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01:声とこんにちは

 それはそれは、穏やかな声だった。

 千縁(ちより)がぽかんとして画面を凝視している間に、その声の主は穏やかに挨拶をして美しいグラフィックの世界に駆け出していく。

 鮮やかな景色に大きな剣を振る背中。

 自分の何倍もあるモンスター相手に、軽やかな身のこなしで攻撃をぶつけ、地へ伏せる流れ。やっていることは獰猛なのに、びっくりするくらい落ち着いた声がいろんなことを言っていた。


 CMで見たゲームが、かっこよくて。

 千縁はゲームをしないけれど気になって検索したら、動画サイトにたどり着いた。なんだろう? と再生したときに、その声と出会ったのである。

 びっくりしてそのまま3本続けて見てしまった。

 気づけば2時間近く経っている。

 動画配信サイトはあまり活用してこなかったし、実況者という人がいることは知っていたが触れたのは初めてで、とにかく衝撃だった。


「コウちゃん、伯方さんて動画の人知ってる?」


 帰ってきた弟に尋ねると、彼はなんてことないとばかりにうなずいた。


「知ってる。ゲーム実況でしょ」

「そうそう」

「ヨリちゃん実況とか見てたの」

「さっき初めて見たよ」


 絋季が悩まずにわかるとなれば、やはり有名なのだろう。

 あれから確認したらチャンネル登録者数は百万を軽く超えていたし、動画も数え切れないほど配信されていた。千縁が知らなかっただけでそんな世界があったわけだ。

 学生の絋季は千縁よりも動画というものに慣れ親しんでいるようなので、逆に今まであまり知らなかった千縁がいきなりこんなことを言い出すから驚いたようである。ふーん、と言いながら絋季は自分の部屋のドアを開けた。

 千縁がサラダとお惣菜のから揚げをテーブルへ置くと、なにかを持ってきた絋季がテレビをいじって見慣れない画面にする。

 カチカチとリモコンのようなものを操ると、設定画面から動画のサムネイルが並んだり、見慣れたインターネット検索画面になったりと忙しそうだ。

 

「ここから動画も見れるから、流しといてあげる」

「おお~」


 テレビの大画面に映し出される大量の動画たち。

 絋季はさくさくと進めて千縁が見ていた動画を探し出した。3話まで見たと言ったら無言で4話を再生して、あの穏やかな声が鮮やかな世界のなかで挨拶をし始める。


「そういえば、ゲーム眺めるの好きだったね」


 絋季が玉ねぎスープに箸をつけながら、伯方さんのキャラクターを目で追った。

 千縁も唐揚げにマヨネーズをつけてうなずく。


「コウちゃん最近もやってるの?」

「うん。サバワーもやってるよ」


 サバイバルワールドが正式名称なこのゲーム、シリーズにもなって今回は2作目。小学生のころからゲームを嗜んでいる絋季も、やはりプレイヤーだったのか。大学生になった今でも変わっていないことになんだかほっこりした。

 なるほどとうなずいて千縁はほうとため息をつく。

 目の前には恐竜みたいな大きなモンスターに雷を落とされてトンズラしているキャラクターと、楽しそうな伯方さんの悲鳴。そっかあ、こんな世界があったのかあ。

 絋季が食器を洗ってくれている間も、千縁はテレビの前から動けなかった。





 プラネタリウムでナレーションしてくれたら、きっとなんの抵抗もなく、さらりと星空へいざなってしまうのだろう。

 サバイバルワールドの動画を見終わっても、今までの作品を遡って見続けても、その印象は変わらなかった。

 社会人で、お勤めしながらゲームをして、編集をして、またゲームをしている伯方さん。7月生まれで、まだどうやら二十代。プレイ画面に字幕がつく動画スタイルだから、外見については謎。本人曰く醤油顔ではなく塩顔らしい。

 コメントを書き込むこともせず、ただただ動画を追い続けてすでに一年が過ぎれば、そんな情報が千縁のなかにたくさん詰め込まれた。

 そんな頃である。なんとまたサバワーの新作が発売されるという。

 前作から一年くらいしか経ってないのにとあわあわしている千縁をよそに、トレーラーが公開され、体験版が配信され、伯方さんが1話目の動画を更新するまであっという間だった。


「わたし、このゲーム、買ってみようかなあ」


 餃子をつつきながら、ちょうどCMが流れたのを見て千縁は呟く。

 ラー油に七味唐辛子を加えていた絋季がピタリと手を止めて、テレビと千縁を見比べる。


「やったことないけど、できるかなあ」


 いつも見る専門だった。それでも楽しかった。むしろ、おそらく下手であろう自分がやるとしたらストーリーが進まなくて挫折することが目に見えていたので、やろうと思ったことがない。

 それにもかかわらず、である。だって、楽しそうだったのだ。どんなに難しそうでも、敵が強そうでも、小さいころから絋季は夢中になっていたし、大人である伯方さんも、おそらくほかのゲーム好きの人たちも、みんながみんな、楽しそうだったのだ。


「ヨリちゃんさあ、僕のゲーム機使っていいよ」

「いいの?」

「うん。それで、もし嫌じゃなかったらだけど。初めてゲームしてるとこ動画撮ってもいい?」


 どうが。動画。動画!?


「な、なんで」

「なんかおもしろそうだから。ヨリちゃん本当に初めてだし」


 絋季は趣味で動画編集をしている。一年前は知らなかったが、千縁が動画を見るようになって教えてもらった。仲間内でやっているテーブルRPGというものを動画配信しているらしい。見たことがないので詳しくは知らないが。


「動画公開するかは、やってみてから決めていいし。だめ?」


 こてん、と首を傾げる弟に、千縁は瞬きを二回。

 まあいいか。絋季のことだから変なことにはならないだろう。


「わかった、いいよ」


 こうして千縁のゲームデビューが決まったのであった。


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