアにとってよく見知ったものである。
思わず笑い声を上げ、マリアは席から立ち上がった。
「そうですね、ありがとうドロテナさん。楽しかったわ」
共に歩き出す際にドロテナは不思議そうな表情で問いかける。
「……今の話でちっとも私を責めないのね
少しはお叱りを受けると思ったわ」
「怒らない、と約束したじゃない。それに」
微笑みながらマリアはドロテナの顔を覗き込んだ。
「まだ貴女、総長さんに情があるのでしょう? だから敢えて悪し様に言った。私に怒られるように。
贖罪の気持ちもあるようですね。あ、返事はいりませんよ。
さ、戻りましょう」
言うだけ言うと颯爽と歩き出すマリアを唖然と見つめながらドロテナは髪をかきあげ苦笑した。
「敵いませんね、本物のお姫様には……」




