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三話:一日目。  作者: そぃ
1/1

サブタイって何?

 

 1


 真っ暗な世界。

 光の無い世界。

 ただひたすらの無に、音が交ざり、そこから波紋が広がっていく。

 ぼやけた景色。

 モノクロの世界。

 口に手を当て、こちらを指を差す子供と大人。

 笑っているのだろう。微かに聞こえてくる空気の抜ける音が、自分を悲しくさせる。

 いつまでも慣れない嘲笑に、ひとり、涙を流す。

 次第に景色が消え、音が消え、世界が消え、また、光の無い世界が訪れた。

 何も無い世界で俺は思った。


 ーーーこれは、俺の世界じゃない。


 そこでふと、我に戻る。

 辺りを見渡すとそこは、記憶に新しく残る場所とよく似ている風景が広がっていた。

 吹き抜けの天井からは太陽の光が射し込み、円形に形取られた木々の壁が俺を囲うように聳え立っている。

 この場所は、小さい頃から遊び、山菜を摘んでた名の無い山ととてもよく似ている。

 ただし、似ているだけで同じではない。

 まず、上からの光の射し込み具合が強い。それは周りの木の高さがあの山と比べて低いからだ。


「あの~・・・」


 次に、モリレの花が咲いてない。

 そして、何十本という木が無惨にも切り倒されていた。倒されている木々は、周りの木と比べどれもが一回りほど大きく成長しているものであった。


「なら、同じ場所だよな・・・当たり前か」


 現在俺は、雑草ひとつ映えていない地に正座して辺りを見渡している状態なのだがと言うかスネの下がえらい柔らかいななんだこれ。

 とりあえず人差し指で押してみる。


「ひゃっ!」


 あぁ、幸せを感じるほどぷにぷにだ。

 掌で撫でてみる。


「んんぅ・・・」


 また、幸せを感じてしまった。何て恐ろしい土だ。

 俺は閃いた。

 閃いてしまった。

 きっとこれは歴史に名の刻む大発見に違いない。まさに一括千金。


「よし、これを売ろう」

「止めてください~」


 一家に一盛りあれば、みんな幸せになってもう二度とあの醜い争いは起こらなくなるぞ。

 思い立ったが吉日。

 しかし、袋等は現在持ち合わせていない為とりあえず両手で掬えるだけ掬っていこうと思う。掬い上げたこの土で世界を救いあげるんだ。


「俺は救世主になるんだ!」

「もー!意味わかんないこと言いながら揉まないで下さいよー!」


 そこでやっと俺は気づいた。


「・・・アカリ」


 木々の間からひょこんと顔を出し細目でこちらを睨み付けてくる少女、アカリ。

 卑猥な手つきで土を揉み続ける俺に対し、口パクで何かを伝えようとしている。

 読唇術はやった事無いんだが試しにやってみよう。


「ら、い、せ」


 完璧な読唇術であった。来世でも愛してる的な意味なのだろう。

 空いている手で頬を掻きながら、おれはもう一度だけ誰のかもわからぬ小さなおっぱいを揉んだ。

 それにしてもおっぱいだ。可愛らしい響きをしながら卑猥な雰囲気を醸し出す、おっぱい、という至宝。

 最近の俺はその宝に縁が在るようで、触る機会がやたらと増えている。

 と言っても、二回だが。

 母親はノーカンとして、二回だけだが。

 それでも二日で二回は中々好調なのではなかろうかと、俺はそう思うわけで。


「いい加減にしてぇぇえええええええ」



 2



「最初は仕様がないとしても、途中からは絶対分かっておきながら揉んでたでしょ!」


 そう怒鳴るは先程、俺におっぱいを揉みし抱かれていた少女ーーーと言うには実際年齢が少しだけオーバー(本人談)している彼女、レジスタさん。

 見た目だけで言えば確かに少女なんだが、手に持った杖がやけに婆臭く感じて仕様がない。まぁ、それは言わないでおこう。


「幸せを放したくなかった」


 そう語るは俺ーーー先程、無事におっぱい伯爵の称号を得た森の国出身の健全な男の子。


「だからって私に不幸を渡さないで!」

「・・・・・・」


 無言で半目ーーーまるで小動物かの様な雰囲気と人類の突然変異としか言えない可愛さを併せ持つ、女神、アカリが「昔はこんな子じゃなかったのに」と言いたげな瞳で俺を睨み付けてくる。


