勇者VSトラック 勝負の行方は・・・
きりのよいところまで毎日投降できるように頑張ります。
続きはまた明日投降します。
気が付くと、再び交差点に立っていた。
(マジで時間が戻っているのか?)
にわかには信じられないが、たしかに、交通事故はまだ起きていない。
隣を見ると、自分の腰ほどの背丈もない女の子が、おとなしく信号が青に変わるのを待っていた。
(間違いない。トラックに撥ねられた女の子だ。……随分と小さいな。幼稚園児か?)
『小学生だよ! あんたがデカすぎるんだよっ!』
(山田か!?)
聞き覚えのある声に、思わず周囲を見回してしまった。
(お前、頭の中に直接――――)
『いいから集中して! そろそろ女の子が飛び出しますよ!』
(くそっ! 幻聴が聞こえる!)
『幻聴じゃねぇ! 現実だ!』
耳を塞いでも聞こえる山田の声に顔をしかめつつ、交差点の先を見ると、先程、交通事故を起こしたトラックがこちらに走ってくるのが見えた。
あのトラックは、この後、信号が黄色に変わっても減速することなく、交差点に突っ込んでくる。
再び女の子に視線を戻すと――――
(何だ?)
不思議なことが起きた。
女の子の鞄に付けられたキーホルダーの鎖が、突然、音もなく消えたのだ。
キーホルダーは落下して、路上をコロコロと転がっていく。
それに気が付いた女の子は、キーホルダーを拾うために車道に飛び出してしまう。
先程の記憶の再現だった。
「陽菜ちゃん!」
「――――は?」
ここで、前回とは異なることが起きた。
女の子の母親と思われる女性が、娘を助けようと、身を乗り出した拍子に、前に立っていた俺にぶつかってしまったのだ。
女の子の母親と俺とでは、多分、二倍かそれ以上の体重差がある。
それでも、後ろから完全な不意打ちで体当たりをされれば、さすがの俺も一歩か二歩はよろけてしまう。
結果、女の子の母親は歩道に尻もちをつき、俺は押し出されるようにして、車道に一歩、踏み出してしまった。
信号はまだ赤。
目の前には、トラックと、立ちすくむ女の子。
『さあ、これで女の子を助けるしかなくなりましたよ!』
(山田! お前の仕業か!)
今更、俺たちの存在に気が付いたトラックが、悲鳴のようにクラクションを鳴らす。
どうやっても、避けられるタイミングではなかった。
『女の子を助けてください! 覇王丸さん!』
(くそ! 覚えてろよ、この野郎!)
俺は悪態をつきながら女の子を抱き寄せ――――
その直後、背中にとんでもない衝撃が加わった。
(あ、これ、駄目なやつだ)
全身が音を立てて軋む。
踏ん張るとか、受け流すとか、そんなことができるレベルではない。
俺はインパクトの瞬間のゴルフボールのように、成す術もなく撥ね飛ばされた。
(痛い……っ! とんでもなく痛い……っ!)
『あ。奇跡で痛みを消すのを忘れてました』
(山田ぁ!)
怒りのあまり、飛びかけていた意識が一瞬で正気に戻った。
アスファルトに叩きつけられるまで、あと数秒。
時間がゆっくりと流れているように感じる。
これが走馬灯というやつだろうか?
この極限まで引き延ばされた時間の中で、今までの人生を振り返れとでもいうのか?
――――理不尽すぎる。
(まだだ! まだ諦めない! 女の子をクッションにして地面に着地すれば、生存の可能性がワンチャンある!)
『そんなことさせるか! 腐れ外道が! これでも食らえ!』
「うがぁっ!」
その瞬間、脳天から電流のようなものが走り、体の自由が効かなくなった。
俺は奇跡的に女の子をしっかりと抱きかかえたまま、奇跡的に背中からアスファルトに叩きつけられた。
後頭部に強い衝撃を受けて、そのままゴロゴロと転がる。
頭が痛い。
腕が痛い。
背中の感覚がもう無い。
関節が変な方向に曲がっているような気がする。
恐らく、今の俺は生きているのが不思議なくらい、見るも無残な状態になっているだろう。
だが、女の子は――――
『覇王丸さん! やりましたよ! 女の子は無傷です! 覇王丸さんの大きな体が役に立ちました!』
(そりゃあ、よかったな……)
もう、恨み言を口にする気力も無かった。
でも、女の子が助かったのなら、何よりだ。
勿論、自分が助かるのが一番なのだが、犬死ではないだけ、まだマシだと思える。
俺は命の尊さを噛み締めるように、女の子の体を抱きしめ――――
(ふにふにしてる)
右手で女の子の尻を触っていることに気が付いた。
(人生の最後に、幼女の尻を触って死ぬのか……。そんな人生もあるのか)
『ねぇよ! さっさと手を放せ!』
(無理だ。もう腕も手も動かせない)
ふにふに。ふにふに。ふにふに。
『指が動いてるじゃねぇか!』
「うがぁっ!」
再び、脳天を突き抜けるような電流が、俺を襲った。
全身の自由が効かなくなる。視界が霞み、意識が朦朧としてくる。
(さすがに限界か……)
この場合、俺は交通事故で死んだことになるのだろうか?
世界中に山田という守護天使のふりをした快楽殺人者がいることを知らしめてやりたい。
そんなことを考えながら、目を閉じようとすると――――
今まで俺の胸にしがみ付いていた女の子が、ゆっくりと顔を上げた。
「……お兄ちゃんが助けてくれたの?」
「そうだ」
「血が出てるよ……? お兄ちゃん、死んじゃうの?」
「……」
そうだ、と言いかけて、俺は口を噤んだ。
女の子が泣きそうな顔をしながら、小さい手を伸ばして俺の頬――――恐らくは血が滲んでいる箇所に触れたからだ。
そんなことをしても痛みは引かないし、傷口も塞がらない。
だが、少しだけ、心が軽くなった。
「泣くんじゃない。心配するな。俺は、トラックとぶつかったくらいでは死なない」
『あ。一応、カッコはつけるんですね』
外野がうるさいが、本当に最後の力を振り絞っているので、反論する余裕は無い。
「怪我はしていないな?」
「うん」
「ならいい。ほら、立てるなら、母親のところへ行け」
俺は、遠巻きに眺めている野次馬の中、自分の娘が死んだと思い込んで、呆然と座り込んでいる女の子の母親を指差した。
「……お兄ちゃんは?」
「病院に行けば、すぐに治る。だから、早く行け」
俺が頷いてやると、女の子も頷き、そして、立ち上がった。
生きているぞ! という野次馬の声が聞こえた。
母親の泣き声が聞こえる。嬉し泣きだ。
なんだ――――案外、悪くないじゃないか。
俺は満足して、意識を手放した。
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