もう、すぐそこ
きりのよいところまで毎日投稿できるように頑張ります。
次回から第一章のボス戦です。
「――――見えた。もう、すぐそこだ」
先頭を歩く元市長の声が、急に低く、小さいものに変わった。
「突き当りに両開きの扉が見えるだろう? あそこが私の執務室だった場所だ」
「今は敵のボス部屋になっているわけだ」
執務室の側には、見張りが一人。
「あいつ、邪魔だな」
「また、袋叩きにするか?」
床には絨毯が敷かれているため、足音くらいならかき消してくれる。
だが、さすがに集団暴行の音までは消してくれないだろう。
「そもそも、声を出されたら一発でバレるだろ」
「じゃあ、口を塞いで……」
俺たちは声を潜めて物騒な打ち合わせをした。
「うっ……!」
まず、執務室から離れた場所で、元市長が腹を抑えて蹲る。
「すまない、ちょっと来てくれ」
ハウンドが困ったような顔をして、見張りに手招きをする。
この時、できるだけ小声で話しかけるのがポイントだ。
相手が空気を読むことのできない馬鹿でない限り、味方(暫定)から小声で話しかけられたら、それに合わせて音を立てないように行動してくれる。
「どうした?」
「それが、こいつが急に苦しみだしたんだ」
「ん? 誰だ、こいつは? そもそ――――っ!?
見張りが元市長に気を取られて背中を向けた瞬間、俺は両手の縄を解いて後ろからチョークスリーパーを極めた。
すかさずハウンドと元市長が見張りの口を塞ぐ。
三秒後には、失神した魔王軍の兵士ができあがっていた。
『手際が良すぎる……。犯罪者集団かな?』
(誉め言葉として受け取っておく)
俺たちは気絶した見張りを担いで、いったん執務室の隣の部屋に移動した。
「どうする? こいつ、しばらくしたら目を覚ますぞ?」
「取り敢えず、紐で縛っておこう」
「捕まったふりはどうするんだよ?」
「ここまできたら、もういいだろ」
元より、敵の雑兵を油断させて、余計な戦闘を避けるための小細工だ。
狙い通りに消耗戦を回避してサルーキの喉元に辿り着いた今、もう縛られたふりをする必要は無い。
俺たちは元市長の両手に巻き付けていた紐も使って、見張りの両手と両足を拘束した。
「これで、執務室で暴れても、すぐに援軍がやってくることはないな。後はサルーキを倒すだけだ」
「いや。副官のオズもいるはずだぞ」
「あの魔法使いか……」
山田曰く、他人の魔法を上書きするという高等技術を使って、森人の腕を燃やした狐の獣人だ。
俺は魔法を使えないので上書きされる心配は無いが、当然、高等技術ではない普通の魔法も使ってくるだろう。
「後ろから魔法で攻撃されるのは勘弁してほしいところだな」
『ライカちゃんがいるなら、人質に取られないようにする必要もありますよ』
ハウンドと山田が、注意点を指摘していく。
(あーもう。次から次へと……)
あと一歩――――間違いなく、あと一息のところまで来ているのだが。
最高の結末に辿り着くためには、まだ一山越えなければいけないらしい。
「おっさん。悪いんだけど、この部屋で待っていてくれないか?」
「は?」
「こいつが目を覚ましたら困るから、見張っていてくれ」
俺は、足下でノビている見張りの兵士を指差して言った。
「目を覚まして大声を出されたら、敵が駆けつけてくるかもしれない。だから、その時はまた首を絞めるなり、頭を殴るなりして、眠らせてくれ」
「――――分かった。私に任せてくれ」
元市長はしばらく沈黙した後、自分の胸を叩いて力強く頷いた。
「すまない。私にもっと腕っ節があれば、君たちの力になれたのだが」
「む」
どうやら、遠回しに戦力外通告したことを見抜かれてしまったようだ。
「私は此処で死ぬわけにはいかない。だから、身代わりなどの危険な役割を引き受けることもできない。何の役にも立てない以上、足を引っ張らないようにするべきだな。待たせてもらうよ。君たちがサルーキを倒して、この部屋に戻ってくるのを」
「ああ。待っていてくれ」
俺は力強く頷いて、元市長と固い握手を交わした。
男と男の厚い友情を感じる。
(もしかしたら、置き去りにするかもしれないけど……)
『最低だな、あんた』
(仕方ないだろ。物事には優先順位があるんだから)
そして、元市長の優先順位は下から一番目に低い。
勿論、できることなら助けてやりたいと思っているので、最初から置き去りが確定しているわけではない。
どうしてもやむを得ない場合は、の話だ。
まあ、それもこれもサルーキを倒すことが大前提なのだが。
「よしっ、行くぞ」
「おう」
俺とハウンドは互いの目を見て頷き合い、元市長に見送られながら執務室に向かった。
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