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第5話:私達の旅立ちなんですけど!?

 ――夢を見ていた。

 誰かが泣いている。小さな女の子の泣き声だ。とても悲しそうな声で、涙を流している。

 何がそこまで悲しいのか。あまりにも気になって、私はその泣き声を上げ続けている女の子へと手を伸ばした。

 私が手を伸ばせば、その女の子の視線が上がって私と視線が合う。ぼやけていた焦点が合うように少女の姿が像を結ぶ。

 夜を思わせるような艶のある黒髪、涙で滲んだ青色の瞳、あぁ、この子供は……。


 ――ぱちん、と。まるで泡が弾けるように夢が覚めた。


 遠くから朝を告げる鳥の鳴き声が聞こえる。私は頭を持ち上げるように身を起こす。私の視線の先には未だ、眠りこけるフィネッサの姿がある。

 先日の謁見の後、フィネッサは旅支度を調えていた。随分と用意が周到だと思っていたら以前からこうなる可能性は考えていたらしい。

 旅には最適な服装に旅の路銀に出来そうな小ぶりな宝石など。あまり大きなものはフレイアに目をつけられそうなので、こっそりと個人的に仕入れていたのだとか。


(……本当、この状況でよくここまで立派に育つものよね)


 二十年という時を重ねたレオニスタ様とフレイアを目にしてみたけれど、レオニスタ様はすっかりと落ちぶれてしまったようだ。それも仕方ないのかもしれない。

 本来、彼が引き継げた筈の王権は正常に引き継がれている訳ではない。ヒュードラ公爵家の爵位返上から有力貴族が距離を取った以上、その治政が安定する筈もない。

 それでも国王としてやっていけてるのはフレイアの影響も大きいのだろうと思う。あの鳳凰が豊穣までもたらす事が出来るというのなら、確かにヒュードラ公爵家を失って水害が増えるようになったのだとしても相殺が出来るのかもしれない。


(でも、そんな簡単な話じゃないのよね……)


 政治とは簡単な足し算と引き算じゃない。結局の所、レオニスタ様とフレイアがやっている事は一部の民を優遇し、また別の民を冷遇している選民政策そのものだ。

 選民が悪いとは私も言い切れない。はっきりと言えるのは露骨に差別を助長してしまうような選民は見逃せないと言うべきね。清濁を飲み合わせてこその政治とは言っても、あまりにも目立った濁りは王権への不信に繋がってしまう。

 王権への不信は国を荒れさせる要因になる。下手をすれば国を割ってしまいかねない程に。だからこそ王は正しく、民から認められるように振る舞わなければならない。今のレオニスタ様に出来ているのかと思えば、正直微妙だった。


(……それにしても、この体になってからというもの眠気を感じないわね)


 守護聖獣にとって睡眠という概念はないのかもしれない。正しくは“意識が拡散・希薄になっている”と言うべきかもしれない。

 自分という意識が霧のように広がった状態というか、夢心地の状態になる。けれど意識がまったく無くなった訳ではないし、不審な輩が近づけばすぐに意識を覚醒させる事も出来ると思う。

 何とも慣れない奇妙な感覚だけれど、違和感らしい違和感もない。このちぐはぐな感じは嫌でも今の自分が何なのかを思い知らせてくれる。

 睡眠欲もない、飢餓感というものもない。はっきりとわかるのは自分はここにいるという実感と、私を繋ぎ止めているフィネッサとの縁の実感。


(……イードゥラもこうして私を眺めていたのかしらねぇ)


 純粋な守護聖獣が、今の私のように契約主を見守っていたのかどうかはわからない。少なくとも明確な言葉で意志を交わし合っていた訳ではないと思う。

 それでも何を思っているのかなどはわかるのだから、改めて思えば不思議なものだと思う。失ってみて初めてわかる実感だった。私の半身はもう、その存在を感じる事が出来ないのだから。


