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04:フレンドさんいらっしゃい

 ちまちまと進めているサバワーだが、なんと! 千縁でも下から二番目の難易度のクエストで成功できるくらいになってきた。ビビりな性格であることを、ゲームを通して嫌になるほど自覚したので、メインの武器をデフォルトの短剣から弓矢に変えたら、ほんのちょっとやりやすくなったのである。そこに気づくまでが長かったのかもしれないが。

 平日は仕事でゲームをする時間が取りにくいので、もっぱら土日にコントローラーを握っている。

 絋季も時間が合うときは、千縁のプレイ動画を撮ったり、一緒にゲームへ参加して千縁のクエストを手伝ってくれたりしている日常だ。

 どうやらあのデビュー戦は絋季のお気に召したらしく、こんな感じにして公開してもいい? と編集した動画を見せてくれた。自分の声が入っているしお世辞にもうまい操作ではないから十秒見てすぐに目をそらし、好きにしてくださいと言ったのはもうずいぶん前のことのように思えた。

 以来、千縁の素人感丸出しな傭兵は弟の手によってうまいこと編集されネットの海に紛れている。

 絶対に見ないようにしよう。千縁は宣言したし心に念じた。


 今日は、どうにか真ん中の難易度に挑戦できないものか。

 思いながらゲームを立ち上げたら、今までうんともすんとも言ったことのないステータス画面に、ポコンと表示がついていた。なんだろうと開けてみたら、フレンドのタグに通知が来ている表示だった。

 フレンド。千縁は基本的にオフラインで、絋季と一緒にやるときだけオンラインだ。つまりフレンド欄には絋季しかいない。


フレンド申請がきています

【伯方】


「……え」


 フレンド画面を見て固まる。すぐにホームに戻る。いやいや、まあ、めずらしい名前じゃないし、まさか、ねえ。

 もう一回見る。


【伯方】


「え」


 何度見ても、伯方さんの文字は消えなかった。

 一歩進んでそのプレイヤー名を選択すると、相手の詳細を見ることができる。


「え」


 レベルが121で、装備もすごい感じのものでまとめてある、どう見ても手練れな傭兵がいた。どうしてこんな人がミジンコみたいな千縁と友達になろうとしているんだろう……レベルって100で終わりじゃないの……?


「……なにしてんの」


 叫んでも暴れてもいないのに、気配がうるさかったのか部屋から絋季が出てきた。

 千縁は画面をそのままにして弟を窺いみる。もしかして、もしかしてだけど、なにか知っているのではないだろうか。


「コウちゃん、わたしに言ってないことない?」

「なんで?」


 無言で画面を指さす。

 すると絋季はそこに映る【伯方】の文字を確認し、うーんと腕を組んだ。


「フレンド申請が来たの? 伯方さんと同じ名前じゃん」

「そうなんだよ、びっくりしたんだよ」

「いいんじゃない? たまには僕以外と遊んでも楽しいし」

「そ、そうかな」


 そうだよねえ、まさか伯方さんなんてことないよねえ。ああ焦った。

 絋季は相変わらず冷静で落ち着いていた。手練れの傭兵を見つめてからふむとうなずく。


「ヨリちゃんの数少ないフレンドになるなら、僕もつながっておこうかな。三人でクエストやれば、効率よくなるよ」

「そっかあ~」


 フレンド申請が送られてきたのは三日前。承認ボタンを押しても、相手は今オフラインのようで、千縁は変な汗かいたなあと思いながらいつも通り何度もモンスターに弾き飛ばされた。

 その晩のことである。

 たこ焼き食べようと言い出したのは千縁だったが、くるくると手際よく絋季がひっくり返してくれて楽しい夕飯の席は、やっぱりゲームの話題になった。友達の結婚式の引き出物カタログでピンとくるものがなく、たまに食べたくなるからと注文したたこ焼きセットは意外と活躍の回数が多い。


