後編
雨の中―閉鎖された歌舞伎町のライブ会場に向かう男がいた…
其処は、昨夜も杜撰な事件が起きた現場だというのに…
四
―9月9日(水)午後11時半頃―
―新宿区歌舞伎町 新宿ロフト前―
先の事件の事があってか、警戒態勢が敷かれ、眠らない街、歌舞伎町の一部の区画に"関係者以外立ち入り禁止"の看板が敷かれていた。
それは、今回の事件が起きたロフトも含め、歌舞伎町の真ん中―ロフトからバッティングセンターまで―が、全面的に立ち入り禁止になっていた。
その区画だけ"誰も居ない"、不夜城には有り得ない状況だった。
それでも、やはり夜ともなるとそれでもそこを通る輩や、誰も居なくなったのを良い事に、雨宿りをしようとする図太い神経の浮浪者がやってきていて、全てを立ち入り禁止には出来ていなかった。
そんな中、青い防水性かと思われるパーカーとジーンズを着た青年が、走りながらロフトの下までやってくる。
雨宿りで其処を選んだのかも知れない。
だが、風と雨脚が強く、防ぎきれていない。
青年は視線を階段の方にやる。
其処には警察が貼った、立ち入り禁止のテープがあった。
雨宿りでもしようというのか、当たり前の様に、それを乗り越えて、地下へと降りていった。
―9月9日(水)午後11時半過ぎ頃―
―新宿区歌舞伎町 新宿ロフト―
水滴を払いながら地下へ下ったその先は、何故か照明が点いたままであり、二重の防音ドアを抜けた先には開けた空間があり、其処がライブステージと成っていた。
その誰も居ないライブハウスのステージには、ベースを弄りながら腰を掛けた一人の女が居た。
女「アレ? どーしたの? こんな時間のこんな場所に しかも立ち入り禁止だよー? まさか迷ったってワケじゃないだろーし…浮浪者…には視得ないよねー」
そう言いながらベースをステージに立て掛け、青年に近寄る。
女「それとも…犯罪者? 火事場泥棒的な? でもココ犯罪現場だよ? 昨日見付かった被害者の …まさか肝試しとか?」
青年の側まで来て、無邪気に観察するその仕草は愛らしさが在った。
女「そうでないなら…痴漢とか暴漢?
…なワケ無いか ココにアタシが居るとか知らなかったモンねー」
そう言いながらステージに再び腰を掛ける。
女「でも…」
そう言いながら片足を上げてステージに掛ける。
女「アタシなら別に構わないけど…?」
それは明らかに誘っていた。
見ず知らずの男に対して。
女「ホラ…? 誰も居ないライブハウス…しかも犯罪現場でとか…メッチャ背徳的…興奮しない? ちなみにアタシはする…」
青年がゆるりとした足つきで女の元へと向かう。
女「そーそ… 一緒に楽しもうよ…」
その誘いの一言を青年に述べる。
青年は女に覆い被さる様に寄り掛かる。
女「ありがと…」
そう、女は男の耳元で告げる。
女「餌に成ってくれて…」
そう言うと、女の左右の脇から、ゴキゴキといった凄まじい音と共に腕が生え、青年を抱き締める様に捕まえる。
が、
青年が女の耳元に顔を持って行き、口を動かす。
青い男「…それじゃ、『捕まえられない』なぁ…」
その言葉を聞いた途端、掴んでいる女の脇に生えた椀の力が弱まる。
女「な…!?」
突然の事で戸惑う。
何故なら、青い男のその『捕まえられない』と聴いた途端、捕まえていられないと感じてしまい、掴む力が弱まってしまったのだ。
その掴む力が弱まった瞬間、青い男はポケットに入れておいたナックルを両拳に嵌め、更に唱える。
青い男「『オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ…!』」
