第2話:居候たち
「おにいちゃん、こっちこっち」
ぐいぐいと俺の手を引っぱり2階に連れて行く蘭ちゃん。
階段ってやばいね? え? 何がっていうと、
蘭ちゃんのパンツがチラチラ見えてるからね。
とはいえ、10歳の女の子のパンツ見ても、なんとも思わないけどさ。
「蘭ちゃん、そんなに引っぱらなくてもいいからさ」
何故か京子さん、あきらさん、葉子さん、菜摘ちゃんの順で
俺の後ろをぞろぞろと着いてくる。
「蘭ちゃんのパンツ見て喜んでるな」
「え? やだぁ! おにいちゃん、エッチ!」
赤くなりながら慌ててスカートを抑える蘭ちゃん。
「あきらさん! 別に喜んでないから!」
少し赤くなりながら、否定する俺。
「そうか? でも見えてたことは否定しないのな」
「うっ…」
「私たちも気をつけなければな」
「そ、そうしてください…」
「私は別に見られても平気だけどな」
「俺が平気じゃないから!」
「それから私はあきらで構わない」
え? 俺の意見無視?
「わ、わたしも、な、菜摘って呼んでもらっていいですよ」
「わたしは下僕に呼び捨てにされるのはまっぴらごめんよ」
「私は女王様でいいわ」
「京子さん、どさくさにまぎれて何言ってんすか!」
俺…突っ込み役、確定なのか?
これじゃ部屋に着く前に俺のHPが無くなるよ、早く部屋に連れて行ってくれ…
2階に上がった先は廊下になっていて、左右に2つずつドアがある。
その右側の奥の部屋が俺の部屋らしい。
右側手前があきらさんで、左側手前が葉子さん、そして左側奥の俺の部屋の向かいが菜摘ちゃんだ。
「京子さんたちは?」
「私と蘭は1階に住んでるから」
「あぁ、なるほど」
蘭ちゃんが部屋を開けて俺を中に招き入れて言う。
「ここだよ」
部屋の広さは6畳程で左側の壁際にベッドがあり、右側の奥の壁際には勉強机、
その手前にタンスが置いてある。そして中央にはテーブルが置かれていた。
「連絡もらってすぐ掃除したから綺麗でしょ?」
「ありがとうございます」
今日1番の笑顔を京子さんに向けると、京子さんは何故かちょっと赤くなっている。
「部屋の鍵は壊れてるから」
「え…?」
「男の子だから平気よね?」
「はい…」
「他の女の子の部屋は、ちゃんと鍵があるから、襲おうと思ってもダメよ?」
「そんなことしませんから!」
「私は襲われても平気だけどね」
最後になにやら恐ろしげな言葉が聞こえた気がしたが、ここは無視しておくのが、最良だと判断した。
そして特に興味を失ったのか、京子さんを筆頭に、女性陣はぞろぞろと俺の部屋を出て行った。
やっと1人きりになれたことに、安堵のため息を漏らしベッドに横になる。
…
しばらくして、ドアをノックする音がして目を覚ました。
どうやら眠っていたようだ。
もう1度ノックの音が聞こえたので、「どうぞ」と言うと、
おずおずとドアを開けて、菜摘ちゃんが顔を出した。
「しょ、翔君ちょっと入っていい?」
「はい、いいですよ」
おどおどと落ち着かない雰囲気で部屋に入ってくる菜摘ちゃん。
その仕草が何となくおかしくて、つい笑ってしまう。
「わわ、わたし…わ、笑われることしましたぁ?」
「いや、何となく可愛いなって思ってさ」
「かかか、可愛いだなんてそんなぁ…」
そう言うと菜摘ちゃんは、ゆでダコのように赤くなった。
そしてテーブルに向かい合うようにして座る。
「しょ、翔君は何年生になるのぉ?」
「俺は2年生だよ」
「えぇ! 2年生…なの…?」
そんなに驚くなんて…俺って老けて見えるのかな…?
「そうだけど…そう見えない?」
意味を察したのか菜摘ちゃんは頭をブンブン振って否定する。
「あ…ごごごめんなさい…そそそういう意味ではないのぉ」
何故かシュンっと小さくなって落ち込んでいる。
菜摘ちゃんが黙り込んでしまったので、取り成すように話題を振る。
「菜摘ちゃんは1年生?」
「わ、わたしは…3年生です…」
あれ? 3年生って聞こえたけど、中学3年生かな?
