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第十六話 舞踏会

 少し離れて級友らしく談笑を続けるアグレアイオスたちを観察しながらマリアは質問に応えてくれたその従者に相槌を打った。


「そうですか……」


 給仕が新しく運んできた紅茶に砂糖を一つ入れ麗人は物憂げに手にしたスプーンをかき回す。


「貴方たちがそう言うのなら何かあったのでしょうね」


 ラッセルは顔を上げ、マリアの横顔を見つめた。

 もちろん顔色には出ていないが、心なしか不機嫌なようだ。

 聞きたいことはあるがこの場で聞かないのは王女なりの気遣いとプライドなのだろう。

 鷹の魔族は銀色の姫の横顔に改めて深々と頭を下げる。


「ご高配感謝します」




 煌びやかな赤いドレスに映えるブロンドの髪を靡かせながらドロテナはアグレアイオスに上目遣いで手を合わせた。


「ねえ、レオ。ちょうど今夜同期が集まってパーティーを開くのよ。マリア殿下もご一緒にご参加いただけないかしら?」


 この者たちだけでなく、一般の者は知らない。

 王女が何者かに狙われ先日もその一味を彼が退治し、こうしている今もその対処に追われていることを。

 そのような場合ではない。

 アグレアイオスはその申し出に首を横に振る。


「ドロテナ、困ります。殿下は国賓だ。警備体制の万全で無いパーティーへの飛び入りなどとんでもない」


 それでももう1人の傍らの級友、フランクスは眩いばかりの笑みと押しの強い声音でますますアグレアイオスに迫ってきた。


「僕からも頼むよ、レオ。いいじゃないか。

 我がドゴスギア家の警備はそんなに当てにならないか?

 あんなに見目麗しい殿下がいらしたならみんなきっと喜ぶよ。

 それに君の『朴念仁』のあだ名を返上するいいチャンスじゃないか。

 な、君からうまく言って殿下をパーティーに連れてきてくれよ」


 アグレアイオスは幾度も首を横に振りながら顔としてその要望を跳ね除けた。


「私のことなどどうでもいい。無理だと言ったら無理だ」


 この友人たちはいつまで学生の頃の調子で困った要望を出してくるのだろうか。

 アグレアイオスは応対しながら暫し思案にくれる。

 そういえばこういう奴らだったな……と。


 部下に何人も怪我人を出した昨日までの戦いを思い出しやや心に騒めきを覚える。

 しかし何も知らない彼らに怒っても仕方がない。

 屈託なく笑みを浮かべながら尚もパーティーへの出席を勧めてくる能天気な友人たちに対応しながらどうしたものかと思案に暮れていると背後からここ数日で聞き慣れた柔らかい声が聞こえてきた。


「ふーん、いいじゃないですか。総長さん、私そのパーティーに出席させていただきますわ」


「殿下……」


 振り返ると微笑むマリアがそこにいて、アグレアイオスが慌ててその言葉を撤回する前に級友たちの歓声が響く。


「本当⁈ やったわ! ありがとうマリアちゃん‼︎」


「ドロテナ嬢……」


 非礼にあたるその物言いに呆れながらアグレアイオスが言外に嗜めるとドロテナは慌てて口に手を当て深々と頭を下げて謝罪した。


「あらいけない。申し訳ありませんわ、殿下」


「いいのですよ、ドロテナさま。では今晩のパーティー楽しみにしてますね」


 鷹揚に微笑むマリアの温かい言葉と共にアグレアイオスの意志に反して今夜の予定が決まってしまった。




 パーティーに向かうべくアグレアイオスたちは数台のリムジンに分かれて乗り込み暗くなってきた道を走る。

 欠席する理由などなんとでもなるのだが、やはり王女が行くと言って聞かないし、一度了承した以上名門ドゴスギアの子息の誘いを無碍にするわけにもいかない。


 マリアとカリンが座る後部座席を気にしながらアグレアイオスは思案を巡らせる。

 先日のテロに際して爆弾魔ペッパーが無惨にその生命を爆弾として使い切ってしまったため1人の捕縛も出来なかったが、犯人たちの格好からグノルシア教の関与が推測できたので奴らの教会やアジトに人員をさき捜査の手を伸ばしている。

 しかし、その情報も教徒たちに察知されていたのか未だに1人の逮捕もできていない。

 近年その勢力を増し、スラム街に深く蔓延る新興宗教にはまだわかっていないことも多い。

 本来ならばアグレアイオス自身も捜査に加わりたいところであるが、オーバーワーク気味である彼を見咎めたラッセルやシェルドンの進言により本日は休暇(休めてはいない)を取れることとなったのだが……

