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第10話:打ち明けるんですけど!

 先王陛下の私室を後にしてから、私はラーナリアスとしての最期を思い返していた。

 一方的な婚約破棄を突きつけられ、その抗議の為に実家に戻ろうとした。その道中でフレイアの鳳凰に襲撃され、鳳凰の熱線が心臓を焼き貫いた。

 死の淵に落ちようとした私をイードゥラがくわえ込み、冷たい川の中に身を投じて……次に意識がはっきりした時、私はフィネッサの守護聖獣として存在していた。


(私は、何の為に二度目の生を受けたの?)


 意味もわからず白蛇になり、守護聖獣としての役割を望まれた。その契約の主が憎きフレイアと私を裏切ったレオニスタの娘なのだから、フィネッサに力を貸す理由なんてないと思っていた。あの二人に利になる事なんてしたくないと。

 でも、私は知ってしまった。私の亡き後、この国がどうなってしまったのかを。愛すべき領地は罪人の流刑地となり、土地は荒れ果てた。

 防ぐ者がいなくなり、水害は人々の生活の場を荒し、一部の選別された民達だけが王家の、フレイアの庇護を受けている。

 かつて忠臣だった者達は離れていき、先王陛下もまた余生の場として贖罪のように水害の多き土地を選び、その領主として殉じようとしている。

 その悔恨は深く、ただの白蛇を見ただけで私を想起し、謝罪を繰り返す程に追い込まれていた。


(――……憎い)


 憎い。全てが憎い、私を裏切ったレオニスタも、私を追い落としたフレイアも、そして迂闊な自分自身も。

 あぁ、何もかもが憎い。全て押し流して消し去ってしまいたい程に。さながらフレイアに焼かれた炎よりも厚く、憎悪の焔が私の心を焦がしていく。

 その感情に身を委ねられればどれほど楽だっただろう。でも、私には……出来ない。許されなかった。だって、私はもうその立場を失ったとしても次期王妃として育てられてきた。


(……結局の所、私は今までの自分を変えられない)


 どんなに自分が許せなくても、民の苦境に代える事は出来ない。私の恨み辛みよりも、民の悲しみと苦しみに心を痛めてしまう。心が復讐に燃えようとも、私という積み重ねてきた人格が感情に流される事を拒む。

 もう義務を果たす事は出来ない。私は既に人の身じゃない。なら好き勝手に振る舞ったって誰も文句は言わない。その筈だ。そう思っても、心は従わない。

 何かしなければならないと、そう心が自分を責め立てる。痛い程に私が培ってきたものが私の妥協を許さない。


(私がすべき事は……)


 自分の中に埋没するように思考を繰り返していると、私の意識を浮上させる声が聞こえた。


「……イードゥラ」


 それは、私の主であるフィネッサの声だった。

 私は彼女の腕から身を離す。不思議とこの体は宙に浮くのだ。彼女の眼前にゆらりと体をくねらせて躍り出る。

 フィネッサの表情は複雑なものだった。嘆きたいような、怒りだしてしまいそうな、けれどその感情を素直に出せずに苦しんでいるような表情だ。


「……怒っているのですか? イードゥラ」

『……は?』

「……ごめんなさい。貴方が怒っているように見えまして。怒らせたのは、私やこの国なのかと思うと不甲斐なくて」

『……違うわよ、馬鹿ね』


 私の感情が伝播してしまったのか、だからフィネッサもこんな顔を浮かべてるのかしら。

 本当にフレイアに顔はそっくりなのに、中身は全然違うんだから。これで中身までそっくりだったら心の底から憎む事が出来るのに。


『それに私が怒った所で、貴方が主なのだから勝手に何かも出来ないでしょう?』

「……それは、そうですけど」

『じゃあ、怒っても意味ないじゃない。全部、今更なのだし』


 私に出来る事は、この子の力になる事だ。フィネッサならこの国をよくしようと頑張ってくれるだろう。その行いはフレイアの不興を買うかもしれないけれど、ならこの子を私が守れば良い話だ。


「私は、嫌です」

『ん?』

「イードゥラにも心があるなら、心の底からわかり合った上で私と行動を共にして欲しいと願います。最初に言ったじゃないですか。私が認められるだけの価値があったら従うって。貴方は私を認めてくれたんですか? ただ、そうしなきゃいけないからって思ってないですか?」


 図星を突かれて言葉が出なかった。認めたくない、という気持ちが完全に消えた訳じゃない。蟠りは無くなる事はないと思う。それでもフィネッサなら良いと思ったのは事実だから。

 でも、蟠りを隠すのは嫌だとフィネッサは言う。でも、どう言えば良いんだろう。この胸に蟠る憎悪を話すには、私の正体を彼女に語らなきゃいけない。それをフィネッサがどう受け止めるのか、私にはわからない。


