第4話:茶番でしかないんですけど!?
「フィネッサ王女、国王陛下が謁見の間へ参られよとの事です」
フィネッサとの会話が一段落して、特にお互いに何も話す事なく時間を過ごしているとノックの音がした。扉の向こうから聞こえてきたのは先程のフィネッサの護衛でしょう。
その声を聞いたフィネッサはゆっくりと立ち上がり、私へと視線を向ける。
「行きましょう、イードゥラ」
『……えぇ』
レオニスタ様、そして恐らくはフレイアも待っているだろう。成人の儀を終えた娘を呼び出すのは祝う為か、それとも……。
色々と考える事はあるけれど、今はフィネッサに付いて行かなければならない。けれど姿を見せていれば色々と言われてしまう事だろう。私は霊体化し、フィネッサの周囲に意識を漂わせるように付いて行く。
護衛を伴ってフィネッサが向かった先は謁見の間。その扉を開いた向こう、その玉座に座る男性と女性に私は真っ先に目が向いた。
(……えっ、フレイア……若い……!?)
王妃の座に座る女性は、まだ少女といっても通じかねない程に若々しかった。その美貌は記憶の中に残るフレイアを少し成長させたような印象だ。忌々しいまでの愛くるしさは健在であった。フィネッサと並んだら姉妹と見間違う者も多いだろう。
その隣に座るレオニスタ様は……逆に老け込んでいた。以前は獅子の如き髪も今は少しだけ萎びてしまっている。威厳を見せる為なのか、立派な髭を生やしているけれどもどこか似合わない。かつての美貌の面影は残っているけれどもフレイアと並べ、些か見劣りしてしまう。
そんな極端な二人に面を食らっていると、フィネッサが一礼をして二人に頭を下げた。この場には国王夫妻以外にも重鎮と思わしき貴族達が顔を揃えている。その中にはフィネッサの兄のアルレオの姿もある。
しかし、やはりというか見知った顔は誰一人いなさそう。まるっきり中枢の貴族が一新されているのは本当の話みたいね。
「良く来た、フィネッサ。成人の儀の完了、ご苦労だったな。お前もこれで成人の仲間入りだ、大変喜ばしく思う」
「ありがとうございます、お父様」
威厳たっぷりにレオニスタ様がフィネッサへと告げる。レオニスタ様がフィネッサへと向ける視線には親愛の色が滲み出ている。……そんな顔で人を慈しむ事が出来たのですね、貴方は。
その一方でフィネッサの態度は淡々としたものだった。あのフレイアそっくりな顔が感情を見せずに慎ましくしていると違和感が酷くなる。
「此度はお前のめでたき日を祝いたいと思っていたのだが……一つ、確認したい。アルレオがお前の守護聖獣が白蛇だったと言っていたのだが、それは真か?」
レオニスタ様が問いかけると、その場に緊張が走ったように空気が張り詰めた。
その空気を物ともせずフィネッサは手を横に伸ばし、小声で私へと呼びかけてきた。
「……イードゥラ、お願いします」
『……仕方ないわね』
主には従おう。姿を見せろと言うならば、実体化をしてフィネッサの腕に体を巻き付けながら姿を現す。
私の姿を見た瞬間、貴族達の間ではどよめきが走った。驚愕、悲嘆、恐怖、そんな感情を感じさせる空気が謁見の間を満たしていく。
レオニスタ様は私を驚きの目で見つめ、そして目を閉じるようにして視線を逸らした。その片手を額に宛てて、力なく首を左右に振っている。
「あぁ……! なんという事なの!」
芝居がかったように悲しみの声を挙げたのはフレイアだった。彼女は涙を浮かべて、震える手を握り合わせて私を睨み付けていた。悲しそうに振る舞いながらも、その瞳には濁った憎悪のような色が見える。
……あぁ、そう。二十年経った所で、まだ私という存在が憎いのかしらね。フレイア。
「不吉の白蛇よ! またしても王家をその牙で抉らんと迫ってきたのよ! なんと穢らわしい……!」
「落ち着くのだ、フレイアよ」
「これが落ち着いていられまして!? 私の娘ともあろうものが、あぁ、なんと憐れな……!」
諫めるようにレオニスタ様がフレイアに口を挟むけれど、大袈裟なまでにフレイアは悲しんでいるように顔を両手で隠して伏せてしまった。周囲にはそれが心痛めているかのように見えるのか、随分と気にかけているようだった。
「貴方なら、私の血を引くなら鳳凰を呼び寄せられた筈よ……? これもあの魔女の呪いなのかしら……? あんまりよ、あんまりだわ! フィネッサ、私を許して頂戴……!」
「フレイア! 君に何も責任はない! 自分を責めるのは止めるのだ!」
……えー、何なのこの茶番は。私は呆れて声も出なくなって、脱力感からフィネッサに身を預けてしまった。
フィネッサは先程から微動だにしない。まるで感情を何も映さない人形のように立ち尽くしているだけだ。
