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ハウンドが腹を壊したようです

毎日投稿できるように頑張ります。

 結局、当初の予定どおり、暗くなるまで休憩を取りながら、オターネストに到着する時間を調整することになった。


 丸太小屋のベッドがまだ使える状態だったので、俺とハウンドは仮眠を取り、体力の回復に努めた。


 その間は、おっさんたちが交代で周辺の警戒をしてくれた。


 そして深夜になり――――ちょっとした問題が発生した。


 ハウンドが予定よりも早く、腹を壊したのだ。


「たくさん食べたから、症状が早く出たのかもしれないな」


 仮眠も取ったから、快食快眠で消化が促進されてしまったのかもしれない。アホな話だ。


「いったい、何個食べさせたんだよ」


「三つか四つだな。あいつには、もっと食べさせたと言ってあるけど」


「それは、さすがに同情するぞ……」


 おっさんは深々とため息をついて、俺に小型のナイフを差し出してきた。


「丸太小屋を探したら、これが見つかった。懐に隠し持っておけ。こんな物でも、いざという時には役に立つかもしれないからな」


 捕まったふりをして敵地に乗り込むという作戦の都合上、俺は丸腰でなければならない。


 だが、小型のナイフならば、服の内側に忍ばせておくことができる。


「助かる。ありがとう」


「あとはこれだ」


「何だそれ?」


 暗くてよく見えないが、おっさんが鞄から取り出した物は、絨毯のように丸められた毛皮と、首飾りのように装飾の付いた紐だった。


「お前が仕留めた巨大熊の毛皮と牙だよ。急ごしらえだけど、こいつを身に着ければいかにも強そうで、それっぽく見えるだろう?」


「本当かよ」


「何でもやらないよりはマシだ。それと、職人からの伝言で、その毛皮でお前に何か作ってやるから無事に帰ってこい、だってさ」


「まあ、善処する」


 俺が熊の毛皮を肩に引っかけて、そのなんとも言えない獣臭に顔をしかめると、ハウンドがふらつく足取りで戻ってきた。


 ちなみに、両手の紐は既に解いてある。


「よう。腹の調子はどうだ?」


「最悪に決まってるだろ!」


 物凄い形相で睨まれるが、視線を少し下に落とすと高速で腹を擦っているため、怖いどころか逆に面白い。


「口答えするなら、腹を押すぞ」


「や、やめろ!」


「オターネストに着くまでに腹痛を治さなかったら、お前の醜態を集落で語り継ぐからな」


「理不尽すぎるだろ……! うぅぅ……腹が痛ぇ」


 裏切り防止のために毒キノコを食べさせたとはいえ、それ以降は妙に協力的な態度を見せていたため、ほんの少しだけ気の毒ではある。


(でもまあ、仕方ないか。こいつ、裏切り者だし)


 ライカの説明によると、白タマゴタケを食べた者は、翌日に腹を壊すものの、しばらくすると小康状態になるらしい。


 それで快癒したと勘違いをしてしまうと、数日後に血を吐いて命を落とすのだそうだ。


「考えようによっては、今、腹を壊して良かったのかもな。予定よりも早く腹を壊したから、予定よりも早く死ぬかもしれないけど」


「冗談じゃねぇぞ……」


「ちゃんと回復薬も探してやるよ。ライカを助けた後でな」


 作戦上の優先順位としては、ライカの救出、逃走経路の確保、回復薬の捜索の順番だ。


 ボルゾイを負傷させたサルーキへの報復は、今回、直接的な勝利条件には含まれない。


(心情的にはぶっ飛ばしてやりたいけど、ライカを連れて、わざわざボス部屋に殴り込むわけにもいかないし……)


『出し抜くだけでも十分な報復になりますよ』


 その時、俺と同じく、仕事部屋で仮眠を取っていたはずの山田が話しかけてきた。


(起きたのか)


『はい。おはようございます。今日は頑張りましょう!』


(何だよ。テンション高いな……)


 いつもは定時帰宅できなくて、ぶーぶーと不満を漏らしているくせに。


『今日は覇王丸さんの、勇者としての初陣ですからね。僕も万全の体制でサポートしますよ!』


(まあ、やる気があるのはいいことだけど)


 問題は、そのサポートによって俺がダメージを受ける確率が高すぎることだ。


 俺は山田のやる気が裏目に出ないことを祈りつつ、腹痛に顔をしかめるハウンドと、さすがに疲れた様子のおっさんたちを見渡した。


「それじゃあ、俺たちは出発する。おっさんたちとは此処でお別れだ」


「ちょっと待て。捕まったふりをするんだろ? それなら、こいつの先を握ってくれ」


 そう言って、おっさんが紐を差し出してきたので、俺は言われるままにその先端を掴む。


 すると、おっさんは器用にくるくると紐を巻き付け――――


「おお。凄いな」


 あっという間に、俺は両手を拘束されている状態になった。


「一見、縛られているように見えるけど、握っている手を開くと紐が緩んで、簡単に解ける。これで魔王軍を油断させることができるだろう。ハウンド、ちゃんと見ていたか?」


「ああ、見ていた。というか、その縛り方は俺も知っている。大丈夫だ」


 ハウンドは右手で腹を擦りながら、左手でおっさんから紐を受け取った。


 これで魔王軍からは、俺がハウンドに引っ立てられているように見えるはずだ。


「敵に見つかることが前提の作戦だからな。くれぐれも怪しまれないように、気をつけろよ。覇王丸は馬鹿で無茶苦茶なところがあるから、お前の演技力が頼りだぞ」


「ああ。分かっている」


「分かっている、じゃねーだろ」


 二人してシリアスな雰囲気を醸し出すのは勝手だが、俺の見ている前で、堂々と俺の悪口を言うのは止めてもらいたい。


「覇王丸、お前も生きて帰ってこいよ」


「ああ」


「最悪、お嬢さえ無事なら……。いや、全員が無事に帰ってくるのが一番だからな」


「本音が聞こえたぞ」


 ライカの命が最優先であることなど、言われるまでもなく、百も承知だ。


 そうでなければ、命を懸けてまで助けに行こうとは思わない。


「心配しなくても、最初からそのつもりだよ」


 だから、安心して待っていろ――――と。


 俺とハウンドは、このまま森人の集落の監視に向かうというおっさんたちと別れて、漆黒の闇の中、港湾都市オターネストに向けて歩き出した。

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