第2話:何が起きてるかわからないんですけど!?
(何が起きてるのよ……!?)
状況を整理しましょう。
私はラーナリアス・ヒュードラ。水を司るとされる白蛇の守護聖獣を使役し、アルマーティア王国の治水を担ってきたヒュードラ公爵家の娘。そして王太子、レオニスタ・グラン・アルマーティア様の婚約者だった。
そんな私は貴族学院の卒業パーティーで婚約者であるレオニスタ様から婚約破棄を突きつけられる。その理由は彼が心奪われた平民の女、フレイアへの私の仕打ち。
確かに私はフレイアに対して良い感情は持っていなかったけれど、それは貴族令嬢としての範囲を超えたものではなかった筈。婚約者のいる男性を侍らせるのは常識的に考えておかしい、そもそも人の婚約者なのだから自重せよと。
言っても聞かなければ手を出してしまっても仕方ないと思わない? ビンタ一発ぐらい見逃しなさいよ。それから命を狙われたって言うけれど、私じゃないしどう考えても自業自得じゃない。
そして、私は付き合いきれなくなって実家から王家に直談判して貰おうと帰路についた途中で……フレイアの守護聖獣である鳳凰の襲撃にあって命を落とした、……筈。
でも、今、目を覚ましたら私が白蛇となって、しかも守護聖獣としてフレイアそっくりの娘に呼び出されている?
(これ、多分成人の儀よね……)
アルマーティア王国では十五歳となった者は成人として扱われ、守護聖獣を賜る儀式を行う。これが成人の儀。
そして守護聖獣によって自らの将来の道を定める。フレイアなんかは珍しい吉兆の象徴とされる鳳凰と契約したから、将来は有力貴族に嫁入りする為に貴族学院に来たんだっけ。
つまり、このフレイアそっくりで憎たらしい少女は私の契約主となる訳だ。
「え、守護聖獣って喋るの……!?」
彼女は、私が叫んだ声が話しかけたように聞こえたのかひたすら困惑している。私だって困惑している。目が覚めたら白蛇になっていて、しかも守護聖獣だって言われて、しかも声を出したと思ったら鳴き声にしかならない。なのに彼女には言葉が通じている。
これは一体どういう事なのか? 何もかもがわからない。わからないから私は口を閉ざす事にした。まずは状況を確認しないとどうしようも出来ない。
「フィネッサ王女、成人の儀。お疲れ様でございます」
すると成人の儀の監督をしていたのだろう神官が一人、進み出た。
……ん? 王女? このフレイアそっくりの娘が?
「あの神官長様。守護聖獣というのは人の言葉を介すものなのですか……?」
「いえ、そのような事はございませんが。あくまで彼等は魂で通じ合ったものですので、言葉など交わさずとも意志を伝え合う事が可能です。恐らく、喋ったと勘違いされてしまわれたのですな。念願の守護聖獣を引き当てた事、心からお喜び申し上げます」
フィネッサと呼ばれた黒髪の少女は恐る恐るといった様子で神官の男と言葉を交わしている。長身の美形だ。長く伸ばした金髪は清潔さを感じさせ、深緑色の瞳は優しさと思慮深さを感じさせる柔和な印象を受ける男性だ。
んー……この神官長も見覚えがあるような気がするけれど、どこで見たのだったかしら……?
「えぇ……ヒュードラ公爵家が爵位を返上してからアルマーティア王国から治水を司る一族は絶えてしまいました。今では水害に悩まされる民も多く、心を痛めていましたが……こうして私が白蛇の守護聖獣を招く事が出来て安心しました」
……思わず、耳を疑ってしまった。
ヒュードラ公爵家が、私の家が……爵位を返上した……?
まさか、この王女……フレイアそっくりのフィネッサという少女は……!