「……お父様。此度は成人の儀を迎え、私はこうして白蛇を招く事に成功しました。尽きましては、どうか私に国内の水害対策をお任せ頂きたく」
「何を言うか、フィネッサ! お前は王女なのだぞ!? そのような国政に携わる必要はない!」
フィネッサの申し出にギョッとした様子でレオニスタ様は目を見開き、首を左右に振って拒絶する。その勢いのまま立ち上がって、フィネッサへと言葉を続ける。
「水害ならば既に人手を出している。成果が出せぬのは仕方ない、全てはヒュードラ公爵家が蓄えていた知識が失伝してしまっているからだ。しかし、その後任とて決して指を咥えているばかりではない。何も白蛇を呼び寄せたからといって、お前がそのような仕事をする必要などないのだ。ましてやお前は王女、お前の使命は子をなし、血を繋ぐ事なのだ」
「お言葉ですが父上、今の私を国外に嫁に出した所でその効果はたかが知れています。ならば今、水害に苦しむ者達を救う為に王家こそが立つべきではないのですか?」
「確かに水害によって住むのにも難儀している者もいる事はわかっている。これもヒュードラ公爵家を引き留められなかった余の責任とも言えよう。しかし、それは全てあの魔女のせいなのだ! 忌まわしきラーナリアスよ! 奴さえいなければ公爵家も心を傷めるような事など無かった、かの公爵家が失意のままに国を去るなどという事もなかった筈だ……!」
……はい? それ本気で言ってらっしゃいます? あまりの茶番に欠伸が出そうになった所でレオニスタ様のこのお言葉ですよ。え? つまり悪いのは全部私ですか? ふーん? ふーーーーん?
「それに水害から逃れている地域はフレイアの鳳凰によって豊穣がもたらされている。この豊かな恵みが、やがていつかは水害の苦しみを乗り越えさせてくれる事だろう」
「……生きるべき民を厳選してですか?」
「フィネッサ! なんと悍ましい事を口にするのですか!? 陛下は貴方のお父上なのですよ? 政治に口を出そうとするばかりか、父を非難しようなどと! 母は悲しいです、何故そのような心無い振る舞いをするようになってしまったのかしら……!」
フレイアが遂には涙を流して体を震わせ始めた。その媚を振りまく仕草も磨きがかかっていて、私は思わず感心してしまった。
それにしても鳳凰は豊穣をももたらす事が出来るのね。長寿を齎すとは言われていたけれども、作物にまで作用するのかしら。それは純粋に興味が沸くわね。
「フィネッサ……どうして理解してくれないのだ? 私も水害に対して何も手を打っていない訳ではない。生きるべき民を厳選したとはいうが、それは違う。もしも罪人の流刑地とした事を言っているならば、それは然るべき報いなのだ。彼等の罪は水害から我が国を守る事で、その罪を雪ぐ事が出来るのだ」
「流刑地には罪人ならぬ住人もいるのですよ?」
「そればかりは故郷に残りたいという思いを無碍にする事は出来ない。その上で同じ国に生きる者として手を取り合わなければならない。王が協力を願い、そして彼等はそれに応えてくれた。確かに水害は脅威ではあるが、その支えとなる作物の育成は順調だ。水害の対策にさえ成功すれば、我が国は安泰に……」
「ですから、その水害対策に私をお充てくださいと申しているのです。かつて治水を司った白蛇の助力があれば、その理想は早期実現を果たす事でしょう。これもまた民の為に王家が為さなければならぬお役目ではないのですか?」
話はどこまでも平行線だ。レオニスタ様は彼なりに娘であるフィネッサの事を案じているのでしょう。王女自らが危険な地に赴く必要はないと。しかし、フィネッサは水害の対策として私を求める程だ。その意志は堅いだろう。
レオニスタ様達がフィネッサに望んでいるのは外交のカードだ。それは間違いないだろう。友好の象徴として隣国の婚約相手に差し出したい、その為に余計な口を挟む性分をどうにか矯正したい。そんな思惑が透けて見える。
「――わかりました。フィネッサ、そこまで言うならばこの母に一つ、妙案があるわ」
空気の流れを変えたのは、他でもないフレイアだった。彼女は口元を真っ赤な扇子で隠してフィネッサを睥睨した。
「貴方が治水に関わる事は許可しましょう。ですが、現地に向かうのも、現地でどのように事を為すのかも全て一人で行いなさい」
「なっ……! フレイア! それはあまりにも!」
「ここまで言っても親の心を介さぬのです。それだけの覚悟がこの子にはあるのでしょう? 私達とて暇な身ではないのです。子供の我が儘に付き合っている時間はありません。それで諦めるならば、大人しく花嫁修行を受け国同士の友好の為に嫁いで頂きます」
成人したばかりの王女様を一人で治水の事業に関わらせようなんて、しかも罪人の流刑地になっている場所に?