「と言うか、何なんですか!」


 興奮の収まらないレジスタが、俺達に向かって手に持った杖を突き出す。


「あなた達、何処から現れたんですか!?しかもこんなにも沢山の木を倒したりして!私は自然破壊反対派ですよっ」


 とんだ誤解である。


「この木は俺達が切ったんじゃないよ?」

「駄洒落は要らないです!」


 たった一文字で駄洒落とは可笑しな話である。


「・・・うるさい」


 落ち着くんだアカリ。ここで破壊衝動に目覚めてはいけない。

 犬のように鼻息を荒げるアカリを抑え、怒り収まらぬレジスタに深々と頭を下げて、俺は謝罪の言葉を告げた。


「さっきの事は謝るよ。ごめんなさい」

「頭を上げてください」

「許してもらえたようで良かった」

「何言ってるんです?許してませんよ?」


 横倒しになった木に腰を下ろし、キョトンとした顔で掌サイズの手帳にすらすらとペンを走らせているこの女の子は中々にくどい性格の持ち主らしい。

 横で抑えていたアカリの拳に力が入るのを俺は見逃さなかった。

 そんなアカリの口許が、何やら動いているので耳を傾けてみると、


「この女、やっぱりきらい・・・」


 と言う言葉が聞こえた。何故かは分からないが、うちのアカリさんは大変ご立腹でいらっしゃる。


「所で、さっきから何を書いてるんだ?」

「日記です。あなたから受けた辱しめをこうして未来に残すんです。これを読んだ私の息子、もしくは娘、更には孫や曾孫、その知り合い全ての人に、先程あなたが犯した、完全に人権を無視した非情なるセクハラ行為を知らしめるのです」


 悪魔の顔とはまさにこの表情の事を言うのだろう。

 一体何が彼女をここまで変えてしまったのだろうか。分からぬ真実に、俺の体は震えだす。


「良いですねー!さぁ、震えなさい!これから先、生き恥を晒しながら、すれ違う人々に白い眼を向けられながら、ヒソヒソと陰で悪口を叩かれながら、石を投げられあなたと子孫は生きていくのです!」

「や、やめろー!俺が悪かった!!だからそれ以上はやめてくれー!」

「まだです!まだ終わりませんよっ。産まれたての凶獣ベスティアのように震えるあなたに、私のこれからの予定を教えてあげましょう!私はねぇ、あなた達と別れた後に、へへへぇ・・・何処に行くと思いますかぁ?」

「ど、どこだっ!?」

「泉だよぉ・・・!!お母さんの為に飲み水を汲みに行くのさぁ!」

「な、なんて良い娘なんだ・・・っ!」

「そんな泉の畔で呪いの黒魔術を使うんだ・・・まず、眼から光を奪い、老衰以外では死ねない不死の呪いかけてぇ・・・次に対象の髪の毛を仕込んだ人形を杭で打ち付けてぇ・・・へっへっへっ・・・死ねない体となった対象をぉ・・・一打ち・・・また一打ち・・・寿命が来るまで何十年という歳月をかけ、じわりじわりと痛め付けてやるのさぁ!」

「なん、だと・・・!?」

「痛みと苦しみで動けなくなったら大好きな指を舐めるんだぁ」


 ・・・ん?


「対象は、そう!」

「・・・ゴクリ」

「・・・あなたですよ」

「うわぁー!死にたくないよぉおおおおお!!」

「ふはははは!愉快だ!滑稽だ!愉悦だぁ!これこそ幸福の味!私は禁断の果実の味を知ってしまったんだー!」


 最後にレジスタは、晴れ渡る青空に向かい「お母さんごめんなさああああああああい」と涙を流しながら叫んだ。

 まだ続きを言いたそうな雰囲気ではあったが、後方から忍び寄り鬼と化したアカリの手刀により、その意識は絶たれてしまった。

 まさかこんな事になってしまうとは・・・。

 全部、俺が悪いのに。

 彼女はなにひとつ、悪くはなかったのに。



 3



「ごめんなさい・・・自分を見失ってしまいました・・・」


 正気を取り戻した彼女と共に、俺達は黄金の国ーーートラディを目指し馬車に揺られていた。

 何故そんな事になっているのかと言うと、悪夢から醒めた彼女が、俺に対して発した失礼な言動に対し謝罪をしたいと、そう言っては聞かず半ば強引に麓に停めてあった馬車へと俺達を連れ込み走り出してしまったのである。

