第11話:覚悟完了なんですけど!
フィネッサに打ち明けた後、フィネッサは何か思い悩むような表情をずっとしていた。私も声をかけるような空気ではないと思って、ひたすらに黙ってフィネッサの傍についていた。
一日明けると先王陛下の体調も戻ったらしく、改めて挨拶の場を設けたいという事でフィネッサが先王陛下の私室へと呼ばれた。
「すまなかったな、フィネッサよ……昨日は醜態を見せてしまった」
「いえ……お加減は大丈夫でしょうか?」
「あぁ。しかし、もう儂も年だ。いつ召されるかもわからんな……」
どこか遠くを見つめる先王陛下は今にも消えてしまいそうな程に淡い表情を浮かべていた。まるで死期を悟っているかのようだ。そんな表情を浮かべるようになってしまった事に私はもの悲しい気持ちに襲われてしまう。
出来る事ならば、この方を義理の父としてお支えしたかった。先王陛下は王を辞した後は直轄地の領地で余生を慎ましく暮らしたいと言っていた事を思い出す。
それならばと父上がヒドゥルス領が良いのではないかと、そう話していた事も。それは良いと先王陛下と父上が肩を並べて笑い合っていた光景を思い出す。
先王陛下がこの領地を最後の地として選んだのは、そんな約束があったからなんじゃないかと思うと、嫌でも気が沈んでしまう。
「……お祖父様、お伺いしたい事がございます」
「何?」
「ラーナリアス様についてお伺いしたいのです。かのお人は、どのような方だったのか」
ちょっと、フィネッサ!? 先王陛下にわざわざそれを聞くの!?
フィネッサの突然の問いかけに先王陛下は目を見開いて、その顔に苦渋の色を浮かべた。傍に控えているイグルも険しい表情を浮かべているじゃない。
一体どうしたのよ、フィネッサ。いや、確かに聞きたがる気持ちはわかるけれど、そんな直接聞こうとする!?
「……何故そんな事を聞きたがる」
「どうしても必要な事なのです。私はラーナリアス様は次期王妃の立場に目が眩み、父と思いを寄せ合うようになったお母様に悪行を働き、その恨みを買って死んだと聞いております。これは真実なのですか?」
「……それは違う。ラーナは悪行を働くような子ではない。それはレオニスタにとって不都合だった為に、歪められた真実だ。レオニスタは確かにお前の母、フレイアと思いを通じ合わせていた。だが、それは良識の範囲を超えていたし、ラーナはその振る舞いを婚約者の立場から叱責していただけだった」
「……それでは、誰がラーナリアス様を殺害したのですか?」
「わからぬ。……ラーナは実家に戻る所を襲撃され、その襲撃後には証拠も何も残されていなかった。辺り一面がほぼ焼け野原だったからな……」
当時の記憶を思い起こしているのか、苦悶に歪んだ顔で先王陛下が呟く。布団を握り締める手には震える程の力が込められている。
「……それでお母様が王妃になったのですか?」
「ラーナの死にヒュードラ公爵が爵位の返上を申し出た。それを機に次々とレオニスタには忠義を捧げられぬと臣下達が心を離していった。ならば、レオニスタを廃嫡する他ないかとも思ったが、フレイアが新興貴族を中心とした派閥をまとめ上げ、レオニスタの婚約者として名乗りを上げたのだ」
「……成る程」
「レオニスタが王位に就かなければ恐らく、フレイアの派閥は国を割るだろうと見ていた。それだけフレイアの勢力は無視出来ないものになっていたし、当時は平民からの人望も厚かった。私はレオニスタを王にするしかなかった……聖女の名は、当時それだけ重たかったのだ」
肩を落として先王陛下は呻くように呟いた。成る程、フレイアが王妃の座に納まったのはフレイアが新興貴族の勢力を纏めたからだと。今の王家には付き従えないと距離を取った臣下達の代わりに新興貴族達が座に就いたのはそういう経緯な訳ね。
「……しかしレオニスタ達はヒュードラ公爵家を失った後の治水に失敗した。当然だ、今までの技術が失われたのだからな。そして彼奴等は優遇する民の選抜を始めた。それから今に至るという訳だ……」
「お話はわかりました。……ラーナリアス様がご存命であれば避けられた悲劇だったのですね」
「……そうだ。あの子は、何も悪くなどなかった。悪行とは言うが、それはフレイアの振る舞いに問題があった為だ。何故、あの子が命を落とすような事にならなければならなかったのだ……」
両手で顔を覆って、先王陛下は悔恨極まる声で呻いた。聞いている私としては複雑な思いに駆られるばかりだ。
すると、フィネッサが意を決したような表情へと変えた。
「――お祖父様、ラーナリアス様を殺したのは……お母様です」
私は思わずギョッとしてフィネッサを見つめてしまった。それを打ち明けるの!?