突然の事にレオニスタ様ばかりではなく、アルレオ王子も周囲の重鎮達も困惑したような顔を見せている。
「もしも、その偉業を成し遂げれば流石と讃えて迎え入れれば良いでしょう。それで果たせずに諦めてしまっても元の道に戻るだけ。成人した娘の我が儘を聞いてあげるのも親の度量が試されているとは思いませんか?」
「……だが、フィネッサは私の可愛い娘なのだ」
「甘やかして来た結果がコレなのです。ならば私は涙を呑みながらも、心を鬼にせねばなりませぬ」
……涙ながら言ってるけど、他人事の私にとってはお芝居にしか見えないのよねぇ。
けれどフィネッサは乗り気なのか、ぴんと背筋を張って頷いて見せた。
「お母様の温情に感謝致します」
「フィネッサ!」
「それでは、此度はここまでとしましょう。少し娘にも頭を冷やす時間が必要でしょうからね。フィネッサ、母はいつでも貴方を抱き留める用意がございますからね? それだけは忘れないで頂戴?」
「はい、それでは失礼致します」
フィネッサは一礼をして、もう用は済んだと言わんばかりに踵を返す。後ろからフィネッサを呼び止める声がするけれども、フィネッサは足を止める事なく謁見の間を後にする。
『……良かったの? ただでさえ王女様が一人で歩こうものなら何されるかわかったものじゃないわよ?』
「それがお母様の狙いなのでしょう。私が怖じ気づくと思っているのです、そして一人飛び出した所で何も出来る筈がないと」
『酷い母親ね』
「……私は、お母様に嫌われていますから。仕方ありません」
どこか寂しそうにフィネッサは俯きがちに視線を落としながら言った。レオニスタ様はそれなりにフィネッサの事を大事に思っているように見えたけれど、フレイアはそうじゃないと。
……何考えてるのかしらね、あの女。性根の悪さだけは熟成されたみたいだけれども。互いに遠ざけ合ってたからフィネッサがあの女に似ずに済んだのかしらね? それは不幸中の幸いだわ。
「元より私が頼りに出来る人など王都にはいません。どの道、一人で為さなければならない事に代わりはないのです」
『それでも行くの?』
「行きます。でなければ私は胸を張って王女などと名乗れませんから」
『私が力を貸すと決めてもいないのに? 無駄足になるかもしれないのよ?』
「――振り向かせて見せます」
ぴたりと足を止めて、フィネッサが私へと真っ直ぐに視線を向けて来る。
「私の全身全霊をかけて、貴方の信頼を勝ち取って見せます。貴方は私の半身ですが、私の唯一の臣下、同志になり得る存在だと思っています。まず貴方の信頼を勝ち取らなければ私が目的を果たすなどと、夢のまた夢の話なのです」
『……』
「……馬鹿な主で申し訳ありません。それでも、どうか最後まで見届けて欲しいんです。私が王族に相応しいか、貴方の心を頂けるかどうか。この望みが叶うなら、この命なんて惜しくないのです」
……呆れた。この子は、本当に。どうしてそこまで覚悟を固めてしまっているのよ。
傅かれる家臣がいて当たり前の王女様が、たった一人で国の難題に挑もうとしている。母からは冷遇され、家族からは望まぬ役割を押し付けられる。誰も彼女の言葉に耳も貸そうともせず、それでも挑もうとする心の強さはどこで培ったのか。
(…………せめて、旅の安全ぐらいは気を使ってあげましょうか)
この子を見捨ててしまったら、私はきっと誰にも顔向け出来なくなってしまう。
力を貸そうとは思わない。だから、あくまで自分の身を守る延長なんだから。
『……勘違いしない事ね!』
「? 何がですか?」
『何でも無いわよ! このお馬鹿娘!』
「いたっ、いた、痛いです、何故尻尾で叩くのですか!」
『ふんっ! ふんっ! このっ! このっ!』
抗議するようにぺちぺちと私は尻尾でフィネッサの頬を叩くのだった。なんとか私から逃れようとするフィネッサだけど、どこか表情が和らいだように見える。
……張り詰めてんじゃないわよ、お馬鹿娘。そう思いながら、私はフィネッサの頬を叩くのを止める事はしなかった。
面白いと思って頂けたらブックマーク、評価ポイントを頂ければ嬉しいです。