第6話:デート(蘭編)
「ちょっと菜摘さん、デコピンくらいで大げさよ…」
葉子はため息をついて呆れた顔で菜摘を見る。
「だ、だってぇ…」
目に涙を溜めて、ぐったりと座り込みながら葉子を見上げる。
「だってじゃなくて、みんなで決めましたよね? 下僕…し、翔君に関しては抜け駆けは無しだって」
葉子は初めて翔君と呼んだので、赤くなって少しどもって言い放った。
「抜け駆けとかそういうんじゃないのにぃ」
「まぁ今回は菜摘さんの殺人級の方向音痴に免じて、これ位で許してさしあげます」
「ありがとう…」
服の袖でゴシゴシと涙を拭い菜摘は立ちあがる。
「次はこれくらいじゃすまないからね!?」
「ひぃ!」
蘭が最後に言葉のナイフをグサリと刺して食堂に戻っていった。
「…」
菜摘を無言で一瞥して食堂に戻るあきら。
「み、みんな、冷たいよぉー」
「自業自得ね」
最後に葉子が食堂に戻っていくと、その背中を追いかけるように菜摘が付いていく。
「な、なんか物凄い声が聞こえたんだけど…」
食堂に戻って来た面々に声をかけるが、誰も答えてくれない。
葉子の後ろからフラフラと菜摘が歩いてくるのを見て、とりあえずは安堵のため息を漏らした。
「な、菜摘さん無事だったんですね!?」
「翔君ひどいですよぉ、わたしのせいにするなんてぇ」
少し涙目の菜摘さんが俺の胸をポカポカ叩いていますが…
「え? 俺、嘘は言ってないけど…」
「うぐっ…」
菜摘さんは、そうだったというような顔をして、絶句してるし。
「それより、なんか菜摘さん、おでこ赤いですよ?」
「な、何でもないですよぉ」と言って、手の平でおでこをゴシゴシ擦る。
…
「ということで翔君、今週から日曜日ごとに、交代でみんなとデートすることになったから」
翌日の朝食の後、いきなり葉子さんから寝耳に水の展開。
「ということって、どういうことだよ!? ちゃんと分かるように説明してよ!」
なんか俺抜きで勝手に話が進んでるんだけど…っていうかいつ決めたのよ?
「だから、今週の日曜日は蘭ちゃんとデートで、翌週があきら、京子さん、私の順番にデートをするのよ」
「蘭ちゃんとデートって…蘭ちゃんまだ小学生じゃんか!」
「最近の小学生はすごいらしいよ」
何がだよ! 意味分かんねーよ! とは怖くて口に出して言いませんけどね。
「わたしだってお兄ちゃんとデートしたいもん!」
蘭ちゃんが口を尖らせて拗ねた顔で言った。
「…わかった、わかった」
ため息交じりに俺が答えると、蘭ちゃんはぱぁと顔を輝かせる。
「わーい!」
まぁ…お守りだと思って、付き合ってやるか…。
「それよりさ、なんでそこに京子さんが混じっているの?」
1人だけ何か雰囲気違うから!
「あらぁ、私だって翔君にいろいろ教えてあげたいわよ」
「何をですか…?」
妖しげな顔で見られても困るんですけどね?
「きゃー、私に何を言わせたいのー? もう翔君セクハラよ」
ポッとほんのり赤く染まった頬を、両手で押さえたポーズしてますけど、
言ったらセクハラになるようなことを、させようというのか!?
「それから菜摘さんが入ってないですけど?」
何故か菜摘さんの名前が入ってなかった。
「翔君、菜摘さんが良いわけ?」
菜摘さんが目を輝かせて俺を見ているけど、なんなんだろ?
「え? いや、純粋な疑問です」
途端に落胆した表情で、とぼとぼと食堂を出て行った。
「菜摘さんは1回チョンボしてるので、今回は抜きよ」
「チョンボ…?」
昨日、本屋行ったことを言っているのかな? そんなんじゃないのに…。
「そういえば、俺のこと、翔君って呼んでくれてますね?」
「そ、それはあれよ…いつまでも下僕では気が引けただけ! 文句ある?」
顔を真っ赤にして葉子さんが睨んでくる。
「いえ…ありません…」
なんであんなに赤くなって睨んでくるのか分からない、
それに、なんだか俺だけスケジュールきつくない?
…
そして日曜日、俺は蘭ちゃんに手を引かれて、動物園に来ていた。
「あっちに熊さんがいるみたいだよ、早く行こう!」
蘭ちゃんがグイグイ手を引っぱってくる。
「そんなに引っぱらなくても行くからさ」
っていうか、俺たちってどう見えるんだろう?
やっぱ兄妹だよな、それっぽくしたほうがいいのかな?
