第十四話 聖女ネス
「呆気なかったな、悪党よ」
アグレアイオスは地をのたうち回り悲鳴を上げるペッパーに歩み寄り剣を突きつける。
騎士たちも各々の武器を手に警戒しながらペッパーを取り巻く。
「神妙にしろ。捕らえた後にまた裁判にかけてやる。再び然るべき裁きを受けるがいい」
何の感情もこもっていないその静かな声にペッパーはやがて息を大きく吐きながら焼け爛れた顔を押さえ恨みがましい視線を向ける。
「ぐぅぅぅぅぅ‼︎ 見下しやがって……‼︎ 俺らはその目が1番嫌いなんだ……‼︎ そのスカした態度もよぉ‼︎」
切先を突きつけながら黒鬼は冷徹な視線を地に伏す爆弾魔へと向け警戒を怠らない。
「もう抵抗はよせ。大人しくしていれば治療くらいは受けさせてやる」
「……フヒャヒャヒャヒャ‼︎ ムカつくぜ‼︎ 本当にムカつく野郎だなお前‼︎」
その時、狂ったように笑いながら血走った目を向けるペッパーの狂笑に混じり騎士団の取り巻きの後方から悲鳴が上がる。
見ると真っ二つになった大魚の頭部だけが動き出し2、3名の騎士たちをその口に咥えている。
「こいつ……!」
騎士たちは味方を助けようと大魚に斬撃を喰らわせるが魔物は獲物を咥えたまま跳ねるように逃げ回る。
「じゃあな‼︎ また来てやるぜ‼︎ 次は皆殺しだっ‼︎」
一瞬、アグレアイオスがペッパーから目を切った隙であった。
ペッパーは中指を立て、何やら短い呪文を唱えビルの端へとその身を転がし始める。
「伏せよ‼︎」
アグレアイオスが号令すると同時に大魚ドルボムの身体が閃光に包まれ轟音と共に爆発した。
朦朦と白煙が立ち込め、悲鳴と血飛沫が上がる。
混乱が収まり、白煙が上がる頃にはペッパーの姿は影も形も無くなっていた。
「総長……! ヤツが!」
「部下が重傷を受け……
厄介な奴を取り逃してしまった。これは私の失態だ」
アグレアイオスは奥歯を噛み締め部下たちのダメージを確認する。
咥えられていた2、3人は爆撃をまともに受け、重い熱傷を負い回復魔法による緊急治療を受ける。
手足がちぎれた者までいた。
じっとその治療の様子を見守るアグレアイオスに部下の1人が彼の悔いを打ち消すように出来るだけ明るい調子で語りかけた。
「……とんでもありません。あの爆弾魔相手に結果としてパレードは実行出来ました」
アグレアイオスはペッパーが飛び降りた辺りを見つめた。
予想される着地点には抉れたような爆発の跡が見られ、近くには大きな川が流れる。
100メートルはある高さのビルだったが奴の能力なら何らかの手を使って逃走した事だろう。
「それでもだ…… あんな狂獣を街に解き放ってしまった。その気になれば幾人も殺せる狂獣をだ。次に見つけた時は問答無用で滅殺する」
「「「はっ」」」
アグレアイオスの決意に騎士たちは膝を突き声を合わせる。
黒鬼は部下たちの顔を見ながら厳かに次の指示を下した。
「よし、では川の辺りの捜索、周辺の被害確認とお前たちの治療を終えてから宮殿に急ごう」
◇
赤、桃、白、青、黄……
絢爛に咲き誇る樹々の花を見つめマリアとカリンは頬を紅潮させる。
「ふわぁ……」
「何とも美しい桜の花ですね……」
民衆たちも急に咲き乱れた花々に手を叩き歓喜する。
華やかなパレードにまるで測ったようなタイミングで咲き始めた絢爛の花々。
マリアは傍のラッセルに視線を移す。
「これは総長さんが居ないことに関わりが?」
「お察しの通りです。後ほど総長より説明致しますのでどうかご承知を」
マサヒデはしばらく見上げていた花々から目を逸らし襟を正し鼻を鳴らした。
「ふん。小癪なさぷらいずじゃの」
そして掌へと落ちてきた桃色の花びらをじっと見つめ微笑んだ。
「だがまあまあ良いではないか」
「そう仰っていただけるなら光栄です」
やがて数十分のパレードを終えて宮殿に戻ると抽選で選ばれた民衆たちがマリアへと花束を手渡しにやってくる。
「マリア様! 歓迎致しますわ‼︎」
「気に入ってくださればいつでもこの国にいらしてくださいね!」
「何という美しく荘厳な出立ちなのでしょう……」
誰もが美しく可憐な白いドレス姿のマリアの笑顔に魅せられ喜びながら思い思いに用意した花束を手渡す。
「みなさん、ありがとう」
ただ、1人遅れてマリアへと歩み寄る女性がいた。
歳の頃は10代後半くらいだろうか。
その白いフードを被った修道服の女は口元に笑みを浮かべながらマリアへと近づく。
「マリア様」
