転移(ただし高確率で死ぬ)
きりのよいところまで毎日投稿できるように頑張ります。
深い眠りだった。
夢も見なかった。
俺が目を開けると、そこは暗い部屋の中だった。
(夜か? 此処は……山田の仕事部屋じゃないのか?)
室内は静寂に包まれており、人の気配は無い。
まさかとは思うが、山田の奴、人の命を奪っておきながら定時帰宅をしたのだろうか?
(だとしたら……殺す)
『覇王丸さん。そこは病院です』
と思っていたら、声が聞こえた。
(山田、いたのか)
『はい。――――実は残念なお知らせがあります』
随分と弱々しい声だった。
『事故の後、覇王丸さんは救急車で病院に搬送されて、そこで精密検査を受けました』
(それはそうだろう)
『その後、集中治療室に入れられたのですが――――死にませんでした』
喉の奥から絞り出すような声で、山田は衝撃の事実を告白した。
(は?)
『だから、死ななかったんですよっ! おかしいでしょ! しかも、検査の結果、全身打撲と脳震盪って! 百歩譲って、複雑骨折と脳挫傷でしょうが!』
(ぶち切れてる)
『切れるわ! もう、あんたの殺し方が分かんねぇわ!』
山田は自暴自棄になっていた。
それにしても、あれだけの交通事故に遭ったのに、全身打撲で済むとは驚きだ。
毎日、牛乳を飲んでいたので、骨が丈夫になったのかもしれない。
(目論見が外れたようだな。それで、どうするんだ? 諦めるのか?)
俺としては、そうしてもらえると非常にありがたい。
『いえ。残念ながら、諦めるという選択肢はありません。なので、次はこの病院の医者と看護師を洗脳して、夜中に刃物で滅多刺しにしてやろうかと考えたんですけど――――』
(お前、サイコパスだろ?)
発想が常人のものではない。
『諸事情により、諦めました』
山田は深々とため息をついた。
『実は、もう、奇跡ポイントが残っていないんです』
(何の話だ?)
また、耳慣れない言葉が出てきた。
『奇跡を起こすのに必要なポイントのことです。まさか、トラックに撥ねられて生還するとは思っていなかったので、ぎりぎり転生一回分しか残していなかったんです』
最後の電流攻撃が余計でした、と。山田は悔しそうに語った。
『覇王丸さん、自殺してくれません?』
「絶対に嫌だ」
思わず声に出してしまった。いけしゃあしゃあと何を言い出すのか、こいつは。
俺の中で山田のサイコパス疑惑が更に深まった。
『そうなると……。もう、これしか方法がないですね』
(何だ?)
『転移です』
山田がそう言うやいなや、突然、目の前の空間がぐにゃりと歪み、黒い穴が出現した。
(おいっ。なんか、穴が開いたぞ!? 何だこれは!?)
『転移とは、生きたまま異世界に渡ることです。転生とは違い、死ぬ必要がありません』
山田は俺の質問を無視して、転移の説明を始めた。
『ただし、死ぬほど苦しいので、転移する過程で、ほぼ確実に死にます』
(だから、この穴は何だ!?)
そうこうしているうちに、黒い穴は徐々にその大きさを増していく。
ちょうど俺の腹の上に出現しているため、体を起こすこともできないし、ベッドには転落防止用の柵が付いているため、横に転がって逃げることもできない。
『それは次元の歪みです。世界の出入り口――――まあ、ブラックホールみたいなものです』
(飲み込まれたらどうなる!?)
『ほぼ確実に死にます』
「山田ぁぁぁ――――!」
絶叫は、殆ど音にならなかった。
次元の歪みに接触した瞬間――――俺の体は掃除機に吸い込まれるゴミの如く、上下左右が滅茶苦茶になった空間に放り出された。
*
『すみません! これしか方法がなかったんです! 転移が失敗しても、魂は向こうの世界に渡りますから! 僕が必ず転生させますから!』
山田の声が頭の中で反響しているが、俺はそれどころではなかった。
「うぐっ……うがぁぁぁぁぁ――――
今朝の交通事故の比ではない。
まるで、酸の海にでも浸かっているかのように、頭からつま先まで、全身が余すところなく痛み、悲鳴を上げている。
四肢が捻じれ、上下左右に同時に引き裂かれようとしている。
目を開けただけで、フォークで突き刺されたように痛む。
(息ができない……! 苦しい……)
大きく息を吸い込んでも、体内に酸素が取り込めない。それどころか、肺が焼けつくように熱い。
網の目を引き裂くように血管が切れて、目から、鼻から、耳から、血が溢れてくる。
(駄目だ……これはもう……)
山田の声も、もはや何を言っているのか分からない。
やがて、世界から音が消え、
色が消え、
鉄っぽい血の味もしなくなり、
最後は痛いという感覚もなくなった。
嵐の海に飲み込まれるように、あっけなく俺の意識は途絶えた。
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