 本当に失礼なのは完璧にこちら側なのだが、どうもレジスタという女性はくどいだけでは無く大変真面目な性格をしているらしく、「貴女は悪くない」「お詫びはこっちがするものだ」「帰りたい」と言うこちらの言い分をこれっぽっちも聞いてはくれず、目が覚めてからから今に至るまでひたすら謝り続けていた。


「良いのかなぁ・・・」


 この人が俺達を悪い意味でどうにかする人には見えないが、ついさっき会ったばかりの人に連れていかれているのだから多少なりとも不安は感じてしまうものだ。

 それに、不可侵の掟に触れてしまう。レジスタは「トラディにそんな掟は無いですよ」と言っていたが、本当に入った瞬間捕まったりしないのだろうか。


「不安だ・・・」

「とりあえず大丈夫」


 懐に隠してあるナイフをチラチラさせながら微笑むアカリを見て不安が倍増した。


 この子、いざとなったら殺る気でいらっしゃる・・・。

 掟破りだし、昨日の事を思い出すから本当に止めてくれ。


 アカリがナイフを抜かなくても良い展開になって欲しいと、俺は心からそう願った。


「あのぉ・・・警戒されるのはごもっともなんですが、お詫びをさせてもらったらすぐにお二人をお返ししますので・・・」


 申し訳ないと言った感じのレジスタに、旅行だと思って楽しませてもらうよ、と返事を返した。

 もう一度言うが、悪いのは全面的にこちら側にある。レジスタは被害者なのだ。

 そんな被害者に向かって何故上から返事を返せるのか、これが自分でも分からない。


「時間はどれぐらいかかるの?」

「そうですね・・・大体二時間くらいなので、もう少しでしょうか?」


 アカリの質問にレジスタが応える。

 トラディとアルベロが意外と近い所にあったという事実。俺の中では遥か遠くにある別世界というイメージが強かっただけに、その情報には驚きを隠せなかった。

 何せ文化から技術まで何もかもが違う。

 アルベロでは自然を使った建物や器具が多いが、トラディの建物には〝こんくりいと〟と呼ばれる非常に硬く丈夫な材料が使われていて、黄金の国と呼ばれるだけあって夜でも街は〝でんき〟で光を産み出し街全体を輝かせているのだ。

 それ所以に、トラディは世界を照らす希望の街とも呼ばれている。


 レジスタに聞いた話によるとそうらしい。俺は知らないが。


「私、知ってるし別に凄くないもん」


 アカリさん、強がりはやめような?貴女は生粋の田舎民族だよ?


「それにーーー」

「あ!見えましたよっ」


 アカリの言葉はレジスタによって遮断された。

 声は聞こえなかったが口は動いていた。読唇術でもいまいち分からなかったのだが、アカリは一体何と言ったのだろうか?

 真相は不明のまま、俺は初めてアルベロ以外の国へ足を踏み入れようとしていた。


「あそこが私の故郷、トラディです!」


 ・・・故郷だと?


「え?お前ってアルベロの民じゃないのか?」

「いいえ、私は産まれも育ちもトラディですよ?」

「俺達が出合ったあの山はアルベロの領地だってのは知ってる?」

「もちろんです」

「トラディの民が入ったら不法入国で掟破りになるじゃないか」


 俺の言葉に対し、レジスタはキョトンとした顔で首をかしげた。


「アルベロにはそういった決まりがあるんですか?」

「アルベロって言うかーーー」

「ごめんなさい!知らなかったんです。以後、気を付けますね」


 世界の掟なんだが、とは言えなかった。

 それは何故か?

 それは、自分の知識に自信が無くなり、自分が間違っているような気がしてならなかったからだ。

 もしかしたら、俺は掟を間違えて覚えてしまっているのかもしれない。


 実際、入国する際には俺が心配していた事は起きなかった。

 誰でもウェルカム。そんな雰囲気で、むしろ歓迎されたぐらいだ。

 俺が気にしすぎていただけで、世界では掟というのはあまり機能していないのかもしれない。

 二十年のいう歳月を経て、争い事も無く平和が続いたから皆の中から掟の存在自体が忘れ去られてしまったのだろう。


「マジか・・・」


 これが噂に聞くカルチャーショックと言うやつだろうか?

 自分と他人の意識の違いにショックを受ける俺を尻目に、馬車は黄金の国トラディへと入っていった。



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