7話 炎の騎士さん、諦める
自嘲気味に笑ってカッコつけているアルデバラン。
そんな彼に抱かれたスピカは彼を押しのけた。
「い、いつまで抱きついてんのよ!」
「あ、あぁ悪い」
サンドスネークが襲ってきたからとはいえ、好みの女の子を抱きしめた余韻に浸るアルデバラン。そんな彼はもちろん童貞である。
「さ、先に行くわよ!」
「おう。転ぶなよ」
顔を赤く染めたまま歩き出すスピカ。その後ろを気だるそうにアルデバランはついていった。
ぐんぐんと火山を進んでいくとゴツゴツとした岩道になってきた。そろそろマグマドラゴンが生息する溶岩池が見えてくる頃だ。
「あそこね」
「そうだな。あれが溶岩池だ」
火山の中腹あたりにある窪地。その中央にある穴はマグマで満たされている。
熱気がすでに伝わってきている。このまま行けば間違いなく死ぬので……
「"ヒートリフレクト"」
熱よけの魔法を身に纏って準備しておく。こうすることでアルデバランは生身で火山の溶岩に突っ込もうと死ぬことはない。
「ほれ、スピカも早くヒートリフレクトしろよ」
「……できない」
「……は?」
アルデバランは自分の耳を疑った。流石に聞き間違いだろうと。しかしスピカの表情は揺るがぬまま。そしてヒートリフレクトを使う気配もない。
「どうやってマグマドラゴンを倒す気だったんだよ」
「だって! こんなに暑いなんて知らなかったんだもん!」
「アホなの!? そりゃ暑いだろ、火山舐めんな!」
これは参ったとアルデバランは頭を抱える。
「んじゃ手を出せ」
「ん? こう?」
スピカは大人しく手を差し出してきた。アルデバランはそれを強く握る。
「ちょ、何を!」
「いいから。"ヒートリフレクト"」
ダメ元でヒートリフレクトをスピカの体に授けようとするアルデバラン。思ったよりもできそうだった。が、繊細な作業が必要で、集中しなければ失敗しそうであった。
スピカの体のラインを強く意識して魔力を流し込む。騎士時代にもやったことのないような繊細な仕事を、アルデバランは何とかやってのけた。
「ふぅ。どうだ? 暑いか?」
「暑くない! どうやったの?」
「スピカがそれを知ったところで意味はない。行くぞ」
「ちょ、教えなさいよ!」
吠えるスピカを置いて、今度はアルデバランが先行する。そろそろマグマドラゴンの縄張り。ここでスピカを先に行かせるのは危険と判断しての行動だった。
ふと、アルデバランの耳に聞き慣れた声が聞こえた。
「行くぞお前たち! 相手がどんな敵であろうと、我ら第99隊に敗北はない!」
「「「おー!!!」」」
心の中でゲッと思ったアルデバラン。何となくそんな気はしていたが、第99隊の目的もマグマドラゴンだったらしい。
ここまで来て獲物を横取りされるのも腹が立つ。が、第99隊が来た以上、戦力的に先に取られるのは間違い無いだろう。
「ここまでか」
「何言ってるのよ! あいつらより早く倒せばいいじゃない!」
第99隊の強さを知らないスピカが文句を垂れる。アルデバランはその強さを身をもって知っているからこそどうしようもないと諦めていた。
「じゃあまぁ見てろ。すぐわかる」
「え?」
そのやり取りを終えた瞬間、地面が揺れ始めた。
「じ、地震!?」
「いや、この揺れは……」
溶岩池から赤黒い肌の生物が、まるで生まれ出てくるかのように現れた。間違いない。マグマドラゴンだ。
「な、何よあれ……化け物じゃない」
ここまで強気だったスピカも、あの巨体、牙、爪を見て体が震えていた。
無理もない。そもそも第99隊に討伐要請が出ている時点で強敵なのだ。スピカが居合わせていい敵ではない。
「行くぞー!」
デネブの号令により第99隊が突撃を始めた。人数は4人。アルデバランが抜けた穴は埋めていないことが確認できた。
「さて、どうなるかね」
アルデバランは結末を知ってて呟く。マグマドラゴンは強いといえど、第99隊ほどではない。
「わ、私は行くわ!」
「やめろ。足を引っ張るな」
アルデバランは突っ込もうとしたスピカの服を引っ張って止める。ここでスピカが突撃したら巻き込まれて死ぬか普通に死ぬかの二択だった。それなら嫌われてでも止めるべきだろうと、アルデバランは考えての行動だった。
第99隊は予想通り常に戦いを優位に進め、マグマドラゴンを瀕死まで追い込んだ。
「さて、仕上げだ」
美味しいところはデネブが持っていく。アルデバランにとってこれはいつも通りの光景だった。
「ふん!」
大剣で一閃。マグマドラゴンの首は跳ね、地に転がり落ちた。
「う、ううっ……」
自分で倒そうと意気込んでいたのに、何もできなかったスピカは泣き始めた。どう声をかけたものかとアルデバランが頭を悩ませた、その時だった。
ドンッ! とあまりにも安い音とともに、それは現れた。
赤い体に、マグマドラゴンの倍はあるかという巨躯。噂でしか聞いたことのない生物に、第99隊も、アルデバランも声が出なかった。
なんとか正気を取り戻したアルデバランがようやく声に出す。
「火界龍……だと……」
炎の世界の主が、そこに悠々と立っていた。