唱えると、ナックルの真言が輝く。
青い男「ふっ!」
そう短く息を吸い吐くと、下っ腹に力を込め、右の拳で打ち上げる様に女の腹にボディを打ち込む。
女「?!ぐッ…?! あっ…!」
途轍もない衝撃が全身を突き抜け、身体が浮き上がる程だった。
青い男「『吹っ…飛べ』ッ!」
そのまま続けて右のストレートを、浮いた身体のド真ん中に打ち込む。
女「げっ…ぁああぁ!?」
その余りの衝撃に、ステージ奥まで吹き飛ばされ、設置してあったドラムセットに突っ込み、そのまま壁に叩き付けられる。
青い男「どーよ? おれの真言(教えて貰ったばっかだけど)は」
女が叩き付けられた衝撃によって、ステージの照明の幾つかが堕ち、薄暗くなる。
ドラムヘッドが豪快に破け、ステージ下にドラムがガランという音と共に転がり落ちる。
女「…アンタ何者? このアタシにこれだけするとか…? どっか名のある修験者?」
薄暗いステージからゆるりと動く影が見える。
女は違和感を感じた部分を思い出す。
青い男「何だと思うー?」
からかう様に。
思い返してみれば、自分に言葉を投げ掛けた時、『捕まえられない』…『吹っ飛べ』…あの時に違和感を感じた。
女「…違う あの違和感… アンタ『言霊師』ね…?」
青い男「サァ?」
と言って、首を傾げつつとぼける。
女「この時代に…? アンタ超珍しい …まぁ良いわ
アンタ…このまんまの姿じゃ不利ね…アタシ本来の姿で相手を
するわ」
薄暗いステージ上でそう言うと、ゴキゴキと嫌な音と共に身体の形状が変化していく。
女の臀部、脚部からその嫌な音がしている。
ユックリと暗がりから現れると、その変化は如実に出ていた。
臀部は膨らみ巨大に成っており、脚は前後に裂け、延び、四本脚に そして、腕は延びていく。
そして、目元には元に在った眼も含め、上下八つの眼が現れ、口は下顎が左右に分かれ、大きく裂けている。
女?『はァ~…! やっぱこの方が楽だわァー!』
発声器官が独特なのか、声が響く様に聴こえる。
それは、蜘蛛の化物ではなく、人がそのままの形で蜘蛛に成ったといった歪な風貌だった。
青い男「ぅおー! グロいなー! さすが絡新婦ー!」
大胆に驚いてみせる。
絡新婦『ヤッパリー! アタシの事知ってンじゃんー! でも、アタシには勝てないよー…? この…昨日の男から奪った腕でねー♪」
そう言いながら、脇から生える左側の副椀をわきわき動かしつつ言う。
青い男「…おれもお前のパーツってか?」
絡新婦『そーだねー♪ この顔の持ち主だった若い子は良く喋る子だったよォ? だ☆か☆ら☆ 喋りもこーんなに堪能♪
…アンタのパーツはどんな風にアタシを変えてくれるかな…?』
無邪気そうに言いながら、青い男に向かっていく。
青い男「ハッ! 出来るもんなら…やってみろよ!」
そう言って先程と同じ様に構えると、絡新婦に踏み込んだ。
背を低くし、フロントステップで絡新婦の懐に入り込み、左のジャブを打ち込む。
青い男「シッ!」
…が、絡新婦は跳躍し、天井に張り付く。
絡新婦『あぁー! コワイねぇ!アンタ! 急に来るからビックリしちゃった!』
天井に逆さで張り付きながら言う。
青い男「チッ…!」
さっきとは打って変わって当たらない事に苛立つ。
しかも届かない。
絡新婦『アハハハハハ!』
笑いながら壁に張り付き跳躍し、そして床に着地する。
そして、其処に再び腰を低くし、青い男が高速で踏み込む。
青い男「よっ!」
今度は右のストレートで壁の絡新婦に打ち込んだ。
…だが、絡新婦はそれも跳躍し、避け、青い男の後方、広い空間に降り立つ。
絡新婦『ムリだってぇー! そんな拳で殴るだけとかー!」
