勇者の名は覇王丸(天使視点)
きりのよいところまで毎日投降できるように頑張ります。
天使の陣営と、悪魔の陣営。
この二つの勢力は、遥か彼方の大昔から、激しく対立している。
天使と悪魔の因縁は、三千世界で最も古く、最も有名な対立構造だと言っても過言ではないだろう。
とはいえ、既に大勢は決している。
勝利の天秤が傾いているのは、僕ら天使の陣営の方だ。
戦力で劣る悪魔の陣営は、もはや直接的な戦闘を避けて、三千世界のあちこちでゲリラ戦を展開するしか、選択肢が残っていないような状況だ。
このゲリラ戦というのが、いわゆる「世界の危機」の正体でもある。
今なお多くの世界で繰り広げられている人類の存亡をかけた戦いは、魔王を擁立する悪魔の陣営と、勇者を擁立する天使の陣営の代理戦争のようなものなのだ。
悪魔の陣営の目的は、一つでも多くの世界を失意の色に染め上げ、天上の権威をこそぎ落とし、自分たちの勢力を拡大すること。
そして、それを阻止し、悪趣味な陣取り合戦に完全勝利することが、
世界管理機構の役割であり、
すべての天使の使命であり、
正しい世界の在り方なのだ。
*
僭越ながら世界の管理者(下っ端)の立場から言わせてもらうと、悪魔の陣営に世界の七割を支配されているという状況は、かなりマズい。
絶望的とまでは言わないが、何か逆転の一手を打たなければ、劣勢を引っ繰り返すことはできないほど、追い詰められた状況だ。
「そ・こ・で、お前たちの出番というわけだ」
上司は懐から葉書よりも少し大きなカードの束を取り出すと、トランプのババ抜きのように広げて手に持った。
「お前たちには、手違いで地球に生まれてきてしまった勇者の守護天使になり、本来の世界で人類が滅亡するのを食い止めてもらう」
「それって……勇者を地球から転生させるってことですか?」
「そういうことだ。不具合は修正したものの、これから向こうの世界に生まれてくる勇者の力だけでは、正直、形勢を逆転できそうにない。だから、間違って地球に生まれてきてしまった勇者たちを、まとめて向こうの世界に送り返してしまおうという話になったんだ」
(命が軽すぎる……)
いろいろと問題があるような気がするが、圧倒的な階級格差の前では、僕たちの倫理観など風の前の塵に過ぎない。
僕たちが何も言わない(言えない)のを確認すると、上司は扇のように広げたカードを僕の前に差し出した。
「さあ、好きなカードを引いて。そのカードに記された勇者が、お前の守護対象だ」
「え? 見て選ぶことはできないんですか? 相性とかあると思うんですけど」
「相性もあるかもしれないけど、それ以上に当たりとハズレがあるんだよ。なにしろ年齢も性別も性格も得意分野もバラバラだから。順番が最後でいいなら、選ばせてやるけど?」
「引きます」
僕は前言を撤回してカードを凝視した。
いきなりだが、早くも勝負どころだ。ここで当たりの勇者を引くことができるかどうかで、僕が出世できるかどうかが決まると言っても過言ではない。
(……ビビッときたっ! これだっ!)
引いたカードには、次のように記されていた。
『名前:鬼怒川 覇王丸
年齢:十六歳(高校一年生)
性別:男
国籍:日本
特徴:恵まれた体格。抜群の運動神経。 性格に難あり』
(若い! 特徴も良い! そして、名前が強そう!)
これは大当たりだ。間違いない。
そう思って上司の顔を見上げると――――
「おめでとう」
半笑いだった。
「ちょ、ちょっと! この勇者、ハズレなんですか!?」
「馬鹿だな。ハズレの勇者なんているわけがないだろう?」
「さっきと言っていることが違う!」
先程の表情は、明らかに「いきなりババを引きやがった」という感じの失笑だった。
「ああっ!?」
しかも、良く見ると、カードの下の方に「性格に難あり」と小さな字で書かれている。
終わった……。終わってしまった……。
絶望する僕を尻目に、同僚たちはカードの内容を見て一喜一憂している。
「希望があるって……。素晴らしいことなんだなぁ……」
「山田、現実逃避するな。これから大事な話をするぞ」
すべてのカードを配り終えた上司は、重要事項の説明を始めた。
「まず、世界を渡る方法について説明する。知っているかもしれないが、異世界に渡る方法は転生と転移の二種類がある」
転生とは、生まれ変わりを利用して、魂だけで世界を渡る方法。
転移とは、生きたまま、肉体ごと世界を渡る方法。
「どちらの方法で渡っても構わないが、基本的には転生をお勧めする。転移は肉体にかかる負荷が大きすぎて、何らかの特殊な環境を用意しない限り、世界を渡る過程で間違いなく死んでしまうからね。また、担当する勇者が高齢の場合も、勇者の特性を活かしきるために、転生を利用した方がいいだろう」
勇者の特性とは、勇者が勇者である所以――――万能で上限の無い才能のことだ。
万能で上限が無いため、勇者は剣を学べば当代一の剣豪になれるし、魔法を学べば伝説級の大魔導士になれる。
今、地球にいる勇者の中にも、もしかしたら、学問やスポーツの分野でその道を極めた者がいるかもしれない。
ただ、いくら勇者とは言っても不老不死というわけではないので、フィジカル面での成長が期待できない高齢の勇者については、転生した方が良いということだろう。
「転生すると、肉体はリセットされるものの、前世の記憶、知識、技術などは向こうの世界に持ち越せるから、人生経験豊富な高齢の勇者はむしろ有利だぞ」
「……」
それはつまり、僕が担当する勇者の長所である「恵まれた体格」と「抜群の運動神経」にはリセットがかかるということだろうか?
そして、持ち越せる知識はたった十六年分。
しかも、性格に難あり――――
「駄目だぁ……。出世が遠のいたぁ……」
「では、最後になるが、各自に守護天使の権能を付与する」
上司は、膝から崩れ落ちた僕を完全に無視して、説明を続けた。現実は非情だ。
「付与した権能は「奇跡の行使」だ。ポイントを消費することで各種の奇跡を起こせるので、うまく使って担当する勇者を転生させてくれ。本来、お前たちの階級では使うことのできない力なんだから、くれぐれも濫用はしないように」
「初期ポイントが多すぎませんか?」
同僚の一人が、右手のカードを見つめながら質問をした。
どうやら、先程、上司から渡されたカードが、専用のデバイスになっているらしい。
見ると、たしかに初期ポイントが多すぎるような気がする。
だが、上司は何でもないことのように首を横に振った。
「それで問題ない。ポイントの半分は転生するためのもの。残りの半分は事故に見せかけて、勇者に死んでもらうためのものだ」
その言葉に、僕たちは全員、凍りついた。
――――そうだった。完全に失念していた。
転生させるには、一度、対象に死んでもらう必要があるのだ。
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