「……ん……イードゥラ……? おはよう……ございます……」


 ぼんやりと考え事をしているとフィネッサが身動ぎをして身を起こした。小さく欠伸をしたかと思えば、ぎゅっと目を強く瞑ったフィネッサは軽く自らの頬を叩く。

 彼女の目覚めはとてもハッキリしたものだった。今の今まで寝ていたとは思えないほどだ。


『おはよう、フィネッサ』

「はい。それでは支度をしましょう、ないとは思いますが外に出るのまで妨害されるかもしれません。朝早い内にここを出ます」


 寝間着のドレスを脱ぎ捨てながらフィネッサはお忍びに使っていたのか、平民が着るような質素な服に袖を通す。

 そして昨夜のうちに纏めていた荷物を抱えて、旅支度を調えてしまう。これから旅をするというにはやや心許ない気もするけど、彼女の環境を考えればこれでも用意出来た方なのだと思う。

 姿見の前で今の自分の姿を見て、フィネッサが大きく息を吐く。その胸元の前で拳を握って、そっと胸に当てる。


『……不安?』

「……えぇ。ですが、それでも私は行かないと」


 何がそこまで彼女を駆り立てるのか。王族としての矜持なのか、それともただの個性なのか。

 まだ私にも見分けがつかない。フィネッサと出会ってまだ一日ぐらいしか経っていないのだから。それでもこの少女を思うのには十分な時間だったと思う。


『それじゃあ行きましょう。為すべき事をするのでしょう?』

「……はい、改めてよろしくお願いします。イードゥラ」


 花が開くかのようにフィネッサは笑って頷く。その可憐さは、フレイアのように媚のない好意的なものだった。

 そして支度を終えた私達は王城を抜け出した。朝早かった事が功を奏したのか、そもそも妨害する気がないのか。城下町へと降りるまで実にあっさりとしたものだった。


『まずはこれからどうするの?』

「少し危険な賭けですが……まずは王都を離れようと思います」

『ここで宝石の換金や不足品の購入はしないの?』

「王都には母の目があります。後で難癖をつけられても困りますから……」


 どこか寂しそうに、それでも意識して淡々と話すようにしているのか。フィネッサの表情が揺らめく事はない。


『……そんなに母親から冷遇されてるの?』

「あの人は、一番に愛しているのは自分という人ですから」


 それはわかるけれど。どうにもフレイアがレオニスタ様を愛しているようには見えないのよね。愛を得ようとする計算高さは感じるけれど、見ていて羨ましいと思うような空気は感じられないというか。


「お兄様のように世継ぎでもない私は、あの人にとって外交の駒でしかありません。自分の地位を盤石にする為の……」

『……子供にそこまで言わせる親も相当ね』


 そうは言ってみるものの、子供を駒扱いする事に私はそこまで忌避感はなかったりする。貴族として生まれた以上、どうしても家の事情とは切っても切り離せない。損得勘定が家族の情愛よりも優先される事もあるのはわかってる。

 ただフレイアはあまりにも露骨だ。飲み込めるからといって、そこに全て納得しているかと言えばそうじゃない。人は葛藤する生き物の筈なのに、あまりにもフレイアは明け透け過ぎるから忌避感を感じる訳だ。


「……なまじ私が似ているのも気に入らないのでしょう。これならお父様に似た方が生きやすかったです」

『……あぁもう、暗い話は止めにしましょう!』


 あの女、本当に吐き気を覚える程にクズね! 自分と似ているって言われれば普通、子供は喜びを覚えて良い筈だ。なのに、似ている事が苦痛だと言うのはあまりにもフィネッサが可哀想だ。


『それに、何も似てないわよ』

「え?」

『フィネッサの方がずっと好きよ、私』


 あの女に感じるような含むようなものとか、毒はないもの。

 フィネッサは私の言葉がよほど意外だったのか、目をぱちくりとさせながら私へと視線を向けている。


「……そうですか。ありがとうございます、イードゥラ」

『……ふん』


 気恥ずかしくなって、私は尻尾でぺちりとフィネッサの二の腕を叩くのだった。



 * * *



 早足に王都を出る為に門へと向かうと、門番である兵士はちらりとフィネッサを見るだけで何も言わずに門を通してくれた。

 関わりたくないという雰囲気がありありと感じられて、とても不愉快な気分になる。いよいよ末期にも思えてきたわね、この国も。


『王都から出たけれど、まずはどうするの?』

「まずは徒歩でも行ける町を目指します。王都からそこまで離れられた訳ではないですが、直接王都で動くよりはマシでしょう」

『ここから一番近い町って、徒歩でどれだけかかるの?』

「……馬車があれば数時間ですが、徒歩ですと半日はかかりますかね。だから朝早くに出てきたんですけども」

『無謀な計画ねぇ、野盗に襲われたりしたらどうするのよ?』

「……その時はその時です」

『呆れた。無計画にも程があるわよ……ほら、魔力を寄越しなさい』

「え?」


 大胆なのは良いけれど、やっぱり王女様なのか地に足がついてないというか。本人はそれを本気で成し遂げるつもりなのかもしれないけれど、もうちょっと上手いやり方も探せばいいのに。