余裕在りげに、小馬鹿にした様にそう言う。
絡新婦『ほォーら!』
そう言いながら、脇の副椀と前足、その四本を鎌の様に振り下ろす。
青い男「あぶねっ!」
そう言いつつ、その腕を右へのスウェーで避け、右ストレートを右胸部へ打ち込む。
が、
絡新婦『無駄よ♪』
余裕そうに言いながら、左腕でガードされる。
青い男「チッ…! めんどくせーなー!」
捉まえられず、チョロチョロ逃げ、攻撃の当たらないその動きに、苛立ちを覚える。
青い男「『動くな』よッ!」
絡新婦『ッ…?!』
そう言われ、動く気が無くなり、立ち止まる。
そこに瞬速で踏み込み、
青い男「そらッ…よッ!」
絡新婦の背中に大きく張り出した腹部に、左右を喰らわす。
絡新婦『ッげっ…! ああぁぁぁぁ?!』
護るべき腹部に、強固にしているとはいえ、強烈な一撃を見舞われ、激痛に声が漏れる。
青い男「チョロチョロすんじゃねー…! …?!」
そこで違和感に気付く。
絡新婦『…っあー ようやく気付いたー?』
身体を振るわせて体勢を整えながら不適に述べる。
青い男「!…コレ…!」
殴った左手や足に、知らぬ間に糸が巻き付けられていた。
青い男「こんなモン…! …?!ッ…」
他愛もない抵抗と感じ、引き千切ろうとした瞬間、違和感を感じる。
絡新婦『ムリムリー そんな簡単には外れないよー? ホラ…! ねッ!?』
そう言いながら、尻の出糸突起から出た糸を引っ張り、力任せに振るう。
青い男「うぉッ!?」
絡新婦の振るった糸に引っ張られ、宙に持ち上げられ、更に尻を下に振るい、青い男を床に叩き付ける。
青い男「ッ! ぁっ…!!」
急に腕を引っ張られ、上下に動かされ、防御も出来ず胸から床に叩き付けられ、口から息が漏れた。
青い男「ッ…くっ…!」
両の拳を床に着いて起き上がろうとするが、力が入らない。
手に付着した糸に眼が付く。
が、よく見ると、その糸からワサワサと小蜘蛛が湧いている。
キモイ
クソキモイ
だが、それどころではない… 糸が何処からなのか思い返す。
無駄なまでにチョコマカ動く…あの一連の動き…!
絡新婦『…気付いた? そお♪ あとーその手にも、アタシの子供達をくっつけておいてあげた☆』
ワラワラと小蜘蛛が拳の糸から湧きだし、拡がる。
絡新婦『そのコ達の餌になってねー☆ あ、頭はダメね? アタシが貰うから♪』
言いながら、いつの間にか天井辺りに出来た巣に糸を引っかけつつ青い男を吊り上げ始める。
青い男「くッ…!」
無理矢理片手だけで引っ張り上げられ、全体重の負荷が左腕と肩に掛かり、苦痛に顔が歪む。
絡新婦『珍しい『言霊師』の頭かー そんな強力な"力"を手に入れられるなんて楽しみー♪』
青い男「…顔はどーすんだよ…男顔じゃ不細工だろ…」
絡新婦『だァいじょうぶよ☆ 頭の中身以外要らないから♪』
ユックリと持ち上げながら続けた。
青い男「あ…そ」
そう言いつつ、右手をポケットの中に入れる。
絡新婦『じゃ、いただこうかなー♪』
丁度良い高さに成ると、そう言いながら、頭からかぶりつこうと、下顎から大きく裂けた口を、更に大きく開く。
青い男「っオラッ!」
吊られた体勢で、絡新婦の胸部脇下に右フックを入れる。
絡新婦『ぐッ?! …あああ!』
不意を突かれ、油断していたのかモロに喰らってしまう。
絡新婦『ナニすんだよッ!!』
突然の抵抗に苛立ちを覚え、反射的に、吊された青い男の胸部を左右四本の腕で、サンドバッグの様に殴りつける。
青い男「ぅッ! ぐっ!ああぁぁッ!」
中空で、踏み込みも足らず、力が入らなかった為か、右フックの威力が大幅に落ちていた。