ぐつぐつと煮えたぎるような憎悪が心を満たしていく。そんな私に気付いていないのか、フィネッサという少女は私に微笑みかけて手を伸ばしてきた。
「私が貴方の契約主のフィネッサ・アルマーティアです。貴方をずっと待ち望んでいたの、どうかこの国を救う為に貴方の力を貸してください」
……アルマーティア。王女。フレイアとそっくりの容姿。爵位を返上した我がヒュードラ公爵家。点と点がつながり、一つの絵を描き出す。その浮かび上がった像が、私に決定的な一言を吐き出させる。
『――ふざけないで』
「……ぇ……?」
『誰が、アルマーティア王家の為に力を貸すものですか!』
私がどうして白蛇の守護聖獣になったのかは知らない。私の半身、イードゥラももうその存在を感じない。もしかしたら、イードゥラがその身を引き換えにして私を守護聖獣へと転じさせて救ってくれたのかもしれない。
とにかく私は生き存えている。でも、私にはもう帰る場所なんてない。人の姿も失ってしまった。なのに、あの忌まわしい女の“娘”と推測されるこの少女の守護聖獣をやれですって? ……受け入れられる筈がない。絶対に、そんな事!
「……貴方が、そのように拒否するのはやはり二十年前の事が原因ですか?」
『……二十年前?』
「当時、白蛇の守護聖獣と多く契りを交わしていたヒュードラ公爵家。その爵位の返上の原因となったラーナリアス様がお姿をお隠しになってしまった事です。……それ以来、我が国では白蛇様を招く事は叶いませんでした」
……私がフレイアに殺されそうになってから二十年が経過している……?
一気に脱力感が私を襲った。……あぁ、本当に私に帰る場所なんて何も残ってないのね。
『……理由なんて勝手に想像しなさい。とにかく私はアルマーティア王家の為に力を貸す事なんて絶対に認めない。貴方に強制的に従わされてもよ。嫌なら契約を解除して、新しい白蛇でも呼ぶのね』
守護聖獣は何も一匹と限られている訳ではない。何かあって半身である守護聖獣を失う事はある。その時は次の守護聖獣を呼び出そうと思えば出来なくはない。
ただ、多くの者が半身の喪失に耐えきる事が出来ず、次の守護聖獣を呼ぼうなどという気持ちは起きないのだと聞く。それだけ深い繋がりで結ばれているものなのよ、守護聖獣と契約主というものは。
「……今は国を去ってしまったヒュードラ公爵家の方々も、その守護聖獣の白蛇様達も、多くの方がラーナリアス様を失った事に心を痛めていたと聞いています。貴方もそれを伝え聞いていたのではないでしょうか?」
『……だとしたら?』
「今の私がどれだけ説得しても、きっとそう簡単にお気持ちは変わらないかと思います。それでもどうか、今のこの国の姿を見て、貴方の主として私が相応しいと思った時はどうか力をお貸しください。アルマーティア王国はヒュードラ公爵家を失った為、多くの水害に見舞われているのです。勿論、白蛇様に次ぐ水の属性を持つ守護聖獣と契約を交わした者達が頑張ってくれていますが……」
『ふん。どうせ、そのヒュードラ公爵家がいなくなった事でろくに技術も引き継げなかったんでしょう』
「……仰る通りです」
治水の仕事を一手に引き受けていたのは我がヒュードラ公爵家だ。白蛇は水を司ると言われるだけあって、水の気配に敏感だ。地下水を掘り当て、水の流れを読み取る。どこが水害が起きそうなのかを察知し、事前に手を打つ。
水の番人。それこそがヒュードラ公爵家の役割だった。その番人が役割を放棄したとすれば、そう簡単に代役が出来る訳がない。水の察知も、治水の技術も、それはヒュードラ公爵家が守ってきたものなんだから。
「……フィネッサ王女。その白蛇は、そこまで会話が出来るものなのですか?」
「はい。どうやらヒュードラ公爵家の経緯もご存知のようで……」
