第十五話 招かれざる客人
パレードが無事終わった翌日、マリア達はデモンズゼッド家の別邸に移り久々の休暇を取ることになった。
郊外の静かな午後の日差しに小鳥の囀りが響き、自然音に混じりゴムの弾む音が微かに心地よく聴こえてくる。
屋外に設置された白いテーブルに腰掛けた白いエルフの姫は茶菓子をポリボリと齧りながらぼうっとその黄色の小さなボールの行方を見るともなしに追っていた。
白いテニスウェアのカリンがその美しい赤い髪を振り乱し全力を持って追い縋るが、無情にもそのショットはコートの内側の地面に跳ね返りそして彼女のラケットにかすることなく勢いよく飛んでいく。
「くっ……!」
「40-0!」
デモンズゼッド家の従者が務める線審の公平な裁定がテニスコートへと響き、スライディングで転んだカリンが息を吐きながら立ち上がる。
肩で息をするカリンに対戦相手の黒いテニスウェアを纏った大きな鰐の魔族は心配そうに
問いかける。
「……カリンさん、膝を擦りむいただか?」
「結構です‼︎」
顔を顰めながらカリンはタオルで汗を拭ってラケットを構え直した。
ポニーテールに纏めた赤髪もその汗に濡れそぼりエルフ特有の白い肌も熱のために赤みを帯びる。
元々が負けん気の強いカリンは劣勢にも諦めることなく立ち上がる。
「すごい。あのカリンが手も足も出ませんね。彼女は私の近衛騎士の中でもトップクラスの運動神経を誇るのですよ」
別宅に着くなり、設置してあるテニスコートを見るとカリンが嬉しそうに誰かとの対戦を熱望し、デモンズゼッド家の従者たちが相手を務めたがまるで相手にならず現在シェルドンが更なる強敵を望んだ彼女の相手を務めることになったのだが……
「シェルドンの奴、手加減するように言ってあったのですが…… 熱くなっているようですね、申し訳ありません。今からでも言い聞かせますので」
3セット先取のゲームでもうすでにシェルドンが無傷の2セットをとっておりゲームの内容も完全に彼のペースであった。
困ったように眉を顰めるアグレアイオスにマリアは紅茶を啜りながら涼しい顔で応える。
「いえ、それには及びません。これはただの余興ですから。余興に水を差してはなりませんよ」
「わかりました」
……とはいえ、このまま惨敗するとあの気位の高そうな女騎士が臍を曲げないだろうか
アグレアイオスのそんな心配を他所にマリアはカリンへと朗らかに声援を送る。
「ほら、頑張ってカリン! ワンセットも取らずに負ける事は許しませんよ」
「わ、分かりましたよマリアさま!」
腰を落とし構えるカリンの動きは確かに胴に入っているが、しかし相手が悪いのだろう。
アグレアイオスは密かにシェルドンの目をじっと見つめながら心の中で気づいてくれとサインを送る。
アグレアイオスの表情に気づいたシェルドンが彼の顔を見るとその鋭い白い牙を覗かせニッと微笑んだ。
どうやら意図は汲んでくれたらしい。
流石に長年の友だ。
アグレアイオスは内心で胸を撫で下ろす。
(分かっているなシェルドン、国賓に恥をかかせるな)
シェルドンはその巨体を拗らせ手にしたボールを天高く放り上げ……
そしてラケットを掴んだ右腕を唸るような速さで振り下ろした。
200 km/hを超える目にも止まらぬサーブがコートへと突き刺さり、横っ飛びに身体を滑らせたカリンのラケットの横を無情にもすり抜けていった。
「……あうっ」
小さな悲鳴を上げボールへ飛びついたカリンはコートへとそのまま転がる。
線審が手を上げそのコールがコートへと響き渡った。
「ゲームセットアンドマッチバイウォン! シェルドン‼︎」
(シェルドーーン⁉︎)
アグレアイオスはテーブルに突っ伏しそうになる頭を抱えながら思わず悲嘆の声を上げそうになる。
……何も通じてなどいなかった
シェルドンは倒れるカリンに小走りに駆け寄ると膝をついてしゃがみ込み手を差し伸べる。
「ええ勝負だったなや。さあカリンさん、膝の治療を……」
「結構です‼︎」
カリンは顔を赤らめながらその手を振り払うと立ち上がり、憮然としながら足早にコートを後にした。
