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ボルゾイとハウンド

毎日投稿できるように頑張ります。

 木製の扉には、隣室の光が射し込む程度の隙間が空いている。


 そこから覗き見ると、集会所には、ボルゾイと要人の他に、見覚えのある黒猫の獣人の姿があった。


(あの黒猫……名前、何だっけ?)


『たしか、ハウンドという名前です。あと、猫ではなく黒豹の獣人です』


 集会所では、そのハウンドがボルゾイや要人に対して、必死の形相で熱弁を揮っていた。


「もう限界だ! 魔王軍の気が変わらないうちに、軍門にくだるべきだ!」


「!」


 俺の胸元で、ライカの獣耳がぴくりと動いた。


 耳としては機能していなくても、喜怒哀楽の感情に合わせて、動いてしまうらしい。


 今のライカは……まあ、怒っているのだろう。


「ここのところ、毎日のように魔王軍と戦闘になっているんだ。その度に追い払ってはいるが、連中だって馬鹿じゃない。少しずつ、斥候が森の奥深くに入り込んできているし、集落にも近づいてきている。反撃だって苛烈になるばかりだ。分かるか? 仲間がどんなに深手を負っても、俺たちは撤退できないんだ! 追跡されたら、それで終わりだからな! 連中が撤退しない限り、俺たちは全滅するまで戦うしかないんだよ!」


 ハウンドの言葉に、要人の一人が「大げさだ」と呟いた。


 それを、聞いたハウンドは、射殺すような視線で、その要人を睨みつける。


「何が大げさだよ? 現に一人、仲間が死にかけただろうが! 結果的に死ななかったから、問題ないとでも思ってんのか!? 怪我が治ったら、また命懸けで戦えって言うのかよ!」


「――――言い過ぎだ。それくらいにしておけ」


 激昂して前のめりになるハウンドを、ボルゾイが渋い表情で諌めた。


「お前たちのことを軽んじてなどいない。そこは間違えないでくれ。皆、お前たちには本当に感謝しているんだ」


「それは、分かっているけどよぉ……。それなら――――


「それでも、魔王軍の軍門にくだることはできない」


 ボルゾイはきっぱりと拒絶した。


「仮に、奴らが本当に我々を受け入れるとしても――――それは獣人だけだろう。集落に身を寄せる森人や人間は、農奴として連れて行かれるはずだ」


(農奴?)


『農業に従事させられる奴隷です。魔王軍が人類と戦争をしている理由も、奴隷を確保して、食料生産をさせるためだと考えられています。オターネストの住人も、その多くが農奴として働かされているみたいですよ』


 山田が即座に、俺の疑問に解答をくれた。


(殺されるわけじゃないのか)


『全人類が奴隷になったら、それは滅亡したのと同じですよ』


 強制労働を強いられ、教育も受けられず、自分の意思で結婚も、出産もできない。


 たしかに――――それは、滅亡と同じかもしれない。


「それに、我々を受け入れるという話も、どこまで本当か分からん。魔王軍に帰属する獣人が、人間に近い外見の者たちを同胞とは認めない可能性もある」


「そこは交渉すればいいだろう! 奴らは実力主義だ。俺たちが力を示せばある程度の要求は通るはずだ」


「……」


「分かるだろ!? 今しかねぇんだよ!」


 押し黙るボルゾイを見て、ハウンドはもどかしそうに地団太を踏んだ。


「今まで俺たちが魔王軍の侵攻を食い止められたのは、なんでだと思う? それは、人間の軍が予想外に奮戦したからだ! 大森林の探索に人員を割けなかったのさ! だが、港湾都市のオターネストを押さえられている以上、いずれは増援がやって来る。そうなったら、あっという間に形勢逆転だ。戦線は押し戻されて、大森林にも大軍が雪崩れ込んでくる!」


「必ずしも、魔王軍が森の探索に人員を割くとは……」


「割くさ! 大森林を抜ければ、海峡の都市を、海と陸の両方から攻撃できるんだ! 最優先で人員を割くに決まっているだろうが!」


 苦し紛れの反論を試みた要人を、ハウンドは一蹴した。


「魔王軍が大森林を横断する過程で、必ずこの集落は発見される。どうやったって、逃げられないんだ。時間の問題なんだよ! 散々、魔王軍の妨害を続けてきた俺たちが、身の安全を保証してもらえる最後のタイミングなんだ。悩む必要なんか、どこにも無いだろうが!」


「――――お前の言う仲間には、森人や、人間は含まれていないのだな?」


「……この期に及んで、綺麗事を言うなよ」


 ハウンドの唇が歪む。それは、嘲笑だった。


「あいつらは、元々、この集落の住人でも何でもないじゃないか。俺だって別に嫌っているわけじゃない。でも、物事には優先順位ってものがあるだろう?」


「……」


「お前一人で、皆を守れるのかよ?」


 ハウンドの口調が刺々しいものに変わる。


「死んだ女房への義理立てで、古くからの仲間を見殺しにする気か!」


「――――っ!」


 その瞬間、まるで電流が走り抜けるように、ライカの獣耳の毛が逆立った。


 ――――これはまずい。


 このままでは、ライカは怒りに身を任せて、集会所に乗り込んでしまう。


 俺は咄嗟に、両腕でライカの体を抱き締めた。


 ライカの体温と、心臓の鼓動が伝わる。


「っ!?」


「おちつけ」


 耳元に口を寄せて、声を殺して囁く。


 そして、そのまま腕に力を込める。


「お前が出て行ったら、話がややこしくなる」


 更に力を込める。


「収拾がつかなくなるから、やめろ」


 もっともっと、力を込める。


「は、覇王丸さ……わか、分かりました……いたい……」


 やがて、ライカは苦悶の表情を浮かべて、俺の腕をトントンと叩いた。


『優しく抱きしめればフラグが立つ場面なのに……』


 さば折りするのかよ、と。


 山田の呆れたような声が聞こえた。


 その時――――


「誰かいるのか?」


「!?」


 結局、ばれてしまった。


「寝室に戻っていろ」


 俺は顔面蒼白になっているライカを解放して、その頭をくしゃくしゃと撫でた。


 きっと、今のライカは、頭の中がぐちゃぐちゃになっているはずだ。


 そんな状態で出て行ったところで、まともな受け答えができるはずがない。


「俺が適当に誤魔化してやるから。ほら、行け」


 背中をトンと押しておると、ライカは無言のまま寝室に駆けて行った。


『おお。庇ってあげるとは。優しいじゃないですか』


(成り行き上、仕方ないだろ)


 俺はため息をつきながら立ち上がり、ゆっくりと扉を開けた。

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