「イードゥラ……貴方は、誰なんですか?」

『……誰って、質問の意味がわからないわ』

「あなたは本当にただの守護聖獣なんですか? ……本当は、人だったとか」

『……なんでそう思ったのかしら?』


 動揺が伝わってないか不安になる。いや、今思えば積極的に隠そうともしてなかったけど。改めて問われると身構えてしまう。

 本当はただ黙っていれば良かったのかもしれない。だけど目覚めたばかりに今の振る舞いをしてしまった以上、隠してしまうのも不信感を持たれてしまうかもしれない。

 蟠りはあるけれど、フィネッサ個人の事はもう嫌ってない。むしろ好意的に思っている事は認める。彼女の境遇を知って、孤独なこの子の力になりたいと思った。それなら隠す事なく自然に振る舞おうと思った。

 フィネッサが良い子なのはもうわかってる。だからこそ、私の正体を知られた時のフィネッサの反応が少しだけ……怖い。必要以上の重荷を背負ってしまうんじゃないかって。私は貴方の母親に殺された、ラーナリアス・ヒュードラの成れの果てと伝える事で。


「……魔法の手ほどきを受けてる時、女の人の姿を見たんです」


 思わず、ひゅっ、と息を呑んでしまう。まさか、そんな現象が起きていたの……?


「私の魔法が巧みな理由は、私自身の才能じゃなくてその人の経験が私に流れ込んできたからなんじゃないかと思っていました。だから、私は以前から貴方が元々は人だったんじゃないかと疑っていました」

『……そう』

「……否定しないんですか? 貴方は……一体、誰なんですか……?」

『……予想はついてるんじゃないの?』


 半ば確信を持って私はフィネッサへと問いかけた。フィネッサは唇を一度噛んでから、私をじっと見つめながら口を開く。


「……貴方はラーナリアス・ヒュードラ、なんですか?」


 その答えに私はそっと目を伏せる。


『……立ち話もアレね。どこか座れる場所で話しましょうか』



 * * *



 名を言い当てられた私はフィネッサと一息つける場所へとやってきていた。そこは屋敷の中庭だ。手入れがされた庭園の景観は美しく、備え付けられた椅子に座ってフィネッサは私と向き直っていた。

 その顔には緊張と不安が入り交じった表情が浮かんでいる。座った事で一息を吐き、改めてフィネッサは私へと問いかけて来る。


「……ラーナリアス様、なんですね?」

『様をつけられる身分じゃないわよ。今はもう見ての通りだもの』

「どうして……貴方が守護聖獣になっているんですか……?」

『さぁ? 私にもわからない。私が殺されてから二十年経過してるし、気が付けば貴方の守護聖獣として召喚されていたんだもの』


 膝の上に置かれたフィネッサの拳が強く握り締められる。決意を固めた目で、彼女は私を見つめながら問いを重ねる。


「……二十年前、何があったんですか?」

『何故聞きたいの?』

「知る義務が私にはあるからです。貴方がいなくなって、貴方を魔女と呼ぶように風潮を広げたのは現王家です。でも、お祖父様は貴方の死を嘆いていた。貴方が世間に噂されるような魔女だとは到底思えない。まるで、今の王家にとって貴方が都合が悪い者のようにしか見えないんです」

『それもそうでしょうね。私は言ってしまえばフレイアの恋敵だったんだもの』

「……何があったんですか? 何故、貴方は二十年前に姿を消す事に?」


 ……答えるべきなんだと思う。例え、それでフィネッサが傷ついたのだとしても。

 彼女は義務だと言った。この国を支える王族として、国を苛む災禍に立ち向かう事を決めた彼女を私も信じたいと今なら思える。

 それに、私も話して楽になりたかったのかもしれない。もう私が意思疎通出来るのはフィネッサだけなのだから。


『二十年前、レオニスタに婚約破棄を告げられた私は理不尽なその仕打ちに耐えかねて実家から王家に抗議して頂く為、馬車で移動していたわ。そこを狙って襲撃されたの』

「……襲撃ですか」

『えぇ。でも、それは人じゃなかったわ。ある守護聖獣よ。私も応戦したけれど、私はそこで致命傷を受けた。致命傷を受けた私を守るように私の守護聖獣……イードゥラがその身を盾にして庇い、川に飛び込んだ。それが私の、ラーナリアスとしての最後の記憶』