先王陛下も、そして傍に控えていたイグルも目を見開いてフィネッサを見つめた。
「なん……だと……?」
「ラーナリアス様が実家への帰路に赴いた際、守護聖獣の鳳凰を使って襲撃したのです。そして、ラーナリアス様はそのまま……」
「ま、待て! ……た、確かに一面焼け野原で証拠らしい証拠はなかったが、それは本当なのか!?」
「証言者がおります。私の母がラーナリアス様を殺害したという、その実際の場を目撃した者が」
そこでフィネッサは視線を私へと移した。……何よ、まさか私の正体を陛下に打ち明けろって言うの!?
「私の契約した白蛇は、ラーナリアス様の連れていた守護聖獣と縁がある者でした。そして〝彼女〟は私に真実を語ってくれました」
「……彼女……?」
「はい。私の守護聖獣は……――ラーナリアス様です。その身を守護聖獣へと転じて我等の下に馳せ参じてくれたのです」
「――馬鹿なッ!?」
イグルが信じられない、と言うような表情で私を見つめた。陛下も愕然とした様子でフィネッサの顔を見つめている。
フィネッサは表情を動かす事なく、ただ悠然と背を伸ばしている。
「私がお言葉をお伝えします。……ラーナリアス様、どうか」
『……フィネッサ、貴方は』
「私はもう覚悟を決めています。真実を知った今、この国を割る事になるかもしれない事も、血を分けた家族と対立するかもしれない事も。だから、いつだって最善を信じて進みます。その道は貴方と共に歩みたい。だから私の意志に応えて、〝イードゥラ〟」
その真剣なフィネッサの眼差しに私は呆気に取られてしまう。同時に、胸に沸き上がる思いは名前をつけるとしたら何なんだろう。
沸き上がる思いのままに、私は自然とフィネッサに頭を垂れていた。あぁ、そうだ。この思いは高揚感だ。私という存在をかけてこの子を守ると決めていたけれど、それはあくまで庇護すべき者としてだった。
でも、それは侮りだった。彼女はこんなにも強かった。王族として、私が忠誠を誓っても良いと思う程に。
『――わかりました。従いましょう、我が主にして、我が〝王〟よ』
その言葉に、フィネッサは少しだけ驚いたような顔をした。けど、すぐ鷹揚に頷いて陛下達へと向き直った。そして、私もまた口を開く。
『……陛下。お約束した形とは違いますが、この地の領主として封ぜられた事、本来は喜ぶべき事でございました。父と肩を並べ、余生はこの地で過ごそうと約束を交わした日も私にとっては昨日の事のように思い出せます。陛下におかれましては二十年という途方もない年月が過ぎた事、大変心をお痛めになったのではないかと心中察するばかりでございます。このような姿で御身の前に馳せ参じた事を恥じ入るばかりでございます、何卒ご容赦頂ければ救われる思いでございます』
私の言葉は一言一句違わずにフィネッサが喋ってくれる。陛下とイグルは驚いた顔のまま、フィネッサの言葉に聞き入っている。その視線は、フィネッサの肩に頭を乗せている私にも向けられているけれど。
「……ラ、ラーナ……? 本当にラーナだと言うのか……?」
『召喚主でありながら、この子の口を借りなければ意志を伝えられぬ事を恥じ入るばかりではございますが。このような姿ですが、私はラーナリアス・ヒュードラでございます。陛下に私が次期王妃として立つのが楽しみだと賜った言葉は今なお支えとなっております。それを最後に裏切ろうとしてしまったが為に、この国に災禍を招いてしまった事を心苦しく思っております』
「……お、おぉ……本当に、本当にラーナなのだな……? ッ、もしや! フレイアがラーナを殺害した証言者とは……お前自身なのか……?」
「……その通りでございます、陛下」
私の言葉の通訳を止めて、フィネッサが静かに頷く。イグルは未だ半信半疑といった様子だけれども、陛下はその表情を驚きから憤怒の表情へと変えていく。
「……それが、本当に真実だと言うのならば……! 私は何と言う愚かな事を! みすみす仇の女に王妃の座を許したと言うのか!」
「ライオネス様、本当にフィネッサ様の言う事を信じると……?」
