第19話:旅立ち
遂に菜摘さんが片倉家を去る時がきた。
荷物は全て引越し業者の手でトラックに積み込まれている。
最後の挨拶のため、みんな玄関に集まった。
「京子さん、お世話になりましたぁ」
「菜摘ちゃん、いつでも遊びにおいでね」
「はい、ありがとうございます」
京子さんはいつもと変わらないな。
まぁしんみりされても困るけどさ。
「蘭ちゃんもありがとう、妹が出来たみたいで楽しかったよ」
「えー! わたしは菜摘ちゃんが妹のような気がしてたのにー」
「ふぇ!?」
「ぷふっ…」
我慢できなくて笑っちゃった。
「ヒドイ! 翔君いま笑った!」
「いえ、笑ったのは葉子さんです」
「んなっ!? 翔君? あとでちょっとお話しましょうね」
うぅ、冗談なのに…。
「菜摘ちゃん…うぐっ…また一緒に…ぐすんっ…一緒にお買い物行こうね?」
「うん、蘭ちゃんまた連れてってね!」
やっぱり蘭ちゃんは堪えられなかったか…、
っていうか18歳が11歳に対して連れてってって言うのもアレだが。
「葉子ちゃん、諦めずに頑張ってね!」
「な、何を諦めずに頑張るのよ!」
「そんなの決ってるだろ?」
あきらさんは口角を少し上げて笑う。
葉子さんがあきらさんを睨むが、あきらさんは知らん顔。
「あんたもでしょ、あきら」
「んな!? わ、私は別に頑張ることなんてないのだが…」
最後はごにょごにょと何を言ってるのか分らなかったが、
いったい何に対して頑張れと言っているのだろう?
「菜摘さん、迷子になっても連絡してこないでね?」
「そんなぁ、葉子ちゃん冷たい事言わないでよぉ」
菜摘さん迷子になると葉子さんに助け求めてたのか…知らなかった。
つか迷子って…。
葉子さんは柔らかい笑顔を菜摘さんに向けている。
なんだかんだ言って葉子さんも菜摘さんが好きなんだな。
葉子さんのあんな裏の無い笑顔初めて見たかも。
って葉子さんに睨まれた! 心読まれた!?
「あきらちゃん、自分の気持ちには素直になってね」
「わ、私は自分の気持ちを誤魔化しているつもりはないが…」
「頑張って!」
「だ、だから頑張ることなんてないと…」
今日のあきらさんはしどろもどろで面白い!
ってあきらさんに睨まれた! またしても心読まれた!?
「翔君ありがとう、翔君がいたから思い出が沢山できたよ」
泣きそうな菜摘さんの顔を見ると、チクリと少し胸が痛んだ。
「俺なんかが居なくても、思い出は沢山できたと思いますよ?」
「「「はぁ~…」」」
「な、なんでみんな一斉にため息つくんですか、俺なんか変な事言ったかな…?」
「ま、まぁ、それでこそ翔君というところかな」
「そうね」「そうだな」「そうだね」
なんか腑に落ちないが、今はいいか。
「俺も菜摘さんを弄れて楽しかったですよ」
「えろ…」
何をあきらさんは真顔で言ってんだ!?
「じゃあ、あきらさんにはそっち方面で弄らせて貰おうかな?」
「んな!?」
あきらさんは見る見るうちに顔が真っ赤になる。
「っていうのは嘘ですけどね!」
「…っ!? 翔…あとでちょっと話しようか?」
「…ごめんなさい」
そんな俺たちを菜摘さんは少し寂しそうに眺めている。
「な、菜摘さん、またみんなで海とか行きましょうね!」
「翔は水着が見たいんだろ?」
「ち、違いますよ」
「そんなの言ってくれればいつでも見せるのに」
「え?」
「ううん、じゃあ…そろそろ行くね」
菜摘さんは1歩後ろに下がりドアの前に立つ。
「お世話になりましたぁ」
菜摘さんはペコリとお辞儀をしてドアを開けると、穏やかな太陽の光が菜摘さんを包み込み、
シルエットだけを俺たちに見せる。
まるで菜摘さんに羽が生えて、新しい場所に飛び立つような錯覚に陥る。
「元気で」「いつでも遊び来てね」「何かあったら連絡しなさいよ」
菜摘さんの顔は涙でいっぱいになり言葉が出せないでいる。
蘭ちゃんが近寄りそんな菜摘さんの涙をハンカチで拭っている。
やはり蘭ちゃんのほうがお姉さんみたいに見えるな。
蘭ちゃんからハンカチを受取りトラックに乗り込む菜摘さん。
ウィンドウを下げて、みんなに手を振りながら「またね!」と言った。
「うんそうだね! またね!」
永遠の別れじゃないから、この言葉で充分でしょ?
「またね!」
菜摘は今後たまに出てくる予定になっています。