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勇者 VS サルーキ(後編)

きりのよいところまで毎日投稿できるように頑張ります。

「上等だ!」


 間髪入れず、俺はサルーキに突進する。そのまま勢いに任せて、渾身の右ストレートを打ち込む。


 不意打ちでも何でもない、ただの直線的な攻撃だ。


 サルーキはサイドステップであっさりとそれを回避する。


 だが、俺は振り抜いた右腕をそのまま振り回すようにして、今度はラリアット気味の裏拳を叩き込んだ。


「ちっ。 ――――っ!?」


 今度は避けられずに、攻撃を受け止めようとしたサルーキは、だが、圧力に押し負けて、弾かれるように数歩後退した。


「どうした? 随分と軽いな?」


「調子に乗るな!」


 俺の嘲笑に激昂して、今度はサルーキが間合いを詰める。


 顔面にパンチ――――と見せかけて、先にボディブローが一発。


 次いでコンビネーションのパンチが一発、二発と、俺の顔面を捉えた。


「うらぁっ!」


 俺は打ち終わりを狙って拳を振り下ろすが、サルーキはバックステップで距離を取り、再び身構える。


 どうやら、回避優先のヒット&アウェイに戦法を変えたらしい。


(こっちには殴らせずに、一方的に嬲るつもりか)


 それならば、俺としてはガンガン攻めるだけだ。


「逃げんな! この卑怯者が!」


 俺は怒りの形相を浮かべ、罵声を浴びせながら、単調な突撃を繰り返した。


 今は致命傷さえ負わなければいい。


 大事なのは、休む暇と考える時間を与えないこと。


 そして、部屋の角に追い詰めて、逃げ道を塞ごうとすることだ。


 サルーキは愚直な攻撃を繰り返す俺を見て、楽勝だと判断したらしい。


 表情に愉悦が浮かび始めた。


「どうした! やはり、体がデカいだけか!」


「うるせぇ!」


 拳を振りかぶる――――そのすきに一発、殴られる。


 拳を振り下ろす――――そのすきに一発、殴られる。


 もう、何発殴られたのか、分からない。


 恐らく、十発以上は殴られているだろう。


 だが、まだ戦える。


「打たれ強さだけは大したものだな! だが、これで終わりだ!」


 サルーキは俺のフックを屈んでかわすと、今までよりも深く踏み込んで、恐らくは全体重を乗せた渾身の一撃を打ち込んできた。


 ちょうど、ボクシングでいうところの肝臓打ちが、俺の胴体に突き刺さる。


 一瞬、体が浮かび上がるような衝撃に貫かれて、俺はその場に膝をついた。


 両腕で体を支え、四つん這いに近い状態になる。


 敵に後頭部と背中を晒して動けない状態。


 これが格闘技の試合なら、ここで勝負ありの判定が下されるだろう。


「はははははは! この程度の実力でよくも大きな口が叩けたものだなぁ!」


 頭上からサルーキの哄笑が聞こえる。


 俺は肩で息をしながら、じっと床に映る影に目を凝らしていた。


(馬鹿なのはお前だ)


 これはスポーツではない。


 喧嘩――――もっと言ってしまえば、殺し合いだ。


 窮鼠猫を噛むという諺もある。


 死なない限り、負けではないのだ。


「本当に鬼人の血を引いているのか!? まったくもって疑わしいほどだ! 頭に角が生えていなければ――――


 その時、饒舌だったサルーキの言葉が急に止まった。


 俺は油断なく影に目を凝らす。


 サルーキは、床に這いつくばる俺を上から見下ろしているようだった。


 不意に髪を掴まれる。頭に巻き付けた飾り物の熊の牙が、むしり取られる。


「貴様! いったいこれはど――――――――っ!」


 再び、サルーキが言葉に詰まった。


 ただ、今回はサルーキが自発的に言葉を止めたのではない。


 俺が黙らせたのだ。


 サルーキの意識がフェイクの飾り物に集中する一瞬のすきを狙って、俺は腕を力任せに振り上げ、ちょうどいい高さにあるサルーキの股間を強打していた。


(スポーツなら反則だけどな。喧嘩なら常とう手段なんだよ!)


 獣の血が濃い獣人でも、関節技や急所攻撃が有効なことは確認済みだ。


 そして、これで終わりではない。


 俺は動きの止まったサルーキの腰に掴みかかると、その巨体を担ぎ上げた。


 目の前には――――おあつらえ向きな窓がある。


 俺が執拗に部屋の隅に追い詰めようとした成果だ。


 案の定、こちらの意図を読み取って、逆に窓際の広いスペースに移動してくれた。


 窓は閉じているが、ただの木枠だ。


 ――――大きな物をぶつければ、破壊は容易い。


「き、貴様っっっ!」


 俺が「しようとしていること」に気が付いたサルーキが、慌ててしがみ付こうとする。


 だが、遅い。


「犬っころは、外を散歩でもしてこい!」


 俺はあらん限りの力で、サルーキを窓の外に向かって放り投げた。


 木枠ごと窓が破壊される音。


 地上十メートルの上空に放り出されて、愕然とした表情を浮かべるサルーキが、


(首の骨でも折って死にやがれ!)


 親指で首をかき切るジェスチャーをする俺の視界から消えた。


「よっしゃ! 俺の勝ちだ!」


 俺は両腕を掲げて、派手にガッツポーズを決めた。

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