取り残されたシェルドンは少しガッカリしたような表情で頬をかき観戦していた2人にやれやれと微笑みかける。
マリアはクスクスと口元に手を当て屈託なく笑った。
「あらあら、カリンたら……」
「……申し訳ないです」
項垂れながらアグレアイオスはマリアに詫びる。
仕方ない。そもそも真っ直ぐな気性のシェルドンに細やかな気配りを期待するのが無理というものだ。
マリアはアグレアイオスの心配を他所に首を横に振り宥めるような仕草をする。
「謝らないでください。こちらのカリンのほうこそ大人気なくて申し訳ないわ。どうかシェルドン様を叱らないでやってくださいね」
「お気遣い感謝します」
青い空を見上げながらマリアは両腕を伸ばして椅子から立ち上がった。
「それよりお馬に乗ってお散歩に行きたいわ。ここはいいところね。貴方も一緒に来てくれるのでしょう?」
「ええ、もちろんです」
その時、従者の一人が神妙な顔でアグレアイオスの側へと駆け寄ってきた。
「若旦那、お取り込み中申し訳ありません。急に来られたお客様が若旦那に面会を申し込んでおられるのですが……」
「どなただ? いや、いい。どなたであろうと殿下の用件が優先だ」
「あら、私は構いませんのに」
微笑むマリアに詫びるアグレアイオス。
従者は困ったように2人を見比べながら話を続けた。
「それが……」
中庭の方でザワザワと揉めるような声が聞こえてきて2人は顔を向ける。
「ちょっと、困ります。今日は主のプライベートですから」
「おいおい、知ってるだろう? 僕はアグレアイオスの級友でドゴスギア家の子息だぞ? ああ、いたいた。やあレオ。久しぶりじゃないか」
騒ぎの方を見ると貴族らしき豪奢な服をきた若い男が従者を押し除けその姿を見せた。
肩まで伸ばしたカールのかかった金髪を誇るように揺らし白い歯を見せアグレアイオスへと笑いかける。
そしてその背からひょいと顔を覗かせる端正な顔の金髪の女性もアグレアイオスにとって見知った顔であった。
「あら相変わらずデモンズゼッドらしい静かな別宅ですことね。お久しぶりですレオ様」
アグレアイオスは2人を見つめながらゆっくりと口を開く。
「フランクス…… ドロテナ……久しぶりだな」
優男風の青年フランクス・ドゴスギアは現出納長バルザックの甥であり、アグレアイオスの学生時代の同期であった。
世間一般には親友ということになっている。
もう一方の派手めの美女ドロテナ・ザガナスは子爵家の娘であり同じく同期でありフランクスの婚約者であった。
ドロテナは目敏く白銀の美少女を見つけると驚いたように指差す。
「もしかして、そこに居られるご婦人は…… マリア殿下⁈」
はじめまして、とマリアが応える暇もなく彼女は足早に歩み寄り微笑みかけてきた。
「ええ⁉︎ 私、一度マリア殿下にはご拝謁願いたかったのよ! お目にかかることが叶い光栄です殿下‼︎」
「いえ…… ご機嫌よう皆さま」
いつの間にか近寄ってきていた2人の男女に少し戸惑いながらもマリアはいつものように微笑み返す。
控えていたエルフの近習とアグレアイオスが間に入るように遮った。
「困りますね、殿下は休暇中だ。それにわかるだろう。このような整ってない場での謁見など非礼に当たるのだ」
しかし彼らは口をへの字に曲げながら不満そうに抗議を始める。
「固いこというなよ、レオ。相変わらずだな」
「固いこと言いっこなしよ。ねえ、殿下のサインいただけるかしら?」
「だからそう言うのは無しだ……」
内心で呆れながらアグレアイオスは懸命に説得を続ける。
一方のマリアは彼らの遣り取りよりもラッセルやシェルドン、デモンズゼッド家の従者たちのいつもとは違う様子に興味を引かれた。
全員の表情がどこはなしに固い。
彼らが押し隠している感情は「怒り」だろうか。
「あの、どうされたのですか。先ほどからラッセル殿やシェルドン殿でなく近衛の方も皆あの方々を睨んで顔を強張らせていますけど……」
マリアが近くの従者に密かに尋ねると済まなさそうに頭を下げ彼はこう答えた。
「申し訳ありません。殿下。非礼をお詫びします。我らは皆あの方々を好きでないのです。悪感情を押し隠せないほどに」




