この瞬間を境に何かが変わるかもしれない
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「な、なぜ、殴ったんだね?」
俺が失神したオズの足を引きずって、サルーキの隣に転がしてやると、それを見守っていた元市長が、混乱した様子で尋ねてきた。
「そりゃあ、殴るだろ。俺たちが出て行った後で、追っ手を差し向けられたら困るし」
「しかし、そんなことをするようには見えなかったが……」
「サルーキが目を覚まして、俺たちを追いかけろと命令してもか?」
「あ」
さすがに元市長も理解したらしい。
オズは、良く言えばサルーキの忠実な副官、悪く言えば盲目的な腰巾着だ。
オズがサルーキに対して、自分の意見を押し通すところを見たことが無い。
もし、意識を取り戻したサルーキに命令されれば、オズは俺たちとの約束を反故にして、後ろから刺してくるだろう。
「それが自分でも分かっていたから、俺の攻撃を避けなかったんだろ」
そのように考えると、無抵抗で殴られたのは、俺たちに対する不器用な義理立てだったと受け取ることもできる。
「上官と運命を共にするつもりだったのかもな。こいつにも覚悟があったってことだ」
「……そうか。なるほど」
元市長は何かを察したように、何度も深く頷いた。
「死を覚悟している……。彼もまた、私と同じということか」
「それは失礼だろ」
「え?」
「……」
「ど、どっちに対して? どっちに対して失礼なのかね!?」
(うるさいな……)
私に対してだよね、と。
詰め寄ってくる元市長を押しのけて、俺はライカに歩み寄った。
「……何やってんだ?」
「あ、いえ」
見れば、ライカは涙ぐんでいた。
「お前、そんなに泣き虫だったっけ?」
「ご、ごめん……なさい。なんだか、あの人の最後の言葉を聞いたら、悲しくなって……」
獣人が人間と相容れることなどあり得ない、というやつだろうか。
馬鹿げた話だ。
「気にするな。別に、こいつらとライカが同じってわけじゃない」
「はい。そうですね……」
慰めながら、ライカの頭を撫でる。
「そもそも、獣人と人間がよろしくやった結果、ライカが生まれてきたんじゃないか」
「……」
その瞬間、ライカの獣の耳が、警戒するようにピクッと起き上がった。
「具体的に言うと、ボルゾイとライカの母ちゃんが――――
「やめてくださいっ!」
食い気味に怒られた。
『このデリカシーの無さよ』
「お前、どうしようもない馬鹿だな……」
山田とハウンドが、呆れたような声で呟いた。
*
「それより、そろそろ脱出した方がいいな。今、港が面白いことになってるぜ」
「何だよ?」
ハウンドに促されて、ライカと一緒に窓の外を見ると、たしかに面白いことになっていた。
港に停泊中の帆船――――最初の一隻だけではなく、桟橋に接岸しているすべての帆船が、炎上していたのだ。
「どうやら、最初に点いた火を、うまく消せなかったみたいだな。風向きのせいもあるだろうが、もたもたしている間に燃え広がって、ご覧のありさまだ」
帆からマストに、更に係留しているロープにも引火して、さながらキャンプファイヤーか山火事のようになってしまっている。
ここまで火勢が強くなってしまうと、もうバケツリレーで消すことは難しいだろう。
「これは……。もしかすると、今、この瞬間を境に、情勢が引っ繰り返るかもしれん……」
元市長がいつになく真剣な表情で呟いた。
「こうしてはいられない。覇王丸くん、私たちも脱出しよう!」
「そうだな」
「鍵を貸してくれたまえ!」
元市長は俺から備蓄倉庫の鍵を受け取ると、先陣を切って走りだした。
「私が案内しよう! さあ、付いて来たまえ!」
「急に仕切りだしたぞ。なんだあいつ」
「まあ、いいじゃねぇか。遅くなっても良いことはねぇんだ」
ハウンドがさっさと行けと、俺の背中を叩く。
「覇王丸さん、行きましょう」
「ああ」
俺はライカに手を引かれて、元市長の背中を追いかけた。
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