絡新婦『なんなのよ…! アンタ…! …もーイイわ! 頭から喰らってやる!』
吊られ、ゆらゆら揺れる青い男にそう言うと、再び大口を開け、裂けた顎から青い男の頭部を包み込む…
ハズだった、
その絡新婦の頭上に、横からプロパンの入った2㎏ほどの小さいボンベが、どこからか投げ込まれた。
絡新婦『?! ナニよ! こんなモン!』
そう言って、右腕でプロパンを叩き落とす。
ガラガラと音を立てながら床にそのプロパンが転がる。
絡新婦『ダレよ邪魔して!』
そう言って顔を上げようとした処に、更に数個のプロパンが投げ込まれる。
絡新婦『なッ…!? 舐めんじゃないわよ! こんな程度ッ!』
その続け様の追撃に、本来ならば叩き落とす必要も無いそのプロパン達を、昂ぶっているせいか、感情にまかせ叩き落とす。
続けて三個四個と両腕、副椀、前足を使って叩き落とす。
絡新婦『こんなモンで…!』
そう言いながら、最後の一個を叩き落とそうと両腕を振り下ろそうとした時、後方のプロパンを投げたと思わしき場所から轟音が響き、目前にあったプロパンの軌道が変わり、顔面に直撃する。
絡新婦『がッ…! 何よ!?』
そう言いつつ音の方を向こうとするが、それよりも先に、激しい轟音が連続して続いた。
青い男「ッ!…うッ…!」
ドサッという音と共に、青い男が床に落ちる。
見ると、青い男の腕に巻き付いていた糸が千切れていた。
絡新婦『な…?』
音の方を向くと、ロングコートを着た黒ずくめの男が両手に銃を構えていた。
絡新婦『アンタ…なによ?』
突然の侵入者に興を削がれたのか、不快さを出して睨む。
だが、そんな事を意にも介さず、
黒い男「オイ、もう良いぞー ま、大まかにはそんなカンジ 中々持ったじゃねーか」
その侵入者は青い男に語りかける。
青い男「…遅いッスよ」
そう言いつつ両肘を付きながら身体を起こし、こちらを見る。
黒い男「なァに言ってんだよー! 見守ってたんだよー! お前の活躍次第じゃ一人でもイケるかなー?と」
最後首を傾げ、惚けながら言いつつ、両手の銃をコート腰裏のホルスターにしまう。
青い男「何言ってンスかー… そんなんしてないでサッサと助けて下さいよー…」
力が入らない中、言い返す。
黒い男「そんじゃお前のタメになんねーだろー?」
両掌を上に挙げつつ戯けた表情で言う。
絡新婦『アタシを無視すんなッ!』
無視され続け、怒り心頭なのか絡新婦が叫びと共に、その会話に割って入る。
青い男「うッ…!」
黒い男「おッ…!」
その叫びには絡新婦の妖力が込められており、衝撃でコートがバサッとなびく。
その衝撃に、思わず口角が上がる。
絡新婦『なんなのよ! アンタさぁ…! この四百年は生きたアタシを無視して…しかもナメてる?!ねぇナメてんの!?』
思い通りにいかないのが余程気に食わないのか捲し立てる様に喋り続け、最後に前足で青い男を蹴り飛ばす。
青い男「ぅあッ…!」
その衝撃で、床を滑る。
絡新婦『ナメんじゃねーよッ! コイツも含めてアタシと子供達のエサにしてやる! 何よアンタ等ッ…!?」
そこまで言って違和感を感じ、足下を見ると、小蜘蛛達が引っ繰り返って痙攣しつつ脚をヒクつかせていた。
黒い男が、顔の前で手をパタパタ払いながら、
黒い男「なによなによウルセーわー 語彙力ねんだよ ボキャ貧か? 長生きのクセに」
絡新婦『アンタ…! 何を…!?』
その黒い男の、意に介さない態度と、眼前で起きている光景に、ワケが分からず思考が追い付かない。
黒い男「よーやく気付いたァ?」
指を差しながら、"解った?" という顔で答える。