「……襲撃した守護聖獣って」

『――鳳凰よ。そして、鳳凰を使役している者はたった一人しかいない』

「……お母様、なんですね」


 項垂れるように肩と視線を下げて、握り合わせた拳を額に当てるフィネッサ。まるで祈っているかのように見える彼女の表情は苦悶に歪んでいる。

 私はそんな彼女の姿を黙ってみている事しか出来なかった。無言で背を丸めていたフィネッサだったけれども、呻くように声を漏らす。


「……漸く理解しました。貴方が最初に私に告げた言葉の意味も、この国が何故病んでしまったのかも」

『……フィネッサ』

「私は、罪人の娘だったんですね……」

『親の罪は子の罪にはならないわよ』

「ですが……!」

『私は確かにレオニスタとフレイアを恨んでるし、許せないし、憎んでもいるわ。でも、それは子供である貴方とは一切関係のない話なの。そもそも貴方が私を呼び寄せようとしなかったら、私はここにいなかったかもしれなかった。そっちの方が無念よ』


 何か言いたそうなフィネッサを制して、私はフィネッサの言葉を遮った。フィネッサからの謝罪が聞きたい訳じゃない。その謝罪を口にさせたい相手は別だ。そして別に謝罪して欲しい訳でもない。


『私が殺されたのは私が迂闊だったからでもある。この国の災禍を招いたのは私もそうなのよ、その点では同罪だわ』

「ですが、貴方はただ理不尽に殺されただけではないですか!」

『そうよ。次期王妃と言われた王太子の婚約者として情けない、そう恥じるべきなの。その点ではフレイアが私との勝負に勝ったのよ。でも、勝者となったからにはその責任を果たさなければならない。レオニスタとフレイアの罪は私を殺した事よりも、私を踏み台にした責任を果たせなかった事の方が大きな罪なのよ』


 どうせ私が生きていてもレオニスタとの婚約は解消されていたでしょう。もしかしたら、フレイアがレオニスタの新たな婚約者として王妃となり、私が公爵家に戻って家を継ぐ事になる未来もあったかもしれない。

 その可能性は低かったにせよ、なかった訳ではない。でもフレイアは確実な方法を選んだ。それが私の殺害という道。そして私はそこまでするとは思っておらず、あっさりと死んでしまった。

 国を混乱させた魔女。それは確かに否定出来ないのかもしれない。私が生きていればヒュードラ公爵家は国を去る事なく、違う未来を描けたのかもしれない。


『私を殺しておいて、この体たらくが何よりも許せないわ。勿論、私個人の恨み辛みもあるわよ。それでも私は公爵令嬢で、次期王妃となる婚約者だったの。今、この国の民が苦しんでるのは私にも責任がある』

「……ラーナリアス様」

『イードゥラよ。それはもう死んだ女の名前で、そして魔女として汚名を背負わなければならない。国を守れなかった愚か者としてね。ここにいるのは、その女の記憶を持つだけの貴方の守護聖獣よ。……それで? 私の正体を知って貴方はどうしたい? フィネッサ』

「……どうしたい、とは」

『本気で治水の改革なんてまだやろうと思う? ……貴方がそこまで責任を背負う必要なんてないのよ? 嫌で苦しいなら逃げてしまいなさい』

「……どうして、そんな事を言うんですか?」


 非難するような目でフィネッサが私を睨む。そんなフィネッサの視線に私は内心、苦笑してしまう。


『私だって、逃げても良いって言って貰ったからよ。だから私も言ってあげる。よく考えなさい。私は貴方の為に力を振るうわ。貴方にはその価値があるって認める』

「……イードゥラ」

『本気でこの国を変えるつもりなら嫌でもあの女と、国王が立ち塞がるわ。家族で争える? それはとても悲しい事よ。だから、貴方に必ず背負えなんて私には言えない。生前の私ならどうかわからないけど、今の私は貴方だけの味方になれる』


 この子は私達が生み出してしまった国の歪みを正そうと立ち上がろうとしてくれた。でもその道は辛く、険しいものだ。ただでさえ、あの女の不興を買う事は間違いない。

 国がフィネッサを認めない、なんて事になるかもしれない。それでもフィネッサを擁護する者が現れて、国が割れてしまうかもしれない。

 その時、彼女は戦わなければならない。血を分けた家族と。そんな覚悟をしろなんて他人である私には言う事は出来ない。


『今すぐ決めなきゃいけない事でもないわ。陛下……貴方のお祖父様にもっと詳しくお話を聞いてからでも良い。この場で答えを出す必要はない。だからじっくり考えなさい。その間の時間は私が稼いであげるし、守ってあげる。……ごめんね、私達の不始末を貴方に押し付けて』


 言葉にして自分でも納得する。私は謝りたかったんだ、この子に。知れば知る程、私の死の影響は大きくて、その煽りを受けたのは間違いなくフィネッサだ。

 それでも立ち上がろうとしてくれたこの子に感謝と敬意を。だから、私はこの子だけの味方になろう。それが〝ラーナリアス・ヒュードラ〟としてどれだけ間違っていたのだとしても。

 フィネッサ・アルマーティアの守護聖獣〝イードゥラ〟として、彼女の命と心を守ろう。私は漸く、心の底から自分の迷いは晴れたのだと思えた。

 

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