第8話:思わぬ伏兵
昨日の夕食の後、菜摘さんは何処かに運ばれ、断末魔のような声が片倉家に響き渡った。
「菜摘さん大丈夫なんですかね?」
フラフラと生気の無い顔で、俺たちの後ろを歩く菜摘さんを見た。
「大丈夫なんじゃない?」と葉子さんは素っ気ない。
「学校まで辿り着けないんじゃないですか?」
「その時は生物ってことでクール宅急便で送ればいいだろ?」
あきらさんも振り返りもせず冷たく言い放つ。
「いや、なまものと言えばなまものですけど…」
「違う! いきものだ!」
そりゃ字は一緒ですけどね…ってこれコント?
そんな下らないことを話しているうちに学校に到着。
菜摘さんも何とか辿り着いて、フラフラと自分の教室に向かって歩いていった。
あの様子では、きっと今日は勉強に身が入らないだろうな…。
「翔! おは!」
右腕を大きく振って健太郎が挨拶してきた。
「おはよう、蟲太郎」
「健太郎だよ! それにその「蟲」って字はやめろー、
せめて「虫」にしてくれ! ってそれも嫌だけどな!」
「ちょっ…うるさい!」
葉子さんに睨まれて縮こまる健太郎を置いて席に向かった。
「おはよー!」
「やあ、おはよう岡田さん」
元気な声と共に、颯爽と走って来る岡田さん。そんなに走るとスカート捲れるよ?
「大丈夫スパッツ履いてるし、それより葉子ちゃんたちと日曜にデートしてるって本当?」
スカート捲れそうって思ったの、なんで分かったんだろ? 目線かな?
それになんで岡田さんがデートの事知ってるんだろう?
「してるけど、なんで知ってるの?」
「それはちょっと言えないなー」
両手で口を押さえているけど、大方、葉子さんにでも聞いたんだろう。
「わ、わたしもまぜてもらいたいなー、なんて…だめ?」
「え? 俺は別に良いけど…」チラッと葉子さんを見る
「OKよ」
「えぇ!?」
当然断ると思っていたのに、なんでこんなにあっさり了承が出るのでしょうか?
「諜報部員のお願いだからね」と岡田さんに向かってウィンクした。
「えぇ!? 諜報部員って岡田さんだったの!?」
「え? 知らなかったの?」
その「何を今更」って顔するのやめてください。初耳なんですから…
「やったー! 大谷君とデートできる!」
あの…そんな大声で言わないで! 教室中ザワザワしだしたから!
ザワザワした中にロリコンとか鬼畜とか単語が聞こえてきてるけど、小学生に見えて同級生だからね!
「あ、大谷君、私もいいかしら?」
「丁重にお断りします!」
「何で先生には冷たいのよ!」
「先生だからですよ!」
どこの世界に生徒とデートする先生が…今の時代いないとも言い切れないか。
「くそ! 内申書覚えてろ!」
それ職権乱用だから! っていうか、くそ!って先生が言うセリフじゃないよね?
その後の出席確認では、見事に俺の名前飛ばされてました。ってこれ先生のイジメじゃないの?
「えー、大谷君は放課後職員室に来るように」
園田先生は俺をひと睨みすると、朝のホームルームを締め括った。
「翔、どうするんだ、先生怒ってるみたいだったぞ」
あきらさん口角上げて笑うのやめて! 楽しんでいるようにしか見えないから!
「まぁ、たまにはこってり絞られるのもいいんじゃない?」
何たまにはって、それだといつも俺が、いい待遇を受けて…いるのかな?
「翔! このやろ!」
健太郎が俺の頭にヘッドロックし、拳でゴンゴン頭を叩いてくる。
「いてーな! なんだよ!」
「何でお前だけモテるんだ! チクショー!」
「しらねーよ! 離せ! 変態がうつる!」
「変態はうつらないからね! って変態じゃねー!」
健太郎はヘッドロックを外すと、どこかに走り去って行った。
騒がしいヤツだ。っていうかそろそろ1時限目始まるよ?
でも俺自身なんでモテるかと聞かれても困るんだよね。
小学校も中学校でも全然モテなかったのに、片倉家にお世話になるようになってからモテ始めたよな。
「なんでですかね?」
「し、しらないわよ!」
葉子さんに聞いたら、少し顔を赤らめてそっぽ向かれてしまった。
「なんでですかね? あきらさん」
「……」
あきらさんは何も言わずに少し顔を赤らめただけで自分の席に座った。
「何か言ってください…」
「それは大谷君がかっこいいからだよー!」
「はいはい、岡田さんありがとね」
岡田さんの頭をガシガシ撫ぜてやると、ツインテールの髪がぴょんぴょん揺れる。
「ひと目惚れなんだからー!」
「はいはい、ありが…え!? マジで?」
「マジで!」
無い胸を反らせて頬をピンクに染めて俺を見上げてる。
「っていうか何でこのタイミングでカミングアウトを…」
「デートするんだから気持ちを知っていて貰わないとねー」
両目を一瞬瞑って岡田さんも自分の席に戻って行った。今のってもしかしてウィンクのつもりか…?。
…
「はぁ…」
職員室の前でため息を付いているとガラッっと唐突に扉が開いた。
「大谷君待ってたわよ」
なんで俺が居るって分かったんだろう…? なんか寒気がしてきた。
「じゃあ、進路指導室行こうか」
俺を促して歩いていく園田先生の後を着いていく。
あれ? なんか怒ってはいないみたいだな。
「さぁ、入れ」
進路指導室のドアを開けて園田先生が振り返ると、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
こわっ! 俺…生きて帰れるのかな?