絡新婦『ナニをしたのよッ! アタシの子達にッ!』
詰め寄ろうと前のめりに一歩踏み出すと、足下の割れたドラムがガランと音を立てた。
黒い男「ガス中毒だよ」
サラリと答えを述べる。
絡新婦『な…! 何…?!』
意味が解らず聞き返す。
黒い男「蜘蛛の呼吸器系統は書肺っていう気道が発達しただけの単純な機構で、気体を濾過する能力が極端に低い
だからガスにメッチャ弱いって、知ってたァ?」
絡新婦『な…!? さっきの…!』
足下に転がるプロパンに眼を遣ると、全てに穴が開いていた。
黒い男「そ 撃ち抜きました♪
そもそもボンベなんて撃ち抜いても爆発はしないから
メタルジャケットとかでない限り火花出ないし でないと着火出来ないし
皆アニメや映画の見過ぎよ? マジで」
絡新婦『オ…マエ…! オマエぇぇぇぇ!!』
侮られた事と嵌められた事、そして小蜘蛛達を全て殺された事による怒りが、抑えきれず溢れ出した。
絡新婦『ッ?! …っぐッ…!』
突如違和感を感じ、力が入らず前足が膝を付く。
黒い男「自分もヤバイって自覚、在る?」
絡新婦『なッ…?!』
黒い男「どんだけガワ増やしても、肺は増やしてないだろうし、腹に付いてる書肺気門から空気を吸うだろうからな
プロパンガスは二酸化炭素より重いから低い所に集まる…
効いてきたろ?」
驚きと、身体が鈍くなった事に、憤りを覚える。
絡新婦『こっ…! こんな…ッ!』
黒い男「それと…」
言いながら右手に"陽"を取り出し、マガジンを交換しだす。
黒い男「この気体は燃え易く、大気中に一定以上含有すると大爆発をする性質がある… ま、こんな短時間じゃ無理だけど、でも…
お前の足下の割れたドラムの中とか…どうかな?」
最後は恐ろしく冷たい声音で、マガジン交換し終えた銃を構え、二発全く同じ場所に撃ち込む。
轟音と共に発射された二発の内、最初の一発はドラムの奥に貫通し、床にめり込む。
そして後のもう一発が、めり込んだ弾丸に当たり、バチュン!という音と共に弾かれ、盛大な火花を散らした。
瞬間、絡新婦の足下のドラムに含有したプロパンに引火、大爆発を起こし、下からの激しい衝撃が、絡新婦を襲う。
絡新婦『ぐがッ…! がッああァァァ!?』
凄まじい衝撃で、左前足と左副椀が吹き飛ぶ。
黒い男「行くぞ!」
そう、青い男に述べ、絡新婦に踏み込む。
青い男「え?」
急に振られ、頓狂な顔をする。
力入らないンスケド…
黒い男「小蜘蛛は全部斃したからもうイケるだろ!」
そう言われ、起き上がると力が入る。
イケる…! そう思うと拳を握り締め、黒い男に次いで絡新婦へ向かう。
絡新婦の懐に黒い男が入り込むと、
黒い男「ふッ…! せやッ!」
横面に右上段回し蹴り→胸部に左後ろ回し蹴りを入れる。
絡新婦『げッ! ごッ…ぉぉぉぉぉ!?』
凄まじい衝撃と激痛に吹き飛ばされ後退し、人為らざる呻きが漏れる。
そしてそれを追撃する様に青い男も懐に入り、
青い男「シッ! せやッ!」
左のショートアッパー→右レバーブロウ(其処に無いケド)→右ストレートを胸部に喰らわす。
絡新婦『ぐぉぉぉがァァァァァァ!!?』
またも凄まじい衝撃と激痛に後退する。
続け様に黒い男が再び懐に入る。
絡新婦『こぉォォおおのぉぉォォ!!!』
動けず受ける連撃に腹が立ち、怒りに任せて右腕を鎌の様に横薙ぎに振るう。
が、姿勢を低くし、それを交わし、右腕に"力"を込め、絡新婦の左胸部脇下に"掌打"を喰らわせる。
絡新婦『ぐッ…! げぇぇぇェェェェ!??』
苦痛に悶える絡新婦を意に介せず、掌打を当てたまま、其処に在る咒符を抑えながら、更に続ける。
