勇者と守護天使の邂逅(天使視点)
きりのよいところまで毎日投降できるように頑張ります。
守護天使になると、専用の仕事部屋が貸し出される。
応接室ほどの広さで、私物の持ち込みも可能。
ソファやバス・トイレも完備しているため、泊まり込むこともできる。
これだけでも十分に素晴らしいのだが、この仕事部屋の本当の凄さは別のところにある。
守護対象である人間の意識を、幽体離脱に近い状態で室内に召喚できるのだ。
入室する度に厳格な本人確認があったり、施錠を義務付けられていたりと、いろいろ面倒な手続きはあるものの、トータルで見れば恩恵の方が遥かに大きいと言えるだろう。
僕は悩んだ結果、担当する勇者――――鬼怒川覇王丸の意識を召喚して、あらかじめ事情を打ち明けることにした。
ハズレの勇者であろうと、性格に難があろうと、そんなことは関係ない。
事故に見せかけて死亡させた後、恩着せがましく「転生しませんか?」と話を持ちかけるのは、いくらなんでも横暴で不誠実すぎる。
「事前に説明する方が残酷だと思うけどね。だって、今回、天秤にかけられているのは世界の命運そのものなんだから」
上司はそんなことを言っていた。
それは、少数の犠牲で多数が助かるなら、当然、少ない方を犠牲にすべきだという考え方。
階級の高い天使ほど、まるで算数の問題を解くように、機械的な判断をする傾向がある。
その点、僕はまだ天使として未熟なのだろう。
でも、だからこそ、やりたいようにやろうと思う。たとえ自己満足だとしても。
僕は時間的に就寝中であろう鬼怒川覇王丸の意識を、室内に召喚した。
「――――でかっ!」
ソファの前に現れた覇王丸の巨躯を見て、僕は思わず叫んでしまった。
慌ててデバイスを取り出し、プロフィールの詳細に目を通す。
『身長:二百センチ
体重:百二十キロ
備考:成長期に毎日牛乳を飲んでいたら一年で身長が三十センチ伸びた』
(体格、恵まれすぎだろ……)
もはやプロレスラーと比べても何ら遜色のない肉体をしている。
もしかして、毎日牛乳を飲むという行為が、背を伸ばすための努力だと判定されてしまい、勇者の特性が仕事をしてしまったのだろうか?
(だとしたら、ガバ判定すぎるだろ……)
念のため、種族の欄を確認すると、ちゃんと「人間」になっていた。ちょっと安心。
「おい、此処はどこだ? お前は?」
肝が座っているのか。それとも夢の中だと思い込んでいるのか。
覇王丸は動じた様子もなく、ソファに腰を下ろして、僕に質問をしてきた。
「あ、はい。失礼しました。僕の名前は山田タロエルと申します。一応、天使です」
「天使?」
「はい、そうです。実は貴方は――――
僕は覇王丸の真向かいに座って、事情を説明した。
覇王丸が、間違って地球に生まれてきてしまった勇者だということ。
本来、生まれるはずだった世界で、人類が滅亡の危機に瀕していること。
転生してほしいが、そのためには、一度、死ななければいけないこと――――
覇王丸は特に口を挟むこともなく、静かに話を聞いていた。
「それで、ちょっと調べてみたんですが、明日の朝、通学途中の交差点で交通事故が起きそうなんですよ。女の子が一人、その事故で亡くなります」
これは、世界管理機構が誇る未来予測により導き出された、確かな情報だ。
世界管理機構は、監視対象である世界から、毎分、毎秒、膨大な量の情報を集積している。
その結果、必要な情報さえ揃っていれば、天気予報と同じようにごく近い未来に起こることを予測することができるのだ。
予測なので絶対ではないが、決まった時間に決まった行動を取る者が多いほど、その確度は高まる。
平日における通勤・通学の時間帯などは、その典型だと言える。
「通常、事故というのは、偶然の要因が重なって起こるものなのですが……。明日の朝、交通事故が起こる確率は、どういうわけか、極めて高くなっているんです」
つまり、何らかのイレギュラーな事象が因果律に干渉しない限り、明日の朝、女の子は黄色信号で交差点に突っ込んできたトラックに撥ねられて、死亡することになる。
「身代わりということになってしまいますが、この女の子を助けてあげませんか? 事故による痛みは、僕が奇跡を使って感じないようにします。意識を失って、目が覚めた時には転生が終わっているようにしますし、家族や友人が受けるストレスについても奇跡を使って最小限に抑えますので――――
そこまで言った時、それまでずっと沈黙していた覇王丸が、ドンッと苛立たしげに目の前の机を叩いた。
「……理不尽なことを言っているのは分かっています」
当然の反応だろう。どんなに取り繕ったところで、結局は「死んでください」と言っているのだから。その事実は変えようがない。
(……そうか。そうだよな)
僕は唐突に、自分のしていることが単なる欺瞞なのだと気づいてしまった。
真に誠実な対応をするのなら、覇王丸には拒否権を与えるべきなのだ。
嫌だと断られたら、僕はそこで諦めなければいけなかった。
だが、今回、覇王丸に拒否権は無い。
それは、一人の命よりも、百人の命の方が――――一つの世界の命運の方が、ずっとずっと重いからだ。
そんなこと、言われなくても分かっていたはずなのに、目を逸らしていた。
きちんと事情を説明すれば分かってくれるのではないかと、甘い幻想を抱いていたのだ。
「でも、こうするより他に方法が無いのです」
僕は、自分自身の浅はかさや、狡賢さや、それに対する怒りや後悔で、感情がごちゃ混ぜになって、土下座をするほどの勢いで深々と頭を下げた。
「どうか、ご理解ください!」
「分かった」
てっきり、罵声を浴びせられるものと思っていたが、意外なことに、返ってきたのは静かな承諾の言葉だった。
思わず顔を上げて、覇王丸を見る。
「もういいから、俺を現実の世界に戻してくれ」
何度も同じことを言わせるなと、目が語っていた。
そこにあったのは、諦観に近い、何かを悟った者の表情。
思わず、涙が零れそうになった。
たった十六歳の青年に、僕は何という悲壮な決意をさせてしまったのだろう。
「はい、では。どうか、段取りどおりにお願いします。通学途中の交差点です」
僕は泣くのを堪えながら、覇王丸の意識を現実世界に戻した。
スンと鼻をすする。
――――さすがは勇者だ。
ハズレだなんて、とんでもない。
彼こそは男の中の男。勇者の中の勇者だ。
覇王丸の決意に、
自己犠牲の精神に、
僕は全身全霊で報いなければならない。
(覇王丸さんと力を合わせて、世界を救うんだ。やってやる。やってやるぞ!)
僕は胸の奥で燃え盛りはじめた情熱をそのままに、徹夜で転生の準備を進めた。
そして――――
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