「あの…なんで隣に座るんですか?」
園田先生は俺を椅子に座らせると、何故か隣の椅子に座った。普通こういうのって対面で座らない?
「ふふ、そんなに固くならないで」
固くなるなって言われても、吐息がかかるくらい近くに顔があったら緊張するよ。
「ねぇ、大谷君…いえ翔君、なんで私とはデートしてくれないのかなー?」
さらに園田先生の顔が近づく。
「せ、先生! 近っ! 顔近い!」
仄かに香る香水の匂いが鼻をくすぐる。
「先生と生徒ですよ!?」
するとスーと園田先生が顔を離してくれた。
「禁断の愛って憧れだったんだけどねー、しょうがないかー」
え? それだけのためにデートしたかったの?
「別のとこに憧れを持ってくださいよ、チョーク投げとか、バケツ持たせて廊下に立たせるとか」
先生はちょっと小馬鹿にするように笑って言った。
「チョーク投げる先生なんて見たことある?」
「ないっす…」
…
「ということで、デート相手がさらに1名追加されましたわ」
夕食後の談話時間?に、葉子さんから、京子さん、蘭ちゃん向けに報告を行なった。
「あらあら、翔君も大変ねぇ」
京子さんは妖艶に笑っているけど、あなたもちゃっかりメンバーに入ってるじゃないっすか!
まぁデート代は女性が出すことになっているので、俺の懐にはあまり影響が無いのが助かる。
さすがに蘭ちゃんの時は、俺が出したけどね。
っていうか菜摘さんが、さっきから涙目で何か訴えて来てるけど、なんだろう?
「わ、わたしもデート…」
「菜摘さんはダメよ」
電光石火で却下された菜摘さんは、ずーんと沈んだ雰囲気を醸しだした。
「よ、葉子さん別に菜摘さんとはデートをしてたわけじゃないので…」
「あれはデートですよぉ」
ぷくっと頬膨らませてるけどさ、菜摘さんのために言ってるのに、自分で台無しにしてどうする!
「ふん、やっぱりね」
あ〜ぁ、もうどうすることも出来ないね…。 諦めろ菜摘さん!
「おにいちゃん、お風呂入ろう!」
「だから、ダメだよ…」
「やぁだ! 今日は一緒に入るんだもん!」
駄々をこねる蘭ちゃんは、今日は引き下がってくれなさそう…。
葉子さんにチラって目を向けると、しょうがないわねって感じで肩を竦めて見せた。
っていうかこういう時は、母親に目を向けるべきなんだろうけど…。
「蘭ちゃん、ちゃんと湯船に浸かって30数えるのよ?」
「はぁい」
もうすでに一緒に入ること確定しているっぽいし。
…
「おにいちゃん、洗いっこしよう!」
一緒に湯船に浸かりながら、とんでもないことを言い出した。
「それはダメだよ…いろいろ制限されちゃうから」
「制限って?」
蘭ちゃんは小首を傾げながら、髪の毛の水分を両手で絞っている。
「蘭ちゃんはまだ知らなくていいから…」
「えー、つまんない!」
ぷくっと頬を膨らませて拗ねる。
「じゃあ、チュウしよう!」
「だからダメだって!」
両手の人差し指でバッテンを作り、蘭ちゃんの顔の前に出す。
「えー! 菜摘ちゃんとはチュウしたのにわたしとはダメなの?」
「あれは事故だからね? まさに接触事故、なんて…」
「おにいちゃん…それつまんない」
俺も上手い事言えてないのは分かってるけどさ、ちょっと冷たすぎない?
「それより、蘭ちゃんにちょっと聞きたい事があるんだけど」
「なぁに? すりーさいずは教えられないよ?」
自分で自分の体を抱くようにして、上目使いでこっち見てるけど。
「違うよ…」
10歳の娘のスリーサイズなんて、ほとんど変化無しじゃないの?
なんて言ったらまた拗ねるから言わないけどさ。
「蘭ちゃんは俺のこと…その…す、好き?」
「うん! 好きだよ!」
ここまで直球で答えが返って来ると、清々しい。
「その…どこら辺が好きなのかと思ってさ」
「う〜ん…」
いっちょまえに腕組んで考え込んでる姿が微笑ましい。
「優しいところかな?」
優しいか…うーんでも優しいだけの人はいっぱいいると思うんだけど…。
「…それだけ?」
「う〜ん…」
「……」
唸ったっきり動かないけど、寝てないよね?
「分かんない…」
「え?」
すると蘭ちゃんの瞳に大粒の涙が溢れてきた。
「分かんない…うぐぅ…」
「分かったから、泣かなくても大丈夫だからね」
頭を撫ぜてやりながら、聞く相手を間違えたこと今更ながら気が付いた。
人を好きになるって理屈じゃないよな…蘭ちゃんにはちょっと難しかったか。