黒い男「ナウボウ・アキャシャ・ギャラバヤ・オン・アリキャ・マリ・ボリ・ソワカ!」
唱えると、右手が金色に輝き、抑えた手の中に在る咒符を中心に、清廉な輝きと共に衝撃が放たれる。
絡新婦『な…!? がああァァァァァァァァァ!!』
苦しむ絡新婦を尻目に右手を離すと、左手に顕現させた"閻魔"の柄を握ると、"力"を込めた右手が黄金色に輝く。
そして、瞬速で行う抜刀。
黒い男「ふッ!」
その抜刀は、絡新婦の胸部を横薙ぎに一閃した。
絡新婦『かっ…!』
更に切り返す刃を、高速で絡新婦に打ち込む。
黒い男「そらそらそらそらそらそら!!」
その瞬速の連続斬りは、眼にも止まらぬ速さで絡新婦を細切れに斬り刻む。
その欠片は、余りの速さにまだ中空から床に落ちて来ない。
黒い男「…! コレか…!」
ユックリと落ち始めた欠片がある中、在る一点を、刀の先端で貫く。
そしてゆるりと"刀"を引き抜くと、その先端には、脚をもがれボロボロになった女郎蜘蛛が突き刺さっていた。
それを切欠に、中空に停滞していた欠片が、バラバラと床に落ちていく。
黒い男「アレだけ言っといて…四百年生きても、ガワ剥いじまったらこんなモンか…
お前の罪を贖え」
最後は蔑む様に冷たく吐き捨てた。
踵を返しつつ刀を蜘蛛から引き抜き、振り下ろした後、ゆるりと納刀する。
出口に向かい歩き出し、カチンという鞘に収まった音がすると同時に、"刀"はもう其処には無かった。
黒い男を背に、真っ二つになった女郎蜘蛛が、床にぱたりと落ちた。
青い男の元へ向かうと、壁にもたれ座り込んでいる。
黒い男「帰るぞ 歌舞伎町組合に連絡して終わったって伝えろ 事後処理は早めにってな
でないとガスが充満して面倒になるぞって」
言いながら防音ドアを開ける。
青い男「…りょーかい」
言いつつ壁伝いに起き上がりながら携帯を弄りつつ、黒い男のいる防音ドアに向かう。
青い男「てえか…怪我人スよ…? おれ…」
黒い男「技量不足だろー」
青い男「六時間くらいじゃムリスよ…初実戦であんなクソデケェ蜘蛛相手に、上手く行くもんじゃ…」
黒い男「面白くないぞー」
蜘蛛繋がりの部分を無理矢理見付け、ツッコむ。
青い男「違いますよ…! クモ繋がりでダジャレとか言うワケねーでしょ!」
ワッサワッサしながら述べる。
黒い男「もちっと面白いのにしろよー寒いぞぉー」
ふざけた様に言う。
青い男「…電話してンスケドね」
耳に当てた携帯を指差して言う。
黒い男「おー んじゃー電話で早く伝えてくれメンス」
煽る。
青い男「解りましたよ…!」
黒い男「コレに懲りたら普段から精進しろよー」
最後だけ真面目。
青い男「ハイ… あ、もしもし? 歌舞伎町商店組合ですか? あー依頼の件なんですけど…」
その声が誰も居なくなったロフトに響いた。
五
―9月10日(木)午後2時頃―
―都内某所―
薄暗い部屋のデスクに青い男が椅子に座り、ノートPCの画面を閲覧している。
そこに、入り口のドアが開く音がし、階段を下りてくる足音が聞こえる。
黒い男「よォーし、始めるかァー」
そう言って部屋に入ってくると、空いている方の椅子に座った。
青い男「あぃース」
と、青い男が、気を抜いた様な返答だが、適当ではない返しをする。
黒い男「さ、今回の事件だが、案の定"大罪"だったな 絡新婦に取り憑いた」
ノートPCを弄りながら告げる。
黒い男「そもそもヤツは四百年以上生きた女郎蜘蛛
絡新婦が美しい女の姿で男を拐かし食らうっていうのは、各地に残ってる」
青い男「へぇ…
でも、そんな四百年も経たBBAが、今風なバンド活動とか…なんでですかね? 糸とかなら着物屋とかじゃないンスかね」