「なんと……それは実に興味深いですが……しかし、この白蛇、本当に白蛇なのでしょうか? 私の知る白蛇とは些か姿形が違うような……」
「そうなのですか?」
「昔、守護聖獣について調べておりましたからな。……よくラーナリアス様にせがんだものです」
え、私を知ってる? だから見覚えがあった……? そんなに私のイードゥラを見たがってた人と言えば、代々神官を輩出してきたリブラ家の……。
(……アルダス。貴方、老けたわね)
アルダス・リブラ。私の後輩で、守護聖獣について関心が深くて将来は学者になりたいと口にしていたリブラ家の子だった。
まだ成長期が来ていなかったのか、私よりも低かった身長は今となっては面影を感じさせない程に伸びきってしまっていた。僅かに顔に面影があるだけだ。
「こほん。興味深いですが、最後の儀式を行いましょう。名を贈り、契約の完了を。フィネッサ王女」
「はい。……よろしいですか?」
『…………仕方ないわね』
正直、契約の完了は認めたくはない。見た所、フィネッサ本人はそこまで性根が悪い訳ではなさそうだ。それでも間違いなくあの女の血を引いている。
そしてもう、私には帰る場所もない。愛する家族も国を去ったらしい。そして二十年という空白が私にある。……力を貸す理由なんかない。しかし、礼を尽くそうとするフィネッサを頑なに拒絶するのも心が痛む。
国の為に力を貸すつもりはないけれど、彼女の真摯な態度に免じて仮契約ぐらいの気持ちで契約しておこう。
『……あ、そうね。契約するなら一つだけ条件があるわ』
「? 条件、ですか」
『名前は私が決めさせて。……イードゥラ。そう呼びなさい』
もう存在が感じられない、私の半身。その名まで消し去りたくはなかった。だからそれは今後、私の名とする。ラーナリアス・ヒュードラは死んだ、それでいいのよ。
「……わかりました。では、フィネッサ・アルマーティアがここに契約を結ぶ事を願います。汝に契約の名を与えん、我が繋がりをここに結べ。汝が名は、イードゥラ!」
私とフィネッサの間に見えない繋がりを確かに感じた。それはかつて、此の名を与えた半身との繋がりによく似ていて、でも決定的に違う繋がり。
私は、思わず涙を零していた。もうここにいない、私を守ってくれたのだろう半身を想って。
「……イードゥラとは、また。どうしてその名を? フィネッサ王女」
「……ラーナリアス様に肖っての事です。かつて白蛇の愛し子と呼ばれた彼女の代わりになるべく、私は頑張らないといけないですから」
私の目元をそっと、フィネッサの指が撫でた。彼女が私が名付けろ、と言ったのを口にしなかったのは涙を零した私に思う所があったからなのだろうか。
でも聞く気にはなれなかった。私は正しく、この瞬間から自分自身の過去と半身を失った事を突きつけられたのだから。
* * *
それからフィネッサは神官達への挨拶もそこそこに神殿を後にした。神殿の前には馬車が待っており、それを護衛と思わしき騎士がフィネッサの乗車を助ける。
馬車の中にはフィネッサしかない。私はそんなフィネッサの腕に体を絡ませて、頭を肩に預ける、霊体になるという感覚も掴めたけれど、意識だけがフィネッサの傍にあって空中をふわふわ浮いているような奇妙な感覚だった。
離れようと思えばそのまま離れられるけれど、距離が出来た分だけ自分の存在を保っている魔力が薄くなるので消えていきそうになる。私が離れるとフィネッサが気にするようなので、今はこうして実体化して傍にくっついているけれど。
「イードゥラ。私と契約してくれてありがとございます」
『……貴方が頼み込むから契約には応じたけれど、力を貸すかどうかまではまだ頷いてないからね』
「はい。我が王家が白蛇様と白蛇様に連なるヒュードラ公爵家に与えた仕打ちを思えば、そう簡単に頷いては頂けないでしょう……」
