5話 炎の騎士さん、断ろうとする
「私のパーティに入りなさいって……」
お前、Eランク冒険者じゃん、という言葉を何とか飲み込むアルデバラン。そんなことを言った日には嫌われかねない。
ぶっちゃけこの白い少女は、アルデバランのタイプであった。可愛いし、なんか小さくて保護欲そそるし。
だからぞんざいに扱うことはできなかった。
「そうよ! 何? 文句あるの?」
「いや、文句というか……」
立場を弁えろというか……という言葉も当然飲み込んだ。
こっちから誘うならまだしも、まさかEランク冒険者がSランク冒険者を上から目線で誘うとは思ってもいなかった。
「あの〜、お声をもう少し静かにしていただけますでしょうか。ギルドまで響いておりますので……」
受付のお姉さんが申し訳なさそうに伝えにくる。
「あぁ、すいません」
「私のせいじゃない。コイツのせいよ」
なぜそんな横柄な態度を取っていられるんだこいつは……。そもそもまだこいつ、名乗ってすらいないし。
アルデバランがだんだんとイライラしてきたのは言うまでもない。
「も、申し訳ありませんスピカ様」
「ふん。わかったならさっさと仕事に戻りなさい」
そうスピカに命じられ、いそいそとギルドへ戻っていく受付のお姉さん。
それにしても……スピカ"様"か。 なぜ様付けなんだ?
そう疑問に思ったところで、アルデバランは思い出した。アルデバランはこの少女……スピカを知っている!
「お姫様じゃねぇか」
「そうよ! 弁えなさい」
そう、アルデバランは一度スピカを目にしたことがある。騎士時代に、王城で。確か7番目のお姫様でかなり位は低かったはずだ。
「なぜお姫様が冒険者に?」
「わ、私ほどになると冒険者として国を守るのは使命なのよ!」
なんとなく、アルデバランは察した。
スピカはこのまま王城にいても立場の保証がない。だから飛び出して冒険者を目指した。ということか。
「苦労するもんだな、お互い」
「何よ! 私に苦労なんてないわ!」
ついさっき冒険者試験で苦労していたじゃん……という言葉も、本日3度目の飲み込みをした。
「で? 当然私のパーティに入るわよね?」
ぐっ……断りにくい。というのがアルデバランの心境だった。本来なら二つ返事でNOだ。
騎士団でも味わったように、誰かといると、理不尽な理由でクビにされるような思いをまた味わうかもしれない。
だからアルデバランはこれからは一人でやりたいと思っていた。その矢先にこれである。
「俺は……ソロ志望なんだが」
「ならその志望を変えなさい」
なんて唯我独尊なんだ……と、逆にアルデバランは感心した。
「俺は人間不信で……」
「私は完璧な人間よ。安心なさい」
何ということだ。まったく断れる気がしない。
アルデバランは泣きそうになる。ここまで話を一方的に自分の都合の良い方へ導ける相手はデネブ以来であった。思い出したくもない相手ではあるが。
「と、とにかく! 俺は誰かと組む予定はないんだ。そもそも何で俺なんだよ」
「決まっているでしょう? あなたがSランク冒険者だからよ。完璧な私には、完璧なパーティメンバーがふさわしいわ」
冒険者としては最下層に位置付けられたくせに、なぜここまで偉そうにしていられるのかアルデバランには理解できなかった。王家というのはみんなこんな感じなのだろうか。
「どうやら簡単には首を縦に振ってはくれないようね」
「そう……だな」
ここは素直に答えることにした。
するとスピカはモジモジとし始めた。なんだか顔もどんどん赤くなっていく。
「わ、私でできることなら何でもしてあげるわよ? お料理は得意だし、洗濯もできるわ」
何それ、新婚かよ。
「ま、まぁ1回クエストを達成するだけの仮組みくらいならいいかな〜なんて」
アルデバランはハッとした。自分の意識外のところで勝手に呟いてしまった。
美少女との新婚のような生活。その甘美な響きに、思春期真っ只中のアルデバランは引き寄せられてしまったのだ。
「決まりね! ならこのクエスト、行くわよ!」
スピカが勢いよく机に叩きつけたのは≪マグマドラゴン討伐≫のクエスト。
もうすでにスピカは支度を済ませ、出発しようとしていた。
「ちょ、待っ……」
言ってしまったことはもう取り返せない。
仕方ない、とりあえず一回だけと言ったんだ。この一回だけはスピカを守ってやるか。元騎士らしく、な。と思うアルデバランであった。