井戸水をわけてもらう
毎日1000文字を目標に続きを書いています。
隔日で更新できるように頑張ります。
この国で獣人がどう思われているか。
それを知る機会は、すぐに訪れた。
長旅をする上で、面倒くさいのが飲み水の管理だ。
純粋な水は腐らないらしいが、自然界にそのような水は存在しない。
池や沼の水は論外だし、川の水でさえ上流にある町の生活排水で汚れていることがある。
一応、出発の日に、井戸から汲み上げた地下水を木樽に入れて持ち運んではいるものの、常温保存なので問題なく飲めるのは数日が限度。
生水を飲んで腹を壊すというのは、衛生面でも精神面でも避けたいところだ。
そこで、俺たちは適当な農家を見つけて、井戸水を分けてもらおうとしたのだが、その時にこの世界の人間の、獣人に対する反応というものを知ることができた。
*
農村地帯では、町と比較すると家と家の間隔が開き、目に見えてまばらになる。
俺はその中でも、他の家との距離が最も離れている家に目を付けて、その家から出てきた老夫婦に声を掛けることにした。
「あいつらにしよう」
『あの二人に決めた理由はあるんですか?』
(年寄りだから弱そうだし、片方を人質に取れば、多分、逃げないから)
『山賊目線の発言は止めましょうね。評価が下がりますから』
俺は山田の諫言を聞き流しつつ、荷物から帽子を取り出して、それをライカに被せた。
職人に頼んで作ってもらった、地球でいうところのキャスケットのような帽子だ。
これならば、獣の耳をすっぽり隠すことができる。
「尻尾も服の中に隠しておけ。獣人だってことは打ち明けるけど、そのタイミングは会話の流れで俺が決める」
「わ、分かりました」
ライカは緊張した様子で、帽子を目深に被った。
「ハウンドは幌の中に隠れてろ。お前は誤魔化しようがない」
「はいはい。まあ、頑張れよ」
ハウンドは興味なさそうな様子で、さっさと幌の中に引っ込んでしまった。
「じゃあ、行くぞ」
俺はライカの肩に手を置いて安心させると、遠くで野菜の収穫をしている老夫婦に向かって大きく手を振った。
「おーい!」
高齢だが、耳が遠いわけではないらしい。
大声で呼びかけると、老夫婦はすぐ俺たちに気が付いた。
「井戸の水を分けてくれー!」
更に大声で呼びかけると、二人はこちらに向かって手を振り返してきた。
多分、承諾の意思表示だろう。
「よし。まずは第一段階クリアだな」
俺はライカの手を引いて老夫婦に近づいていく。
作業の手を止めて俺たちを待っていた老夫婦は、俺が近づくにつれて、あからさまに表情を強張らせ、動揺しはじめた。
まあ、これも予想どおりの反応だ。
「俺がデカいから、驚いたんだろ?」
「え、あ、ああ。びっくりしたよぉ」
老夫婦の爺さんの方が、こくこくと頷きながら、慌てて返事をする。
「デカいせいで、しょっちゅう鬼人と間違えられるんだよ。酷い話だろ?」
「それは大変だねぇ」
今度は老夫婦の婆さんの方が頷く。
「俺たち王都に行く途中なんだけど、木樽に入れておいた水が悪くなっちゃったから、井戸の水を分けてほしいんだ」
「ああ、それくらいなら構わないよ。家のすぐ横にあるから、好きなだけ汲んでいきな」
最初は怯えたようにしていた爺さんも、いざ会話をすると、危険ではないと判断してくれたのか、気さくに応答してくれるようになった。
「この辺は、魔王軍の影響は無いのか?」
「この辺りはまだ平気だねえ」
「俺たち大森林の方からやって来たんだけどさ、あっちの方は結構ヤバかったんだ。人類軍が優勢になってからは、平和になったけどさ」
「そうなのかい?」
世間話をしながら、ライカに馬車を家の庭先まで移動させるように指示を出す。
ライカは頷いて、帽子を手で抑えながら馬車に戻って行った。
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