なんて考えていると、目の前を同じような2人組が横切っていく。
「ゆーちゃん、早く! 早く!」
「葵、そんなに引っぱるなよ、それから人前でゆーちゃんって呼ぶな」
彼らも兄妹じゃなさそうだな…。
まぁやましいことしている訳じゃないし、気にしなくていいか。
「おにいちゃんどうしたの?」
「ん? いや、なんでもないよ、あ! ほら! 熊が見えてきたぞ!」
所謂ツキノワグマってヤツかな? かなりでかい。
「わー! おっきいー!」
目をキラキラさせている蘭ちゃんを見ていると、連れてきて良かったと思う。
「あ! アライグマだ、ほんとに洗ってるー」
ニコニコしながら蘭ちゃんがアライグマを眺めている時、
ペンギンコーナーのあたりで病人が出たみたいで、
救急車が来たりして、しばらく園自体が慌しかったけど、今は静かになっていた。
それから2人で園内を一通り見て回って、動物園を後にした。
「おにいちゃん、これからどうするの?」
「どうするって、もう夕方だし帰るよ?」
朝から夕方まで遊んであげればOKだよな、明日は学校だしね。
「わたし、準備はしてきたから!」
無い胸を反らせて、なにやら自信満々に見上げてきた。
「準備って?」
「んとね、勝負パンツ履いて来たから!」
思わず飲んでいたジュースを吹きそうになった。
蘭ちゃんは頬を少し赤くして恥ずかしげに俯いていた。
「し、勝負パンツって…意味分かってんの?」
「良くは知らないけど、ママが履いていけって」
ハァ…京子さん何考えてるんだよ!
普通、親なら心配するほうだろ? いやまぁ心配されるような事も起きないけどね。
「ママが、おにいちゃんにすべて任せればいいからって言ってた」
何をだよ! とか突っ込んだら負けな気がしてきた…
一気に脱力した俺を、蘭ちゃんが不思議そうに覗き込んでいた。
「それはね…蘭ちゃんがもう少し大人になってからね」
「もう! 子供扱いしないでよ!」
いやいやいや、実際子供だし! でもそんなこと言ったら火に油だよね。
そして何とか拗ねた蘭ちゃんを宥めて、片倉家に帰ってきた。
「蘭ちゃん、優しくしてもらった?」
京子さんが最初に口を開いたが、何か意味深な感じで聞いているような…。
「うん! おにいちゃん優しかったよ!」
蘭ちゃんは満面の笑みで凄く嬉しそう答えた。
「あらぁ、蘭ちゃんも遂に大人に」
「ないから! 有り得ないから!」
やっぱりそういう意味で聞いていやがった!
俺の危険発言探知機が作動し、電光石火の突っ込みで難を逃れた。
蘭ちゃんは意味が分かっていなくて、不思議そうな顔で俺と京子さんを見ていた。
「ほ、ほら見なさい、翔君にそんな度胸はないでしょ?」
何故か少し安心しているような葉子さんが、あきらさんに何か言ってるけど…
「翔も意気地なしだな…」
「何がだよ! っていうか何の会話だよ!」
葉子さんのとなりに移動し、あきらさんに詰め寄るように立った。
「え? 翔が蘭ちゃんに手を出すほうに、ジュース1本賭けてた…」
なに賭けてんだよ!
「さすがに10歳の幼女に手出さないから! それで意気地なしって酷いよ!」
「私は信じていたわよ?」
いやいや葉子さん…あなたさっき少し安心してたよね?
ってことは信じきっていなかったことになるから!
「それより菜摘さんはどうしたんですか?」
「ああ、菜摘さんは、部屋暗くして体育座りしてたわ」
「それ大丈夫なんですか? っていうか何故!?」
「自分だけ、のけ者だとか呟いてたわ」
「そ、そうなんですか…」
「ええ…」
今度、遊んであげるか…、デートとかじゃないけど…。
「来週は私とだな、どこに連れて行こうか」
あきらさんが口角を上げて、ニヤっと笑った。
その瞬間、背筋がゾクっとしたんですけど、風邪かな?
それに、普通は連れていって貰うんじゃないの?
まぁ、4人と一週間おきにデートだから、行き先決めてくれるなら、いろいろ考えなくて楽だけどね。
っていうかこれって、新手の拷問じゃないのか?
「お腹空いた!」
蘭ちゃんの元気が声が食堂に響き渡り、夕食となった。
「蘭ちゃん? 今日はどこに連れて行ってもらったの?」
京子さんが、もりもりご飯を食べている蘭ちゃんに優しく聞いた。
「うんとね、動物園に連れてってもらったの!」
「そう、良かったわね、楽しかった?」
「うん! たくさん動物さん見れて楽しかった!」
そんな二人の会話を、みんな微笑んで見ていた。
「そう、変な事されなかった?」
「? 変なことって?」
「ちょっと待って!」
俺の危険発言探知機が急速に作動し始め、会話を遮ろうとしたが遅かった!
「チュウとか」
「チ、チュウなんかされないよ? 普通されるの?」
京子さんは「うん」と頷いてるけど…
「えぇ! されてない! おにいちゃんどういうこと!?」
「蘭ちゃん、あのね、普通は最初のデートでチュウなんかしないから!」
すると蘭ちゃんは「そうなの?」と、葉子さんやあきらさんに聞いている。
「京子さん変な事言わないでください!」
「変な事? 私はいつも最初のデートでするけど?」
「え…? いつも?」
「もちろん、相手を気に入ればだけどね」
そこでウィンクしながら自分の人差し指にキスをするポーズをされても、困るんですけどね。
俺、もしかして地雷踏んだかも知れない。いや…もしかしなくてもか。
「だから翔君も、私がリードしてあげるからね?」
「ダメだから! っていうか困るから!」
そんな心底残念そうな顔されても、俺もやっぱり好きな人としたいから!