命を懸ける理由
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寝室では、いつものベッドの上に、上体だけ起こしたボルゾイが座っていた。
医療の心得がある獣人が二人、側に付き添っている。
負傷した肩の傷は、包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「覇王丸。どうやら、君は無事だったようだな」
「おかげ様でな。起こしてくれなかったせいで、完全に寝過ごしたぞ」
「それはすまなかった。私も慌てていたものでね」
俺が文句を付けると、ボルゾイは楽しそうに笑って見せたが、空元気で無理をしているのが一目瞭然だ。
「ライカのことで話がある」
「ああ、分かっている。――――すまないが、覇王丸と二人で話をさせてもらえるか」
「畏まりました」
ボルゾイが目配せをすると、付き添いの二人は一礼して寝室を出ていった。
「――――それで、どうするつもりなんだ?」
尋ねながら、俺はいつも自分が寝ている方のベッドに腰掛けた。
現状、ボルゾイには二つの選択肢がある。
サルーキの配下に加わるか、集落の住人を連れて大森林のもっと奥深くに逃げるかだ。
前者を選べば、今までの自分の生き方を捻じ曲げて、人類軍と戦うことになる。
後者を選べば、娘であるライカを見殺しにすることになる。
つまり、どちらを選んでも、ボルゾイには不幸になる未来しか待っていないのだ。
「駄目だぞ」
案の定、即座に返答ができないボルゾイに、俺は釘を刺した。
「魔王軍に加わるなら、あんたは俺の敵になる。あんたには世話になったから、俺は敵対したくない。だから、魔王軍には加わるな。奥さんとの約束だろ?」
この場面で奥さんとの約束を引き合いに出すのは、かなり卑怯ではあるが。
「………………そうだな。勿論、それは分かっている」
ボルゾイは、喉の奥から絞り出すような声で、呻くように言葉を吐き出した。
恐らく、俺が何も言わなければ、ボルゾイは降伏していた可能性が高いのではないだろうか?
たとえ、農奴にされる集落の住人を見捨てることになろうと。
たとえ、奥さんとの約束を破って人間を殺めることになろうと。
最終的には、ライカの命を最優先にしていたはずだ。
だが、それは仕方がない。
親子なのだから。
「断っておくけど、俺はライカを見捨てろと言っているわけじゃないからな」
魔王軍の軍門に下るのは望ましいことではないが、だからといって、ライカを見捨てるのは言語道断だ。
もし、ボルゾイが里長の立場に囚われて、身内を優先することは許されないなどと、くだらないことを考えていたら、その頭を引っ叩いていた。
「しかし、それでは……」
「父親に、娘を見捨てろなんて、言うわけがないだろ」
馬鹿か、と。
戸惑うボルゾイを、俺は一蹴した。
「そもそも、昨日、皆に相談するように言ったのに、どうして、一人で背負い込もうとするんだよ。そういうところだぞ」
ボルゾイの欠点は、最善の結果を求めるあまり、慎重になりすぎるところだ。
その上、自分以外に被害が及ぶことを極端に嫌うため、今回のような最初から勝ち目のない負け戦では、思考が堂々巡りをして重要な決断ができなくなってしまう。
魔王軍には従属したくない。
ライカのことも見捨てられない。
だから、自分の命を懸けた――――でも、足りなかった。
それならば、次はどうすればよいか?
答えはシンプルだ。
「俺が行くよ。俺があんたの代わりに、魔王軍からライカを取り返してくる」
突然の俺の宣言に、ボルゾイは目を丸くした。
「馬鹿を言うな。君が私たちのために命を懸ける理由など……」
「あんたには世話になったと言っただろう? ライカにも世話になった。俺はこの集落が好きなんだ。だから、命を懸ける理由はある」
「しかし、君は武器も魔法も使えないだろう」
「武器や魔法を使えなくても、集落の中では俺が一番、力も、体力も、度胸もある」
少なくとも、他の誰かがやるよりは、俺がやる方が成功する可能性は高いはずだ。
「ライカを助けなくてもいいのか?」
「む……」
「ライカを助けるために、人間を殺すことになってもいいのか?」
「……」
「どっちも嫌なら、やるしかないんだよ。いい加減、覚悟を決めろ。俺は……たとえ失敗して自分が死ぬことになっても、ライカを助けたいんだよ」
これは、善意ではない。
正義感でも、恩返しでも、自己犠牲でもない。
ただの我が儘だ。
だから、どんなに説得されても、俺が応じることはない。
「しかし、君一人でどうにかなるものでは……」
「勿論、俺一人じゃ無理だ」
それに、失敗した時は、この集落にも迷惑をかけるかもしれない。
実際、それが唯一の気がかりだった。
「だから、俺はちゃんと皆に相談したぞ」
立ち上がり、寝室の扉の向こう側に聞き耳を立てる。
人の気配がしたので扉を開放すると、そこにはおっさんだけではなく、大勢の集落の住人がいた。
「ちゃんと、話をしてくれたか?」
「ああ。見てのとおりだ。――――皆、賛同してくれた」
おっさんは疲れ切った表情で、俺を睨み付けた。でも、その表情は誇らしげだ。
「よかったな。皆も、ライカを助けるために命を捨ててくれるってさ」
「捨てるとは言ってねぇよ! せめて、託すとか、懸けると言え! 縁起でもねぇ!」
「……」
ボルゾイは信じられないものでも見るかのように、ただ茫然としている。
そして、そんなボルゾイに追い打ちをかけるかのごとく、後方から巨大な影が姿を現した。
両手を紐で厳重に縛られ、痛々しく腫れた顔に不貞腐れた表情を浮かべている黒豹の獣人。
「ハウンド……。どうして、お前が……?」
「敵陣には、俺とこいつで乗り込む。そういう作戦なんだ」
俺は苦々しく顔をしかめるハウンドの肩に手を置いて、これまでの経緯を説明した。
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