 それも探せなかったから、こんな手段を選ぶしかなかったのかもしれないけど。


『私に乗っていけば良いでしょ、魔力を渡せば乗せるぐらい大きくなれるわよ』

「……いいんですか?」

『良いも何も、死にたいの?』

「……いえ、じゃあお願いします。イードゥラ。それで魔力を渡すというのはどうすれば……?」

『……あぁ、そうね。昨日呼び出したばかりだものね。じゃあ、私が勝手に持っていくわよ。その感覚を覚えておきなさいね』


 魔力の譲渡も慣れが必要だものね。まだ昨日呼び出したばかりのフィネッサには無理だったわね。

 繋がりから引っ張り込むように魔力を蓄えていく。体に漲ってくる力はとても心地良い。フィネッサの気質なのか、とても澄んだ空気を体内に取り込むような感覚だ。

 自分の体の密度を上げていくように魔力を全身に漲らせていく。フィネッサの腕に巻き付く程度の大きさだった私の体が一気に大きくなっていき、フィネッサを見下ろすような大きさにまで変化する。


『……こんなものかしらね。さぁ、頭に乗りなさい……ってどうしたのよ?』


 見上げるようにフィネッサが私を見ているのだけど、口をぽかんと開けて両手を口元に添えている。目は私をじっと見つめていて、少しだけ潤んでいるような気がする。


「……いえ、その感動してしまって」

『感動?』

「貴方はとても美しいのですね、イードゥラ。綺麗だとは思っていましたが、ここまで大きくなると美しいと言う方が似合う気がします」

『……そう』


 私は自分の姿なんて体ぐらいしか見れないんだけどね。それでも、私も“イードゥラ”は綺麗で可愛いと思ってたわよ。何せ、かけがえのない半身で相棒だったんだもの。


『ありがと、フィネッサ』


 私の“半身”を褒めてくれて。

 そのまま頭を下げてフィネッサを頭の付け根の首にあたる部分に乗せる。


「これ、跨いだ方が良いでしょうか?」

『……横にして座っても良いけれど、落ちたら痛いわよ?』

「では、跨ぎますね。丁度良いように掴む“角”がありますし」

『は? 角?』

「え?」


 何、角って。そんなのイードゥラにはなかったわよ?


「ありますよ、二本。こう、顔の横の、頭の少し上の後ろから背面に伸びてます」

『……そう。なら掴んでれば良いんじゃないかしら?』

「そうします。でも、小さい時には目立ちませんでしたね。大きくなったから角も大きくなったのでしょうか?」


 ぶつぶつと呟きながらフィネッサが私の角をペタペタと触っているようだった。感触らしい感触を今まで感じていなかったからわからなかったけれども、私には角があるらしい。

 イードゥラにもなかった角が何故? そんな疑問が私の頭に過る。てっきりこの白蛇の体はイードゥラのものだと思っていたのだけれど、そのままイードゥラのものって訳ではないのかしら……?


(……今は気にしてても何もわからないわね)


 そもそも自分がどうして守護聖獣になっているのかもわからない。その理由をどんなに考えたって答えは見つからない。

 落ち着いたら調べる事も出来るかもしれないけれど、別に何かが困るという訳でもない。移動の際にフィネッサが掴む所があって良かったと思う事にしましょう。


『それじゃあ出発するわよ。どっちに進めば良いのかしら?』

「目の前の街道に沿って進んでください。あ、驚かせてしまっては不味いので、少し道から外れていきましょう」

『それもそうね、しっかり捕まってなさいよ?』


 振り落とすような速度で進むつもりはないけれど、モタモタしていたら日が暮れてしまう。こんな無鉄砲な王女様に野営をさせる訳にもいかない。

 そんな事を思いながら、私はフィネッサを首に乗せ、目的地へと向かって進み出した。

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