首を傾げつつ疑問を述べる。
黒い男「あぁそれはな、絡新婦は琵琶を弾いて男を魅了すると在る ソレからだろうな」
青い男「はー今風ッスねぇ… あ、あと絡新婦と対峙した時、力が入らなくなったンスけど、もしかしてアイツ毒持ちですか?」
黒い男「そもそも女郎蜘蛛は毒持ちなんだが大した量じゃない
恐らく"妖力"で強化したんだろう
だからプロパンで中毒になった時、弱った事で、"妖力"も弱まったんだろうな」
青い男「あー…だからあの後動けるようになったのか…」
黒い男「その"妖力"で、身体に他人のパーツを貼り付けて人間にも化けてた」
青い男「ゾッとする話ッスよね…」
強張った顔で述べる。
黒い男「ヤツの"欲"に対する"大罪"は―…」
青い男「その前になンスけど」
挙手をする様な仕草で割って入る。
黒い男「おう?」
青い男「なんで"大罪"が、あの蜘蛛に? 人じゃないのに…」
黒い男「それには二つ在ってな、一つ目が、さっき話した、人間のパーツを纏って、人間になっていたってトコロか」
青い男「あ、人間と同じ格好、生活をし、人間と同じ考え方をしてたからって事か…!」
右手の拳を左掌にぽーんと押し付け。
黒い男「そ 人だからこそ、人の定めた人の業を知り、"大罪"に憑かれた」
青い男「なるほどね…」
黒い男「もう一つ…」
そこまで話しかけて、
青い男「あ、あ、あ」
青い男が疑問を投げ掛ける。
青い男「そもそも"大罪"って"人"以外にも憑くンスかね?」
もっともな疑問だった。
黒い男「それならな、今回の"蜘蛛"ってのがポイントでもある」
青い男「どーゆー事ッスか?」
黒い男「"蜘蛛"は、"七つの大罪"に措ける、"強欲"を象徴する生物であり、仏教に措ける"貪欲"も"強欲"と全く同じ意味だ」
青い男「蜘蛛が象徴…?」
黒い男「そう だからあの絡新婦は、欲が深く、隠そうともしない"強欲"さで行動していたのかもしれない」
青い男「だからか…でも、あんな事やってたらいずれバレてエライ事になるトコでしたよね…」
黒い男「それが欲に憑かれた特徴だろうな
貪り、飽く事を知らない… "十の大罪"も"七つの大罪"も同じ"欲"の"罪"だ
だから…煩悩払いの"虚空蔵菩薩"の真言が効いた」
青い男「ああ…あの最後の…」
思い出しながら答える。
自分が、持ってきた咒符を貼り付けるというのが今回の役割であり、貼り付けている間一人、黒い男がプロパンを準備する時間を稼ぐ―というのが作戦だった。
が、
黒い男「しかしお前…アレじゃ昨日教えた事出来てないからなー 鍛錬しろ」
青い男「だからやりますって…てか六時間じゃムリッスよ…!」
黒い男「ま…必要性は追々解るだろうから、忘れんな」
マジなトーンで告げる。
青い男「了解です」
なのでその雰囲気を察し、真面目に返答する。
黒い男「そいじゃ、以上を踏まえて、『OrACle』に依頼終了報告をする
今日は以上だ」
青い男「りょーかいです…っと」
そう言いつつ、椅子から立ち上がり、部屋を出て行く。
青い男「つかあんなプロパンの知識どこで手に入れたンスか?」
黒い男「ん? あー 大暮維人のマンガ」
青い男「マンガかよ…」
静寂が支配した部屋に、その階段を上る足音だけが聞こえ、やがてドアから二人が出て行き、閉じる音と共に、静寂が辺りを包んだ。
―糸絡みて魅惑せし不夜の城―
―完―
―目黒夜歩き紀行― へ続く…
―その三ヶ月後―
目黒不動にて、新たに事件が起きる…
―目黒夜歩き紀行―
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