「菜摘ちゃんは中学生なの?」
「ちちち違いますよぉ、高校生ですよぉ…」
3年生で高校生ってことは…
一瞬の沈黙、そして…
「えええぇぇぇ!! 年上!?」
予測していたように耳を塞いでいる菜摘ちゃん…
いや、菜摘さん…しかも涙目だし。
「お、驚き過ぎですよぉ…」
涙目で抗議するその姿はどう見ても…年下。
「俺を騙そうとかそういう…」
「しょ、翔君ひどいですよぉ…」
本格的に泣きそうになってきたので、慌てて謝る。
「菜摘ちゃ…菜摘さん、ごめん…なさい」
そこへ俺の叫び声を聞いて、あきらさんと葉子さんが駆け込んできた。
「ちょっとさっきの声何なのよ!」
開口一番、葉子さんが俺を咎めるように見る。
そして泣きそうな菜摘さんに気付くと
「あんた! 菜摘さんに何したのよ!?」
「な、何もしてないですよ…その、年上って知らなくて」
「ああ…ならしょうがないわね」
納得、早!
やっぱりしょうがないことなんだと苦笑する。
「私たちも最初年下だと思ってたしな」
あきらさんが懐かしむように説明する。
「み、みんなひどいですよぉ」
泣きそうな顔で口を尖らす、いやもう泣いてるなこれは。
「で、菜摘さんはコッソリと翔君の部屋に何しに来たの」
「コココッソリなんて誤解ですよぉ…わ、わたしこんな性格だから早く打ち解けるようにと…」
「あんたも連れこんでんじゃないわよ!」
「えぇ!」
なんで俺が怒られてるんですか?
っていうか菜摘さんの意見、無視ですか?
なんて口に出して言えません、ヘタレですみません。
って俺誰に言ってんだろ?
そして何故か両腕を抱えられ、後ろ向きに連行されていく菜摘さんは、
すっかり落ち込んだ生気のない顔だった。
っていうか結局、菜摘さんは何しに来たんだ?
少しの睡眠で回復したHPが急激に減った気分で、荷物の整理をする。
…
荷物を片付けた俺は特にすることもないので、最近読み始めた推理小説を読んでいた。
すると菜摘さんのような遠慮がちなのと違う、しっかりとした意思のあるようなノックの音がした。
「はい」
「わたしよ、入っていいかしら?」
あのツンとした言い方は葉子さんだな…。
「どうぞ」
葉子さんは勢いよくドアを開けて、颯爽と部屋に入って来た。
その感じが葉子さんらしいなと思って、少し笑ってしまう。
「な、なにがおかしいのかしら?」
「なんか葉子さんらしいと思ってさ」
「それはどういう意味かしら?」
ジト目で俺を睨む葉子さんは怖いです。
でも何故か頬はトマトのようにすごい赤いです。
「べ、別に意味なんてないですよ?」
「そうかしら? まぁいいわ」
「明後日の月曜日は、2年生になって初の登校日よね?」
「そうですね…」
「朝、私のカバンを持って登校しなさい」
「なんでだよ!」
「下僕だからです!」
「だから下僕になった覚えはねーよ」
「素直に一緒に学校に行きたいって言ったらどうだ?」
開いたドアのところにあきらさんが立っていた。
「なっ! そんな訳ないじゃない!」
「まあまあ、私たち同じ学校なんだから、一緒に行けばいいだろ?」
「え? 同じ学校なんですか?」
「…」
「あんた何も知らないのね?」
葉子さんが蔑んだような目で呆れた声で言う。
「ごめんなさい…」
シュンっと項垂れる俺を一瞥して葉子さんが説明する。
「まあいいわ、あきらと菜摘さんと私とあんたは同じ川上高校よ、
菜摘さんが3年生で、あきらと私とあんたは同じ2年生」
「そうなんだ、俺他のクラスと交流ないから知らなかったよ」
「私たちも結構顔が広いけど、あんたのこと知らなかったわ」
うん、なんか、すごい傷ついたよ。
でもそんな偶然ってあるもんなんだな。
「それは神様の都合よ」
あの…すみません…心を読まないで下さい。
それに神様の都合ってなんですか?
「そんなの私が知るわけないじゃない!」
ごもっともです…
って、いや、あのね、心を読まないでったら。
「今度は私の番だから、葉子はさよならね」
あきらさんが葉子さんを部屋から押しやって俺の前に座った。
じーと俺の顔を見ているが何も言わないので、居心地が悪い。
「えっと…俺の顔に何かついてる?」
「…」
そんなに見つめられると恥ずかしいんですが…早くなにか言ってください!
「あの…」
「…」
これはアレですか?
獲物を捕らえようとする、蛇に睨まれた蛙ってやつですか?
「あきら…さん?」
「うん、合格!」
「…何が!?」
俺は自ら嵐の真っ只中に足を踏み入れたような、言い知れぬ寒気に身震いするしかなかった。