表情や目元はよく見えないが薄く笑みを浮かべ女は黒い薔薇の花束を微笑むマリアへと手渡した。
「この度のご来訪歓迎致しますわ。貴女は聡明で誰にでも懐を開きなさります」
礼を言いながら頷くマリアの手をそっと触りながら女は饒舌に続けた。
「ですが世の中は綺麗なものばかりではありません。世の片隅でそっと咲くこのような黒い花も在るということをお忘れなく」
「おい、そこの女」
ラッセルは女のその態度を見咎め肩を掴み会話を遮った。
「殿下に失礼ではないか、去れ」
「ラッセル殿、良いのですよ」
マリアは修道服の女へと笑いかける。
「ありがとう、そこなる女性の方。貴女のお名前は?」
女はマリアに向けて深々と頭を下げながら答える。
「ネス、と申します。では王女殿下のますますのご繁栄を心よりお祈り申し上げますわ」
ネスと名乗った女が去った後、マサヒデはその黒い薔薇を見つめながら怒ったように吐き捨てる。
「殿下、あのような不審な者の戯言など気になさいますな。しかも黒い薔薇だと? 無礼にも程がある」
ラッセルはマリアやマサヒデ達に頭を下げて詫びた。
「本当に申し訳ありません。殿下への謁見者は選別したはずなのですが…… なぜあのような常識を知らぬ市井の者が混じっていたのか」
「選別? 私に近づく者をより分けていたのですか?」
マリアは手元の沢山の花束を見つめながら不満そうにラッセルや衛兵達を見つめる。
マサヒデは小さく「面倒じゃのお」と呟きながらため息をついた。
「警備上必要な措置である事は分かっておりますが、私はあの者を不審な者とは考えておりません。以後よっぽど危険な人物でなければ私はああいった意見も聞き入れますよ」
その言葉にラッセルはマリアへと深々と頭を下げた。
「承知しました、殿下」
◇
夜のスラム街にひたひたと引きずるような足音が響く。
月光の弱い夜に男の影が荒い呼吸音と共に揺らめいた。
「ゼェゼェ……! あの黒鬼野郎め……‼︎ 顔が溶けるようにいてぇ‼︎ くそっ‼︎」
右頬から顎にかけて負った手酷い火傷を片手で抑えながらずぶ濡れのペッパーは今にも倒れそうな弱々しい足取りで先を急ぐ。
「とりあえず教会へ…… 聖女なら俺らの怪我も治せるはずだ……」
「あら、ご機嫌ようペッパーくん」
ペッパーの背後から女の声が聞こえ振り向くと白い修道服の女が薄く笑みを浮かべていた。
ペッパーは足を止めてへらりと笑う。
「聖女さん…… ちょうど良かったぜぇ…… 黒鬼野郎にやられちまってよお…… ちいと治してくんねえか?」
クスクスと笑いながらそのネスと名乗る聖女はペッパーに蔑んだような笑みを向ける。
「あらあら、哀れね」
「ぐぅ……⁈ おい? 何をするんだ⁈」
突然ペッパーの首を掴み締め付けるような衝撃が奔る。
見ると銀色の甲冑で全身を覆った騎士が無造作にペッパーの首を締め上げ持ち上げていた。
ネスはフードを持ち上げて非対称の色の両眼と赤みがかった金色の髪を露わにしペッパーに笑いかける。
「うーーん、どうしようかしらねえ? 私ね、今日は漸くマリアちゃんに会えてご機嫌なのよ。
……あの子は私の楽しい玩具になってくれそうだわ」
「ぐぅぅぅぅぅ‼︎ ククク……! 俺らを今殺そうとしているこの騎士野郎みてえにか……? ケッ‼︎ くっだらねえ‼︎」
首を絞められながらも憎まれ口を叩くペッパーにネスは肩をすくめため息を吐く。
「あーあ、あなたとは価値観が合わないわねえ。残念だわ」
「フン‼︎ クソ喰らえだ! クソ聖女‼︎」
「最後に遺言くらい聞いてあげようかしら」
ペッパーは呻きながらも、ククク、と笑い声を上げた。
「花火をぶち上げてやりたかったぜ……! この街のクソ野郎を、あの黒鬼野郎を‼︎ ぶち殺してやりたかったぜ……‼︎ クソッタレェ‼︎」
「ふーーん……」
しばらく考え込むとネスはペッパーを締め上げる銀色の騎士に掌を向けた。
「いいわ、クロフツ。処刑は止めよ。ペッパー君にはもうひと働きしてもらおうかしらね」
クロフツと呼ばれたその銀色の騎士に急に手を離され地面に体を打ちつけたペッパーはそれでも不敵な笑みを浮かべる。
「ぐっ! クク…… いいのかい?」
「あの黒鬼くんは少し面倒ね。駒不足でね、あなたみたいなのでも必要なのよ」
「フン…… おうよ、今度こそクソどもを打ち上げてやんぜ……! 聖女さまよお……」
ペッパーは地に倒れ込んだまま、夜空を見上げ高く嗤い続けた。