『……そのヒュードラ公爵家っていうのは、なんで爵位を返上したの?』
「あれ、そこまではご存知なかったのですか? えぇと、では説明させて頂きますね」
フィネッサ曰く、ヒュードラ公爵家が爵位を返上したのは私が姿を隠した後、破壊された馬車に戦闘の痕を見て生存は絶望的だと報告された後だと言う。
王太子による婚約破棄を突きつけられた経緯、そして王太子が妻に迎えたいという“女性”との因縁を聞き、王家に忠誠は捧げられぬと今は先代となった国王に直接告げたという。
「……現王妃であるお母様をお父様の正妃として迎えるに当たって多くの貴族が反発したと聞きます。ヒュードラ公爵家はそんな彼等の先駆けとなったと言われていました。婚約者だった娘への仕打ち、王太子であったお父様の振るまいからこの国に失望したと言い残して国を去ったと言われています」
『……そう』
「お爺様とお婆様……先王夫妻は何とかヒュードラ公爵の怒りを鎮めようとしました。ですが、爵位を返上する事で手打ちとする、これ以上娘を失った悲しみを踏みにじられるというのならば反乱も辞さないと言われれば、爵位の返上を受けるしかないと。そう決意されたそうです」
お父様……私の為に反乱などと、そこまで深く思ってくれていたなんて。
また涙が浮かんできそうなのを堪える。もう、私はイードゥラ、ラーナリアスは死んだのよ。だから涙を流す資格なんてなかった、私がもっとフレイアに襲撃される可能性も考えて動けば、こんな事には……。
「ヒュードラ公爵の爵位の返上を始めとして、多くの貴族がお父様への不満を訴えました。ですがお爺様もすっかり弱り込んでしまって、鳳凰を守護聖獣とするお母様を持ち上げる勢力を台頭させる事でお父様は王位を継ぎました。反感を持った貴族は王族の領地へと居を移したお爺様達に倣って王都を離れた領地を賜り直し、現王家とは距離を保っています」
『……それは混乱が起きたんじゃないの?』
「……かなり。領地が改めて再分配という事で貴族の大移動も行われました。そしてその大移動の最中、ヒュードラ公爵家が抜けた事で滞っていた治水が上手くいかず、河川が氾濫を起こして大きな被害が出ました。亡くなった方も多くいて、王国史上最大の天災とも言われています。……口汚い者の中にはラーナリアス様の呪いだと言う方もいたそうです」
……ふーん? 私の呪いねぇ。まぁ、私はその間、ずっと寝ぼけてたみたいなのだけど。勝手に呪いだなんて言われても巫山戯るなって話よね。
「結果、領地の交換から水害の対策にと王家は対応に追われました。ですが失われた知識も多く、知識を持つ多くの者が現王家に反発するように静観を決め込み、自らの領地を守る事にだけ注力しました」
『……大変だったのね』
「えぇ。当時は私も幼かったので、皆が殺気立っていた事しか覚えていませんが。……ごめんなさい、ヒュードラ公爵家の話からつい不要な話までしてしまいましたね」
『構わないわ。……話し相手ぐらいにはなってあげる。一応、主だもの』
「……助かります。周囲には弱音も吐けない身ですので……」
フィネッサは憂うような微笑を浮かべて黙り込んでしまった。あの愛くるしさを嫌でも振りまいていたフレイアとそっくりな顔付きなのに、纏う雰囲気は真逆に見えた。
平民上がりの王妃、その娘である王女様か。私が死んでからというもの、随分と国も荒れたみたいだ。思う以上にこの主は苦労しているのかもしれない。
(……だからといって、絆されたくないのだけど)
私の心には、ふつふつと憤怒と憎悪が積もり続けているのだから。
フィネッサがどれだけ善人であろうとも、私を裏切ったあの女の血を引き、彼女を王妃として祭り上げた現王家の為になど……絶対になってやるものか。
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