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サルーキ

毎日投稿できるように頑張ります。

「ハウンド、てめぇ……。取り返しのつかねぇことをしやがって……!」


 ライカを守るように立ちながら、山賊のおっさんが憤怒の形相でハウンドを糾弾した。


 小心者のおっさんがあそこまで怒るとは、相当なことだ。


(おっさん、怪我をしてるのか……)


 良く見ると、おっさんの服はあちこちが血で滲んでいた。


 そして、その後方には、負傷した集落の住民が何人も地面に座り込み、応急手当を受けている。


 魔王軍の足止めをしようとして、返り討ちにあったのだろう。


 起き上がることもできずに、地面に横たわっている者もいる。


 集落の全員から、殺意にも近い非難の視線を向けられて――――だが、それでもハウンドはふてぶてしく口角をつり上げた。


「何を言ってやがる。言ったはずだぜ。こうなることは、時間の問題だって。それとも、俺が討ち死にするまでは、自分たちは安全だと思っていたか?」


「そんなこと――――


「何の対策も取らず、他人に時間稼ぎをさせて、のうのうと暮らしていた連中が、よく被害者面をできるな? お前らがあっさりと返り討ちにされた相手に、毎日、毎日、命をすり減らしながら戦っていたのは誰だと思ってやがる!」


 それは、単なる逆ギレだと切って捨てるには、筋が通っていた。


 ハウンドの剣幕に、おっさんも、他の住人も、怯んで言葉を飲み込む。


 それを見て、馬鹿にするように嘲笑うと、ハウンドはゆっとりとボルゾイに向き直った。


「なあ、ボルゾイ。どうするんだよ? もう悩んでいる時間は無いぜ? 決断してくれよ。服従か、それとも徹底抗戦するのか」


 選べ――――とは言っているが、実際には選択肢など無いも同然だ。


 その場にいる魔王軍は総勢三十名ほど。


 個々の兵士がどれほどの強さなのかは知らないが、集落の非戦闘員では到底太刀打ちできないはずだ。


 それは、この場にいる負傷者が、身をもって証明している。


 今、戦闘になれば、集落は全滅する。


 つまり、生き残るには、服従するしかないのだ。


(くそ……。あの黒猫野郎……)


 俺は歯をぎりぎりと噛み締めながら、地面の石を拾い上げた。


『ちょっと、やめてくださいよ!? 今、石を投げたら、見つかるだけじゃなく、戦闘開始の引き金になっちゃいますよ!?』


(うるせぇな。分かってるよ)


『分かってなさそうだから言ってるんですけど!?』


 山田の制止の声に、俺はなんとか気持ちを落ち着けて、ボルゾイとハウンドの二人に視線を戻した。


 ボルゾイは、挑発するハウンドを一瞥したものの、すぐに視線を戻し、魔王軍の中心に立つひときわ大きな体躯の獣人を睨み付けた。


 薄黒い毛並み、口角から覗く鋭い牙、狼の顔。


 服装や、集団の中の立ち位置から察するに、恐らく、こいつがこの部隊のボスだろう。


 一見すると、単なるボルゾイの色違いだが、両者が纏っている雰囲気は、対象的なほどに異なる。


 片や湖面のように静かなボルゾイに対して、敵のボスは、嵐のように威圧的で、己への自信に満ち溢れていた。


「貴様、ボルゾイ……と言ったな?」


 敵のボスが、一歩、前に踏み出した。


 それだけで、ボルゾイ以外の集落の住人は、圧に負けて同じだけの距離を後ずさってしまう。


「俺は、港湾都市オターネストに駐留する魔王軍・オット大陸方面軍・第二軍の司令官。名をサルーキという。我々が此処に来た理由は、言わなくとも分かっているな?」


「……私たちに、魔王軍に従属せよと言うのだろう?」


 ボルゾイは、僅かな沈黙の後、返答した。慎重に言葉を選びながら話しているようだ。


「そうだ。我々は同志を募っている。それも有能な同志を、だ。――――ボルゾイ、貴様は強いのだろう? ならば、この俺の配下に加われ。そうすれば、我々の進軍を邪魔したことについては、水に流してやろう」


(偉そうに……)


 大上段からの物言いに、俺は顔をしかめた。


 魔王軍の侵攻を食い止めるのは、単なる自衛権の行使であり、当然のことだ。


 侵略者に「抵抗したこと」を咎められる筋合いは無い。


 ボルゾイもその点は苦々しく思っているようだが、さすがに形勢不利のこの場面で、売り言葉に買い言葉を返すほど直情的ではなかった。


「……その場合、私以外の獣人や、人間、森人の扱いはどうなる?」


「獣人については、引き続きこの場所で暮らすことを認めよう。だが、人間と森人については農奴としてオターネストに連れて行くことになる」


 ある意味、危惧したとおりの返答に、山賊のおっさんや森人の表情が強張る。


 それを見て、サルーキはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「ここにいる人間や森人は、おおかた我々の襲撃から逃げのびた臆病者たちだろう? 故郷を失った途端、それまでは関わろうともしなかった獣人の里に、恥も外聞もなく縋りついたか。多くの同胞を見殺しにして――――浅ましいことだな」


「っ! 貴様っ!」


 仲間の面前で公然と侮辱された森人が、激昂して、右手を差し出すように前に掲げた。


 だが――――


 次の瞬間、森人の右腕が、燃え盛る炎に包まれた。


「うわぁぁぁっ!」


 炎が燃えていたのはほんの数秒だったが、森人は悲鳴を上げて倒れ込んだ。


 その右腕は赤く焼け爛れている。


(なんだ? さっきの?)


