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港湾都市オターネスト

毎日投稿できるように頑張ります。

 大森林を抜けて、月明かりの下を歩くこと数時間。


 ハウンドの腹の調子は、地平線が白みはじめる頃にようやく小康状態になった。


「これで残り二日か……」


「しみじみと嫌な言い方をするなよっ!」


 休憩中、俺が余命を逆算して呟くと、案の定、ハウンドが食ってかかってきた。


 誰のせいだと思ってやがる、などと非難がましいことを口にしているが、そもそもの発端はハウンドが裏切ったことなので、自業自得だ。俺は悪くない。


「それにしても、森を抜けてから此処に来るまで、誰にも会わなかったな」


「そのために夜まで待ったんだから、当然だろ。それに、魔王軍に占領された都市につながる街道なんか、まともな人間は使わねぇよ」


 使うのは魔王軍くらいだ、と。


 ハウンドは痛みが治まったはずの腹を摩りながら、忌々しげに遠方を睨み付けた。


 その視線の先には、俺たちの目的地であるオターネストがある。


「気をつけろよ。夜が明けて、そろそろ農奴にされた港湾都市の連中が働き始める時間帯だ。当然、それを監視する魔王軍の連中もな」


 オターネストの郊外には、見渡す限りの麦畑が広がっている。


 山田の説明によると、魔王軍がオターネストの住人の多くを都市から追放し、そのまま農奴として働かせているため、元々、中規模程度の農業地域だった場所が、今では国内屈指の穀倉地帯になっているらしい。


『今後、戦線を一気に拡大するための布石でしょう。大量に援軍が送られてきても、食糧を確保できなければ、まともな運用はできませんから』


(もう、次の段階のことを考えているわけか)


 それにしても、魔王軍という言葉のイメージとは似つかわしくない堅実な戦い方だ。


 これならば、たとえ大量の犠牲者が出たとしても、イナゴの大群のごとく侵略した先を食い散らかしてくれた方が、人類側としては与し易かったことだろう。


このままでは、援軍が到着するまでの時間稼ぎに付き合わされて、魔王軍の掌の上で踊らされているようなものだ。


(でもまあ、それを何とかするのは俺の仕事じゃないな)


『いや、あんたの仕事だよ』


(うるさい。今はライカが最優先だ)


 俺はおっさんから受け取った熊の毛皮と牙を身に着けると、ハウンドに紐を渡して、両手を拘束されているように偽装させた。


「本当に縛ってないだろうな」


「大丈夫だよ」


 ためしに紐の先端を握った手を開くと、紐はすぐに緩んだ。


「ああっ! 縛り直しじゃねぇか!」


「いや、お前のこと信じてないからさ」


「いつまで疑うんだよ!」


 ハウンドは呆れたような顔で乱暴に紐を巻き直すと、ぐいぐいと何度か引っ張って、紐が不自然に弛まないかどうかを確認した。


「――――別に開き直るわけじゃないけどな。俺は今でも、自分の判断が間違っていたとは思っていないんだよ。そりゃ、ライカが連れて行かれたり、ボルゾイが大怪我をしちまったり、いろいろと想定外なことはあったけどさ」


 だってそうだろう? と、ハウンドは駄々っ子が同意を求めるように、俺を見る。


「あんたは魔王を倒すなんて嘯いているが、現状、魔王軍が世界を征服するのは、もう時間の問題じゃねぇか。それが何年後になるのかは分からねぇけど、少なくとも俺たちが生きているうちにそうなる可能性は高い。――――そうなった時に、農奴にされるのと、今までの生活を保障されるのじゃ雲泥の差だろ?」


 そして、獣人であるハウンドたちには、どちらかを選ぶことができた。


 魔王軍に従属して、今までの生活を保障されるか。


 魔王軍に抵抗して、農奴にされるか。


 それは自分たちだけの話ではない。末代まで続く話だ。


「俺は負けると分かっている勝負はしない主義なんだ。だから、今回も迷わなかった。あんたら人間や森人には嫌な話だろうが、共倒れになることに比べたら、付き合いの長い同族だけでも助かる方が遥かにマシだからな。たとえ、人間と戦うことを強いられたとしても、俺とボルゾイの二人が手を汚せば十分だろうと考えていたんだ」


 そして、ハウンドは自嘲気味に口角をつり上げた。


「――――でも、違ったんだな。あいつにとっては、死んだ女房との約束が、とんでもなく大事だったらしい。そこを読み違えちまった。結局、俺は一番付き合いが長い仲間のことも分かっていなかったってことだ」


「間抜けだな」


「そのとおりだよ」


 独白してすっきりしたのか、ハウンドはいつものふてぶてしい面構えに戻り、俺に背を向けて歩きだした。


「ちゃんと打ち合わせどおりにやれよ」


「口八丁なら任せておけよ」


 ハウンドは振り返らず、手を軽く掲げてみせた。

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