「ヨリちゃん、明日またゲームする?」

「うん。買い物行ったら午後にやろうかなって思ってるよ」


 焼けたまんまるのたこ焼きをぽんぽん絋季が皿に移してくれる。

 千縁がソースをかけながら答えると、絋季は鉄板の温度を下げてから鰹節をどさっと乗せた。


「僕も明日はいるから、今日フレンドになった伯方さんも誘って、三人でやってみない?」

「え、いいけど。伯方さんって人はいいのかな」

「誘って無理そうだったら二人でやればいいじゃん」

「なるほど」


 知らない人とゲームをするのはどんな感じなんだろうか。

 絋季なら千縁の下手くそさを知っているが、相手はドン引きしないだろうか。レベルの低さで下手なことを察してくれていたらいいんだけど。

 冷めるよ、とたこ焼きを示され、千縁は慌ててマヨネーズを手繰り寄せた。






 食材やら日用雑貨を買いあさってきた千縁は、絋季が作ってくれたナポリタンを昼食にしてご機嫌だった。絋季は丁寧だから料理が上手なのである。

 片付けをしてお茶を淹れている間に、絋季がテレビにいろいろ接続し始めたので、これからやるゲームも録画するつもりなのだろうと千縁は察した。絋季のことだから先方にも許可は取っているだろうし、もしかしたら断られて二人でやるのかもしれない。

 まあいいか、と千縁はマグカップをテーブルに置いた。

 準備大丈夫? と別室にいる絋季の声がイヤフォンから聞こえたので千縁はうなずいた。そう、うなずいたのである。


『ヨリさん? 初めまして伯方です』

「……ヒェ」


 千縁はコントローラーを取り落とした。

 スピーカーから、穏やかな声が聞こえてきてびっくりしたのである。

 いや、いやいやいや、え??? どういうことだ?????

 伯方さんの声だった。

 まごうことなき、伯方さんの声だ。しかも名前呼んでる!!!


『ヨリちゃん、声出さないとわかんないよ。顔映ってないんだからね』

「ひゃい」

『ひゃいて』


 まってまって、どういうことだ? なんで、伯方さんが……?

 混乱する千縁は、はっとして背後の扉を振り返った。その向こうには絋季がいる。


「こ、コウちゃん知ってたんでしょ!」

『なんのことー』

「は、伯方さんが伯方さんだよ」

『そうだねえ。伯方さんは伯方さんだねえ。僕、別人とも言わなかったはずだけど』


 う、と千縁は押し黙った。

 たしかに、言っていなかったかもしれない。まさか違うだろうと思ったのは千縁だ。


『驚かせてごめんね? きっとびっくりするだろうって、KOくんと二人で内緒にしようってきめたんだ』

「は、初めまして、ヨリです」

『今名乗るの……ヨリちゃん緊張してるんで、伯方さんお手柔らかにお願いします』

『わかりました。よろしくお願いします』


 吹き出した絋季は、相手が伯方さんでも取り乱す様子もなくフォローまでし始める。伯方さんもそれを受けてくすくすと笑う始末。

 千縁はぐぬぬと唸った。姉のはずなのに。おかしい。

 でもそんなことは今更でもあり、どうにもできないので手をハンカチでふきふきしてからコントローラーを持ち直した。


『ヨリさんは、今、どこにいますか?』


 穏やかな声が千縁にまっすぐ向けられた。

 しゃきんと背筋を伸ばして、千縁は周りを見渡す。


「ええと、リビングです」


 ぶはっ! 耳元で吹き出す声が二つ。

 くすくす笑いながら伯方さんが口を開いた。


『そっかあ。言い方が悪くてごめんなさい。ゲームで、ギルドとか畑とか、今どこに――』

「あああああ……ギルドにいますううう」

『集会所の招待コードを送るから、そこから来てくださいね。KOくんもよろしく』

『うっす』


 まだげらげら笑っている絋季の声は震えていたし、何ならドア越しに笑い声が聞こえるので千縁は誰も見ていないリビングで唇を尖らせた。


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