『魔法ですね』


 山田がすかさず解説を入れた。


『森人が先に魔法を使おうとしたところを、炎の魔法で上書きしたみたいです。格闘ゲームでいうところの割り込みですよ』


(……そうか)


 別に格闘ゲームで例える必要は無かったのだが、これは山田の病気みたいなものなので、俺は言及しないことにした。


 それよりも、森人の魔法を上書きしたのは、サルーキのすぐ隣に立っている小柄な狐の獣人のようだ。


 副官だろうか?


 離れた場所から全体を眺めていた俺には、そいつが森人の動きに合わせて腕を動かしたところを、はっきりと確認できた。


「――――さて。それで、どうするつもりだ? 俺としては、そこの森人を見せしめに殺してやってもいいのだが」


 サルーキの口元が愉悦につり上がった。思い通りに事が運んでご満悦なのだろう。


 一方、ボルゾイはますます表情を険しくして、重く口を閉ざした。


「よそ者を見限るのに、何をそこまで躊躇う必要がある? 貴様が首を縦に振るだけで、多くの同胞が命を保障されるのだぞ? 人間が貴様に何をしてくれた? このような辺鄙な場所で暮らしていることさえ、もとをただせば人間のせいではないのか?」


「…………」


 ボルゾイは、サルーキの言葉を、肯定も、否定もできなかった。


(適当に話を合わせたら、ひとまずこの場は帰ってくれるんじゃないのか?)


『……いや、無理だと思いますよ。最初から騙すつもりだったのならともかく』


 たしかに、今からでは、たとえ面従腹背の演技をしても、すぐに見破られてしまうだろう。


 最悪の場合、踏み絵的な行為を強要される恐れもある。


 今から降伏を受け入れてもらうには、サルーキに「もう反抗することはない」と確信させるだけの状況を作り出さなければならない。


「――――どうやら、貴様とは、言葉で折り合うことは難しいようだな」


 サルーキはため息をつくと、沈黙を続けるボルゾイに見切りを付けたかのように腰に帯びた剣を引き抜いた。


 周囲の緊張が一気に跳ね上がる。


「サルーキ様」


 副官と思われる狐の獣人が、慌てた様子でサルーキに駆け寄った。


 サルーキはそれを片手で制する。


「オズ。邪魔をするな」


「……失礼いたしました」


 狐の獣人は、オズという名前らしい。


 軍のトップに名前を覚えられているあたり、やはり、一兵卒ではなく、側近に近い立場なのだろう。


『魔法を使える獣人は珍しいですからね。それで、重用されているのだと思います』


(なるほど)


 言われてみれば、集落にも魔法を使える獣人は片手で数えるほどしかいなかった。


 獣人は総じて身体能力が高いため、魔法の習得には食指が動かないのかもしれない。


 サルーキは配下の獣人を後退させて、自由に動き回れるスペースを確保すると、ボルゾイに剣の切っ先を向けた。


「武器を取れ。貴様の力を試してやる」


 サルーキが合図を送ると、配下の獣人が同型の剣を鞘ごとボルゾイに放り投げた。


「正々堂々、一対一だ。貴様が期待どおりの強者ならば、配下に加わることを条件に、便宜を図ってやろう。だが、逆に期待外れならば、反抗した見せしめとして、この場にいる者を何人か殺す。そして――――」


 サルーキは名案を思いついたと言わんばかりに、口角をつり上げた。


「もし、この俺に勝つことができたなら、人間や森人などと細かいことは言わずに、この集落そのものを見逃してやろう」


「サルーキ様!」


「黙っていろ」


 さすがに「集落ごと見逃す」の部分は越権行為だったのか、オズが先程よりも強い口調で諌めようとしたが、サルーキは聞く耳を持たずに一蹴した。


 どうやら――――と言うべきなのか、見たまんまと言うべきか。


 サルーキはかなり好戦的な性格をしているようだ。


 ボルゾイはごく短い時間、瞑目していたが、やがて、断るという選択肢すら、今の自分には無いという事実に思い至ったのか、鞘から剣を引き抜いた。


「……その言葉、本当だな?」


「二言は無い。さあ、いつでもいいぞ。かかってこい」


 サルーキは両腕を広げて、ボルゾイを挑発する。


 だが、それは余裕と呼ぶには、あまりにも大きな油断だった。


 ボルゾイは観念したように剣を握りしめ、サルーキを見る。


「――――分かった。その申し出を受けよう」


(ん!?)


 言い終わるやいなや、ボルゾイの姿が、俺の視界からかき消えた。

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