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8話 炎の騎士さん、戦う

「何よ……何なのよアレは!」


 スピカが泣き叫ぶ様に声をあげる。答えを出すだけなら簡単だった。

 火界龍……この世界の火を操る神の化身。時折人間たちの前に現れてはすべてを燃やし尽くすと言われている神話上の生物。

 それが今、アルデバランたちの前に悠々と立っていた。


「ぜ、全員突撃ぃ!」

「バカ! よせ!」


 デネブの呼びかけで第99隊が突撃する。火界龍はそれを横目に見てそっと息を吸って、吐いた。

 連鎖爆発。その一言で表すのが正しい地獄絵図に、アルデバランは吐き気を催す。

 第99隊が吹き飛ぶ姿を、ただ見守るしかできなかった。

 ふと、誰とも目を合わせることのなかった火界龍の目が、アルデバランの目と接触した。


「なんだ……」


 腹の下から恐怖感がふつふつと沸いてくる。これが絶望なのだと、アルデバランは悟った。ロックオンされた自分はもう死ぬしかない。


「逃げろ、スピカ」

「え? ちょ!」


 アルデバランは全力で駆け出した。このまま溶岩池を覗く位置にとどまれば間違いなく両方とも死ぬ。だったら少しでもスピカが生き残れる確率が上がるように、時間を稼ごうと思っての行動だった。

 火界龍はそれを待っていたと言わんばかりに息を吸い込んだ。アルデバランが火界龍のテリトリーに入った瞬間、神の化身は息を吐いた。


「"炎舞"」


 その爆発を、あえて直撃して受けるアルデバラン。彼の発動した魔法により、爆発は吸収され消えてなくなった。


「あ、アルデバラン!」


 ようやく気がついたのか、デネブたち第99隊が彼の名を叫ぶ。


「……失せろ」


 犠牲は自分一人で十分だと、アルデバランは腹をくくった。ここ数日不幸が重なっている。今さら何だと、半ば開き直っての言葉だった。

 アルデバランは第99隊の一人が落とした剣を拾う。


「来い!」


 アルデバランは腹から、いや、魂から叫んだ。

 火界龍はそれに応えるかのように口を開けた。もちろん狙いはアルデバラン。その数秒後、とんでもない密度の爆発がアルデバランに襲いかかった。


「"神通剣(じんつうけん)炎海(えんかい)"」


 アルデバランも溢れんばかりの炎で応戦する。 


「うおぉぉぉぉおおおお!」


 互角。その事実にアルデバランは驚愕するとともに確かな自信となった。自分の力は間違いではなかった。神の化身とやり合える自分をクビをしたデネブの方が間違っていたのだと、証明できているような気がした。

 しかし余力の差は歴然だった。もうこれ以上アルデバランに手はない。対して火界龍の方は何時間でも口から爆発の波動を放っていられそうであった。

 終わりだ。アルデバランがそう思った時、火界龍の視線がほんの少しだけ逸れた。


「こっちよ! 化け物!」


 あのバカ__声から判断するに、スピカが攻撃を仕掛けたのだろう。アルデバランはがっくりと項垂れた。

 わざわざ命をかけて守ってやろうとしたのに、これである。つくづく自分は周りに恵まれないなと実感した。

 しかし、案外そうでもなかったらしい。


「ハッ!」


 明らかに、爆発の密度と威力が落ちているのに気がついた。火界龍にとって、スピカは取るに足らない存在だろう。しかし、この頂上的戦闘において、ほんの少しの雑念でも混ざれば隙になる。その隙を、アルデバランは見逃さなかった。最後の力を振り絞り、叫ぶ。


「もう一度だ! "神通剣:炎海"」


 ギョロっと火界龍の目線がこちらに戻ったが、今さらもう遅い。アルデバランの生み出した炎の海は火界龍の爆発を飲み込み、刃となって神の化身に襲いかかった。


「いけぇぇ!」


 アルデバランの叫びが届いたか、完全に爆風を抑え込んだ。彼の炎は神の化身を焼き払う。


「アルデバラン!」

「スピカ……」


 駆け寄ってくるスピカに、アルデバランは弱々しく答える。もう彼に大声を出す力は残っていなかった。


「……ありがとう」


 怒ろうか感謝しようか迷ったアルデバランだったが、ここは素直に感謝することにした。スピカがいなかったら、アルデバランは敗北していただろう。

 燃え盛る炎が引いてゆく。が、信じられぬものを見た。


「なっ……!」


 火界龍が、のそりと立ち上がったのだ。アルデバランの全身全霊をもっての攻撃を、神の化身は耐え抜いた。

 そして笑うかのように咆哮し、遥か空へと飛んでいった。


「何だったんだ……いったい」


 アルデバランは小さくボヤいた。

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