「この地で余生を過ごそうと約束を交わした事は私と亡き妻、そして我が友とその妻以外には知らぬ事よ。それをフィネッサが知る由もない」
「では、本当にラーナリアス様が死後、守護聖獣に変じたと言うのですか……?」
「一つ、お祖父様にお尋ねしたいのですが。ラーナリアス様は月の光のような銀色の髪が波を打つようなウェーブがかかった容姿をしていたのではございませんか?」
『えっ、なんで知ってるのよ? ……あぁ、魔法を使う時に垣間見たイメージって、もしかして私?』
突然、私の容姿について尋ねるものだから驚いてフィネッサに確認してしまう。私の問いかけにフィネッサは肯定するように頷いた。
成る程、私のイメージがフィネッサには見えていたのね。だから魔法を使う時に私のイメージがあったから、私と同じぐらいの魔法を最初から扱う事が出来たのね……。
「確かにラーナは波うった美しい銀髪であったが……」
「今、ラーナリアス様は魔女として悪名を広められ、その姿を記録しているものはございません。私が知る由もありません。これも一つの証明になりませんか?」
「うぅむ……」
イグルが唸るように声を震わせている。確かに普通だったら信じられないような話よね、私だってどうして自分が守護聖獣になっているのかなんて理屈はわからないもの。
「……ラーナよ、お前の最後はどのような最後であったのだ……?」
「……実家へ戻る途中、お母様の鳳凰に襲撃され、命を落としたと聞いています」
『もっと正確な状況を言えば、イードゥラ……私の守護聖獣で応戦したのですが、隙を突かれて熱線で心臓を射貫かれました。その後、瀕死の私をくわえ込んでイードゥラが川に飛び込んだ所で私の意識は途切れています』
「……そう、なのか」
ぎゅっ、と固く目を閉じて陛下が声を震わせている。その両目からは止め留めもなく涙が零れ落ちてしまっている。
「……お前がそのような最後を迎えたのかと思えば、胸が痛むばかりだ。すまない、ラーナ。お前とレオニスタを婚約させたのが過ちであったと言わざるを得ない」
『……レオニスタには失望しましたが、それでも務めを果たせなかった私の不徳もございます。陛下の心痛となってしまった事、本当に申し訳ありません。スノトラ王妃にも合わせる顔がございません』
「スノウは最後まで……最後までお前に謝りたいと言っていたよ。私達が王都を離れたのもスノウを思っての事だった。あの女の顔は見たくはないと、レオニスタの事も最早子だとは思えないと。私は何もしてやれなかった……」
……スノトラ様。私が存命だった頃はレオニスタ様と険悪だった訳ではなかった筈なのに。最後にはそんな事になってしまわれたのね。
本当に自分が死んでしまった事で多くの人の人生を狂わせてしまったのだと実感させられてしまう。あの時、フレイアの襲撃を退ける事が出来ていれば、そもそも婚約破棄だなんて起こさせなければ、こんな事にはならなかったのに。
『……嘆く事も、償う事も幾らでも出来ます。私は何の因果か、フィネッサの守護聖獣としてここにいます。この二度目の生、今度こそアルマーティア王国の為に捧げたく思います』
フィネッサを通じて伝えた私の言葉に陛下はゆっくりと顔を上げた。涙を拭い、胸元に握った拳を当てて何かをぐっと堪えるように力を込めている。
「……これが、この老骨の最後の仕事になろう。フィネッサよ、お前に国を背負う覚悟はあるか?」
「……はい、お祖父様。その為に私はここまで来たのです」
「血を分けた家族、罪もなき民達の血で己の手を染める事になるやもしれぬぞ」
「覚悟の上でございます」
「よかろう。――イグル、私に筆を持ってくるのだ! かつての忠臣達に繋ぎを取るぞ! 今こそ、現王権の罪を暴き、歪んだ国の情勢を正す時だ!」
ベッドから半身を起こしたままであれども、堂々と声を挙げる陛下の振るまいは記憶に違わぬ覇気を纏っていた。
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