 まさか級友に押しかけられ、あっさりと王女にパーティーへの出席を了承され随行するこたになるとは思わなかった。



 マリアの方を見ると頬杖をついて何やら物憂げである。

 そういえば先ほどからなんだか不機嫌そうな王女殿下の様子にアグレアイオスは気づき、声をかけてみる。


「殿下、我が級友の我儘にお付き合いいただき申し訳ありません。でも無理にご出席なさる必要はなかったのですよ。なんなら今からでも……」


 今日は紺色のドレスに意匠を抑えめの蝶の髪留めで着飾ったマリアはアグレアイオスの顔を見つめながら微笑んだ。


「いいえ、貴方のお友達でしょう? 遠慮しないで。私はね、総長さん。もう少し貴方のことを知りたいと思ったのよ」


 王女が微笑んだその愛らしい笑顔と柔らかい声音はいつもと変わらない。

 気のせいだろうと思い直し頷きながら応答する。


「それは…… 至極光栄なことですが……」


「そろそろ着いたようですよ、殿下」


 カリンが窓の外の豪邸を見上げながらマリアにそう告げた。

 彼女の言う通りやや距離があっても豪奢な作りの大きな屋敷が聳え立つのが宵の月明かりに見えた。

 ドゴスギア家の誇る別邸の一つである。


 護衛隊とマリア、カリンがリムジンから降りると華やかな音楽が鳴り響く屋敷から数人の貴族らしき面々が嬉しそうな笑みと共に彼らを出迎えた。

 真っ先に前面に出てアグレアイオスの手を取るように挨拶の先陣を切ったのはこの豪邸の主であり、パーティーの主催者であるフランクスであった。


「やあレオ‼︎ そして麗しの姫よ! この度はお越しいただき感謝しております」


 貴族らしい端正な顔に涼やかな笑みを浮かべながら後ろに並んだ彼の取り巻きである同期の友人たちにまるで自慢するかのように目線をやった。


「さ、さ、こちらへ」


 そうして屋敷の奥の広い客間に一行が案内されると音楽に合わせて踊っていたらしき客人たちがピタリと止まり一瞬の沈黙と共に騒めき始めた。

 もちろん衆人の視線の先は白銀のエルフの姫だった。


「本当にきた…… マリア王女だ……!」


「うわあ…… きれい‼︎ テレビでみたままのお姿だ……」


「すごい…… リアルマリアさまだ……!」


 そして驚嘆と共に数名の押しの強いメンツがマリアの元へと押し寄せる。


「殿下! どうか一枚私とお写真を!」


「殿下どうかこちらに!」


 熱狂と共に殺到する彼らの前に赤いドレスを着たカリンと黒い礼服を着たアグレアイオスが立ちはだかりゆく手を阻む。


「ええい! 控えろ! 撮影は無しだ! お前たち! この方をどなたと心得る!」


「カリン‼︎」


 咄嗟のことなので仕方ないが威圧的な物言いになったカリンをマリアは鋭い声で叱った。


「ですが……」


 項垂れるカリンの後を引き受けるようにアグレアイオスは級友を見渡し諭すような口調で宥め始める。

 ……この場にいるのは高位の貴族の子女ばかりであるがパリピノリは本当に困る


「カリン殿の言うとおりだ。仮にも貴族の子弟ならば弁えろ。休暇にも関わらず王女殿下が公式の場でない小さなパーティーにお越しくださったのだぞ。頼むから殿下に負担をかけないでくれ」


 白けたように戸惑う面々の中から一歩前に出てきたのはフランクスであった。

 肩をすくめ形のいい眉を顰めながらアグレアイオスと級友たちに目線をやりながらこう閉めた。


「わかったよ、レオ。君たちも理解したな? そして非礼をお詫びします、殿下。今晩は我々平民の下手なダンスと歌を見ていってやってくださいよ」




 窓際のテーブルの幾つかを占めながら、マリア一行は一息つく。

 フランクスの客人たちはダンスやおしゃべりに興じ、それでもチラチラとマリアたちの方を伺う様子が見える。


 アグレアイオスはこの場にはおらずフランクスと少し話し込んでいるようだ。

 マリアはそんな彼らを見るともなしに観察していて気づく。

 同級生だというのに心なしか彼らがアグレアイオスに向ける視線とフランクスへのそれとは違うような気がする。

 あの若さで警察組織の長を務めているという畏怖もあるのだろうか……


「総長殿、少しご級友とは距離があられるのかしら。あまり楽しくはなさそう。ごめんなさい。私が行きたいと言わなければ……」


 思わず傍のラッセルに呟いてしまうと鷹の魔物は慌てたように首を横に振った。


「とんでもございません。謝罪などおやめください」


 そして躊躇うように訥々と語り始めた。


「……総長とフランクス様は国立学院の同期であられるのですが、ある時フランクス様が生徒会長を務め、また彼の指名により総長はその補佐である副会長を務めたことがあるのです。

 これはあくまでも私見ですが……

 総長が学院の風紀を取り締まり、そしてフランクス様が持ち前の愛嬌で物事を丸く収め美味しいところを攫っていくという構図でした。

 ……自然と学院内では総長を怖がりフランクス様を慕う者が多くなりましたね」


 マリアは納得したように頷き、また彼らの様子を見る。

 お互いに笑みを浮かべているが彼らなりの経緯があるのだろう。


「総長と彼の間柄は、まるでデモンズゼッド家とドゴスギア家の関係をそのまま表しているようでした」


 ふと見るとラッセルが鋭い視線を遠くのフランクスへと向けていた。

 ただでさえ鋭い鷹の目に静かな怒りがこもっているようだった。


「それだけじゃない、あの方は……」


「ラッセル」


 シェルドンの一言でラッセルは、はたと気づいたように平静を取り戻しマリアへ頭を下げた。


「失礼しました。長口上がすぎましたね」


「いえ、そこまで話してくれて嬉しいわ。それ以上のことを聞く気はないわ」


 その時、彼らのテーブルに近づいてくる足音があった。

 見るとダンスホールの薄い明かりによく映える美貌の金髪の貴婦人ドロテナが笑みとともに深々と頭を下げて挨拶をしてきた。


「マリア様、ご機嫌麗しゅう。本日は我々のパーティーにお越し頂き感謝いたします」


「今晩は、ドロテナ様。賑やかで何よりだわ」


 マリアが微笑みで返礼するとドロテナはマリアの目を見てニコリと微笑みかけてきた。

 真っ赤なドレスとルージュが窓からの月光に薄く照り返る。


「不躾ながらマリア殿下」


 ドロテナはダンスホールの方をチラと見遣りながら低く腰を落とし手を伸ばしてくる。


「どうか私と踊っていただけませんか?」

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[一言] ここでも一波乱あるでしょうか。
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