第十一話 パレードの朝
真っ白なドレスにその身を包んだマリアは先ほど手渡された資料を読み終えると頷き、側の衛兵へとその資料を手渡す。
「今日のスケジュールの最終チェックはこれでよろしいですわ」
そして広間に設えられた椅子から立ち上がるとその後をカリン、マサヒデが追うように歩き始めた。
エルフと魔族が混成した衛兵たちの幾人かもその後をついて歩き、そろそろパレードの時刻が近づいてきていた。
ラウム宮殿より出発する手筈になっている本日のパレードの準備は一部を除いて順調に進行している。
「全力をもって警護に当たらせて頂きますのでどうかよろしくお願いします」
「今回に限って総長さんは私の側に居てくれないのね」
衛兵の一人にそう返事したマリアの顔色は少しだけ冴えない。
今朝になってアグレアイオスが深い謝罪と共にパレードの馬車には同席出来ないと申し出てきたのだ。
短い付き合いではあるがあの真面目な総長に何があったのだろうか、と訝しむ気持ちと不安な気持ちがないまぜになったまま、パレードまでの時間が無いマリアは心強い護衛の一人が不在のまま準備を始めることになった。
紺色の礼服に身を包んだ鷹の魔族ラッセルが深く頭を下げ謝罪の言葉を重ねる。
「本当に申し訳ありません。総長はあと30分ほど外せない用があるとのことで……」
グレーの礼服を着たマサヒデは急ぎながらも憤慨した様子で鼻を鳴らしてラッセルを一瞥した。
「ふん、我が姫の護衛より重大な用件などあるものか。そちらの騎士団の頭首たる総長殿がこの大事な局面に不在であること、後で然るべきところに抗議させてもらうぞ」
アグレアイオスだけではない、鰐のシェルドンとおまけに魔術師長であるゾーラの姿までも見えない。
マサヒデの憤りはもっともではあるが廊下を歩きながらマリアはその非礼を叱責する。
「じいっ! おやめなさい!」
長い階段を降りやがて広い中庭が近づいてきた。
青々と茂った芝生に装飾品で彩られた沢山の馬車がずらりと並び人々が行き交う。
煌びやかな衣服を纏ったエルフと魔族の代表者たちがそれぞれの馬車へ乗り込もうというところであった。
「いえ、本当に申し訳ございません。ですがパレード中、殿下の御身には誰一人不審な者を近づけさせるつもりはございませんので」
申し訳なさそうに頭を下げるラッセルのその言葉にマサヒデはしかし怒りの態度を隠そうともしない。
もともと頑固で尚武の気質が濃い老人なのだ。
「ふん! そもそも護衛の任は我が自前の兵士だけで事足りておるわ。お前らの手などもう必要ない!」
「お爺さま。そろそろ落ち着いてください。そんなに怒っているのは総長さんへの信頼の裏返しではないのですか?」
赤いドレスをその身に纏い、髪をアップにしたカリンは祖父を嗜めるようにその背に手をやる。
マサヒデはふん、とまた鼻を鳴らし乗り込む馬車内を確かめると胸のタイを締め直した。
「ふん…… それにしてもあのババアもどこへ行ったんじゃ。どこをほっつき歩いておるのか。とうとうボケよったかの」
安全が確認された馬車の奥に1番に乗り込んだマリアはマサヒデのその暴言を聞き逃さない。
悪戯そうな笑顔を浮かべると老将の顔をみて言い放った。
「今の発言、魔術師長に伝えておきますからね」
「ちょっと! 殿下! それはご勘弁を……」
「だったらかっかしないで少し落ち着きましょうよ、爺。私も残念なのよ、総長さんとご一緒できないことは。でも切り替えましょう。さあさあ、これから楽しいパレードですよ」
慌てるマサヒデと周りの衛兵に輝くような笑顔を振りまきマリアは両手をポンポンと叩いた。
生来の美しさに加えて愛くるしい、誰をも魅了するような笑顔である。
ガストリスの騎士たちでさえも他国の姫であろうと全力でこの方を護ろうとそう思わせる、そんな魅力をこの王女は備えていた。
衛兵たちが顔を見合わせ、御者の準備が整うとやがて数十台の馬車はパレードへと向かうべく順番に動き始める。
◇
「……ペッパーさん、そろそろ時間です」
頭を隠すようなフード付きの白衣を着込んだ男が床に寝そべる紫髪の男に話しかけるとその男が顔を上げる。
くちゃくちゃと口元でガムを噛むその男は寝そべったまま廃墟のビルの屋上から街の様子を見下ろした。
「うーーん、人の山、山、山だな。盛況で何よりだわ」
そして勢いよく立ち上がると口角を上げ、湧き上がる街の人々を眺める。
今日はこれから隣国の王女によるパレードが盛大に執り行われる予定だ。
寒い季節ではあるが青空が広がり誰もが浮かれ気分で着飾って街を歩いていた。
「どいつもこいつも間抜け面で馬鹿騒ぎしてやがんな。クククク……! いいぜ、俺らがもっと盛り上げてやんよ」
数名のグノルシア教徒たちを背にペッパーは低く暗い嗤い声を上げた。
「絶好の花火日よりだぜ、お前ら! 準備は出来てるな!」
教徒たちは一斉に返事すると小型のモニターをペッパーの前まで持ってきた。
そこには何分割かされた街の通りの様子が映っており楽しげに人々が行き交う。
ペッパーは通りの様子を見ると満足そうに口角を上げた。
「術式のパイパス良し……! 魔力充填良し……! 我が魔眼と術式の調子も最高潮だぜ……!」
爛々とその紫色の双眸を怪しく光らせペッパーは狂気の笑みで嗤い続ける。
ペッパーの特殊な眼に映る街中に木の根が張られたような術式はその怪しい輝きを彼の眼にのみ反射する。
グノルシア教徒たちによって街中の地面に張り巡らされた術式は並の眼の持ち主ではその危険性を見破ることはできない。
「待ってろよ! クソ共……! 俺らの芸術をバカにしたばかりか処刑台にまで送ろうとしたバカどもめ……! 最高のショーと芸術をその目に焼き付けろや……!」
ペッパーは両手を広げ嗤いながらその時を待つ。
本日は夜頃もう一話更新予定です




