第十話 暗躍
その日の夜遅く、先日捕らえたヂドー盗賊団が何者かに惨殺されたという報せが魔都の警察機構の長であるアグレアイオスの元へといち早くもたらされ、屋敷の一室で緊急の会議が開かれていた。
最も信頼する部下であるラッセルとシェルドン3人で円卓の机を囲み、アグレアイオスは資料を睨みながら問いかける。
「いつもの清掃業者には当たったのだな?」
「それが…… 本来の清掃作業員だった者たちの遺体も先ほど路地裏で発見されました。うちの隊舎の雑用はアウトソーシングでしたので清掃員たちは現場に赴く道中で殺害されたものと思われます」
鷹のラッセルは急いで用意した資料をめくりながら落ち着いた声で答える。
何者かが騎士団が外部委託していた清掃会社の作業員を殺害した後になりすまし、隊舎へと侵入し凶行に及んだという。
アグレアイオスは感情を押し殺し手元の資料の写真に視線を落とす。
捕らえた盗賊団18名が全て喉元を切り裂かれ惨殺された姿がそこに写っていた。
「……何者かと清掃員が入れ替わっていた、ということか。無辜の者まで巻き込むなど…… しかし徹底した犯行だな……」
資料に目を通しながら冷徹な表情のラッセル、眉根を寄せるシェルドンに視線を移しアグレアイオスは続ける。
「1番の問題は、だ。魔都防衛隊の隊舎に収容していた罪人が難なく何者かに殺害され、数時間経った今も容疑者すら浮かんでこないということだ。
……手際が良すぎる
懸念した通り、情報が外部に漏れている可能性がある。少なくとも我らが隊舎の警備体制とヂドー盗賊団の入居房、外注していた清掃業者の情報は何者かに漏れていたということだ」
2人はアグレアイオスと目を合わし頷く。
また、上層部にもこの騎士団の失態を伝えなければならない。
「議長と出納長には情報を上げ相談しておこう」
「総長、王女殿下やエルフの皆さんにもこの情報を伝えるだか?」
シェルドンは不安そうにアグレアイオスを見ながらそう問いかけた。
「もちろん伝えないわけにはいかないな。朝方に私から伝えておく」
あの姫は自身を襲撃した者の死にも悲しむだろう、と思いながらアグレアイオスは答える。
一段落したのか、資料を脇に置きラッセルはアグレアイオスに向き直った。
「何者かが何らかの意図を持って我らに挑戦を仕掛けてきています。総長、明後日の王女殿下のパレード、予定通りに行えるのでしょうか?」
「それはもう、王女殿下がやると言えばやるしかないし、議長命令にも逆らえない。そして、我らは生命に変えても王女殿下を守り抜く義務がある」
騎士団の隊舎に何者かの侵入を赦し、収監していた賊たちを殺害されるという失態。
魔都防衛騎士団は精強をもって知られている。
これまでもあらゆる犯罪者や賊たちを捕らえ、誅伐してきた。
彼らが犯罪者たちから恐れられ、魔都ドミニエルの治安が改善されたのはアグレアイオスが総長に就任した2年前からであった。
このようなテロじみた凶行に遭ったのは彼が就任して以来はじめてのことだ。
マリア王女が国賓として来国しているこのタイミングでなんともきな臭い事件が起こってしまった。
……いったい何者が何の意図をもって暗躍しているのか
アグレアイオスは椅子から立ち上がり2人に向き直る。
「ラッセル、シェルドン。どうか私と共に戦ってくれ」
鷹の魔族であるラッセルと鰐の魔族であるシェルドンも椅子から立ち上がると膝を床に着き胸に手を当てアグレアイオスに力強く返事した。
「「我らの心は一つ。もちろんです、レオさま」」
◇
「花火が一つ♪二つ♪三つ♪……」
黒い帳の奥でシュッシュッという箒の掃き掃除の音と、低いふざけたようなでたらめな歌声が不気味に木霊する。
雲間が晴れると薄い月明かりに照らされ、複数の白衣の男たちが無心で道端を掃除している姿が浮かび上がった。
そんな男たちを1人だけ離れた所から観察するように地面に座りこみ、先ほどから聴こえてくる耳障りな歌を上機嫌で歌う紫髪の男は手にした茶色の酒瓶を口に含むとぷはっと息を吐く。
「さあ、頼んだぜ! しっかりお掃除頑張れよお前ら。明後日は花火大会だ! 俺プロデュースのな!」
グノルシア教徒たちは紫髪の男、ペッパーの指示によりここ数日人目のつかない真夜中になると魔都の大通りの掃き掃除を場所を変えながら行っていた。
まるで円を描くように地面を掃く者や、瓶に入った液体をトポトポと壁に引っ掛ける者など一見すれば慈善事業に見えるそれは善意というには余りにも怪しげで…….
クククっと低い嗤い声を漏らしながらその纏まっていないクシャクシャの紫髪をかき上げ、ペッパーと名乗る男は立ち上がり瓶の酒を呑み干すと両手を広げて細い月を見上げ狂喜する。
「さあさあ! 見てくれよ! 待っててくれよ! ガストリスの皆さん! エルフのお花畑ども! ペッパーさま5年ぶりの真っ赤な真っ赤な花火パーティーが開幕するぜぇ‼︎」
ペッパーの狂喜に構わず、白衣を纏い頭からフードを被った教徒たちは黙々と夜の帳の元で大通りの掃除を続ける。
「……くひひひひ‼︎ ゾクゾクするぜぇ……! 今度は何人俺の花火を見てくれるかな……?」
ペッパーの狂気の嗤い声は細い月に吸い込まれるようにやがて闇へと沈んでいった。




