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またの名を、毒キノコ職人という

10万文字が見えてきました。

毎日投稿できるように頑張ります。

 ボルゾイの元を訪れる少し前。


 氷室を改造した地下牢で、俺はせっせとハウンドと交渉する準備を進めていた。


『それは、はたして交渉と呼べるんでしょうか?』


(脅迫も交渉だ。それに裏切り者に人権は無い)


 ポケットから取り出した物を、気絶しているハウンドの口にねじ込み、顎を掴んで強制的に咀嚼させて、飲み込ませる。


 先程からその作業の繰り返しだ。


 何個目かの異物を口に入れたところで、とうとう、ハウンドが目を覚ました。


「うぷっ……おえっ! 何だ、何をしやがった!」


 腹筋の力だけで上体を起こし、ぺっぺっと口の中の物を吐き出す。


「やっと、お目覚めか。気分はどうだ?」


「てめぇは……」


「覇王丸だ。――――またの名を、毒キノコ職人という」


「毒キノコだと……。あっ!」


 一瞬、呆けた顔をしたハウンドは、しかし、すぐに何かに気が付いたらしく、先程、地面に吐き出した吐瀉物を確認する。


 そして、顔面蒼白になった。


「て、てめぇ……! もしかして、これ、白タマゴタケじゃねぇか!?」


「そうだよ」


「そうだよじゃねぇ! うげぇぇぇっ! おえぇぇぇっ!」


 言うが早いか、ハウンドは口の中に指を突っ込み、えずいて腹の中のものを吐きだそうとする。


 両腕を紐で縛られているのに、器用なことだ。


「勿体ないことするなよ」


 俺はポケットから新しい毒キノコを取り出して、ハウンドの口に近づけた。


『何個、持ってるんですか』


(今までに見つけたものは、捨てずに取ってある。ライカには捨てろと言われていたが、役に立ったぜ)


「ひっ! やめ、やめろ!」


 毒キノコを手に、薄笑いを浮かべながらにじり寄ってくる俺が、余程、怖いのだろう。


 ハウンドは身をよじって逃れようとするが、四肢を拘束されている状態ではどうにもならない。


 俺は、必死に口を閉じるハウンドの歯の隙間から、毒キノコをぐりぐりと押し込んだ。


「ぺっ、ぺっ!」


「吐き出したって無駄だ。お前が気絶している間に、何個も食わせたからな」


「なっ……!」


「もう、手遅れなんだよ。お前は明日、腹を壊して、三日後に血を吐いて死ぬ」


 突然の死刑宣告に、ハウンドの瞳が絶望に染まった。


「――――だが、魔王軍からライカを取り返すのに協力するなら、こいつを飲ませてやってもいい」


 俺は懐から回復薬の瓶を取り出し、ハウンドに見せる。


「それは回復薬かっ!? 頼む、飲ませてくれっ!」


「手伝うか? 命懸けだぞ? 失敗する可能性の方が高いかもしれないぞ?」


「ライカを助けるんだろ? 大丈夫だ。俺が案内する」


「本当かなぁ……」


 俺は瓶の蓋を開けると、器を傾けて、中の液体をちょっとだけ地面に零した。


「や、やめろ! 勿体ない!」


「協力するとか言って、口だけなんじゃないのか? 敵地に着いた途端に、また裏切られたら堪らないからなぁ」


「そんなことはしない! 絶対だ! もう二度と裏切らないと誓う! このとおりだ!」


 そう言うと、ハウンドはなりふり構わず、その場で地面に頭を擦りつけた。


「そこまで言うなら、飲めよ」(ぽいっ)


「うわぁぁぁ!」


 俺が蓋を開けたまま瓶を放り投げると、ハウンドは慌ててそれを拾い上げた。


 地面に零れた液体を悔しげに見つめながら、瓶の中身をごくごくと一気に飲み干す。


「ぷはっ。こ、これで……」


「助からないぞ」


「え?」


「お前が飲んだのは、ただの水だ」


 俺が放り投げた瓶は、この世界に転移してきた初日に、ライカから貰ったものだ。


 飲みきりサイズの水筒として使っていたので、当然、中身はただの水。


 毒を中和する効果は無い。


『絶望させて、いったん希望を持たせたのに、また、わざわざ絶望させるんですか?』


(そうすることで正常な判断ができなくなる。あと、俺を騙そうとしていた場合、ボロを出す可能性がある)


『悪魔の所業ですね』


(勇者なんだが?)


 俺はショックのあまり放心状態になっているハウンドに近づくと、襟首を掴んで、そのまま壁に叩き付けた。


「いてっ! てめぇ、よくも……!」


「うるせぇ」


 俺は襟首を掴んだまま、ギロチンのように腕でハウンドの首を圧迫する。


 自分よりも体が大きい相手に、こんなことをされるのは初めての経験だろう。


 ハウンドの顔に恐怖の色が浮かんだ。


「裏切り者が、土下座したくらいで許されると思うなよ? お前のせいで何人が怪我をしたと思ってんだ。お前に使う回復薬なんか、残ってねぇよ」


 本当ならば、腹でも殴ってやりたいところだが、下手に嘔吐されたら、せっかく食べさせた毒キノコが無駄になってしまう。


「いいか? お前が助かる方法はたった一つ。――――魔王軍が持っている回復薬を奪うことだ」


 魔王軍が港湾都市を占拠しているのなら、間違いなく交易用の回復薬を大量に接収しているはずだ。


「ライカを取り戻すのに協力したら、回復薬も探してやるよ。それとも、魔王軍がやって来るのを、この地下牢で待つか? 三日後だから、ぎりぎり間に合うかもな?」


 もっとも、人間に返り討ちにされた挙げ句、毒キノコを食わされて、牢に入れられた間抜けを、魔王軍が助けるかどうかは大いに疑問だ。


 少なくとも、俺がサルーキの立場なら絶対に助けない。


「どうするんだ?」


「だから、さっきから協力するって言ってるだろうが!」


「信用できない」


「信じてくれよぉ! 頼むから! 絶対だから!」


 その後、ハウンドは半泣きになりながら、完全に心が折れるまで、何回も謝罪と反省の弁を繰り返すことになった。

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