記憶では
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私は比較的平和に、人生の壁にぶち当たるような事もなく、滞りなく育ち、そして面白味のない大人へと成長した。
社会人となり就職した会社は、残業はあれどブラックという程でもない。
趣味もなく、夢や目標があるわけでもなく、ましてや恋人なんかもいなかった。
ただ同じ毎日の繰り返し。
それが辛いかと言われれば、特にそういうわけでもないし、こうやって生きて、気が付いたらこのまま死んでいくんだろうなぁ。
なんて、そんな風にぼんやりと生きてきた気がする。
(帰ろう)
本当は仕事をしている方がマシだったりする。
家に帰っても時間を持て余すだけだし、何より外を歩いていると楽しそうな人で溢れていて、そんな人達をみて、なぜ自分はこうなってしまったんだろう、などと虚しくなるだけだった。
それでも、する事がないのなら帰るしかない。
仕方なく少ない身支度を済ませ、帰路につく。
多分ここからだ。
私の人生が大きく変わってしまったのは。
その日はなぜか、特に好きでもない甘いものが無性に食べたくなって駅近のケーキ屋さんに脚を運んでしまった。
買ったケーキを手に、歩いていつもと同じ道を帰っていると、なぜか、まだそんなに遅くは無い時間なのに自分以外誰もいなかった。
そしてなぜか、いつも通らない小さな交差点にかかったとこで、鈍い音を聞いたと同時に激しい衝撃を身体中に感じて、車に引かれたんだと気付いた時には道路に横たわって動けなくなっていた。
ああ、私今日死ぬのか。
呆気ない終わり方だなぁ、とも思ったが、いや自分らしいかとなんだか笑いが込み上げてきた。
もう力を入れて笑うことも出来ないこの身体で、笑みを浮かべながら目を閉じる。
死んだらどうなるんだろうなぁ。
生まれ変われるなら人じゃない方がいいかな。
(確認しました)
でも不自由はしたくないな。
自立して、今度こそ楽しい人生を送りたい。
(確認しました)
空飛べたりなんかしちゃったら嬉しいかも。
でも鳥は嫌だなぁ。
(…確認しました)
後は、そうだな。
人の目ばっか気にして生きてきたもんな。そんなの気にならないくらい強くいたい。
(確認しました)
あ、そろそろ寒くなってきた。
これでもう死んじゃうんだな。野次馬の中になんか変な声も聞こえたけど、もう関係ないよね。
やっと開放されるんだ。
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ここまでが、たしか私の記憶。
目を覚まして生きていたと飛び跳ねて起きた時、そこは何故か病院ではなく、木々が生い茂った森の中だった。
何がどうしてこうなったのか。
自分が一体何者なのか。
本当に何も、分からない。
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。
かの有名な偉人も、本当にこの物語のような状況に陥る人物が現れるとは、きっと考えもしなかっただろう。
2話を最後まで読んでくださってありがとうございます。
今日は熱いお茶飲みながらホッと一息ついた時、私は猫舌じゃなくて良かったなと思いました。
きっと猫舌って不便ですよね。
どうぞ今度ともよろしくお願いします。