巨大熊退治(後編)
毎日投稿できるように頑張ります。
頭の中で、思いついた案が実行可能かどうかを考える。
そして、俺は「できる」と判断した。
『どうしたんですか?』
(良いことを思いついた。まあ、見てろ)
言うなり、巨大熊に向かって走り出す。
『ちょっと!?』
山田が制止の声を上げるが、今は問答をしている余裕は無い。
頭の中で思い描いた通りの展開になるように、極限まで集中力を高める。
俺は十分な距離まで近づくと、ポケットから取り出した石を、再び巨大熊に投げつけた。
ただし、今度はダメージを与えることが目的ではない。
石は巨大熊の頭部に当たり、その注意が俺に向けられる。
そして――――
目と目が合った瞬間、俺は背中を向けて走り出した。
『何、やってんですか! 追いかけてきますよ!』
山田の声が聞こえる。後ろから足音も聞こえる。
熊は人間よりも足が速いから、走っても逃げ切ることはできない。
だが、それでいい。
俺は目的の木に駆け寄ると、階段を一段飛ばしで登るように、あっという間に太い幹の上に到達した。
『駄目です! 熊は木登りが――――
(分かってる)
熊は走るのが速い。
熊は木登りが上手い。
臨界を越えて近づくと攻撃してくる。
背中を向けて逃げると追いかけてくる。
すべて、熊と遭遇した際に、注意しなければいけないことだ。
だが、今回はそれを逆手に取る。
野生の獣が理性より本能を優先するのならば――――本能を刺激してやればいい。
全長三メートル超の巨大熊。
木登りなどする必要もなく、後ろ足で立ち上がれば、俺のいる場所に手が届くはずだ。
だが、追い詰めたその先にいるのは、万策尽きた獲物ではない。
(残念だったな)
俺は渾身の力を込めて、ちょうどいい高さにある巨大熊の眉間に、鉈を振り下ろした。
鉈は深々とめり込み――――
巨大熊は大きな地響きをたてて、昏倒した。
*
「やったな、おい!」
俺が木から飛び下りて、巨大熊の生死を確認していると、周囲に散っていた山賊のおっさんたちが、狂喜乱舞しながら駆け寄ってきた。
「無茶しやがって、馬鹿野郎! でも、凄いじゃねぇか!」
「馬鹿野郎!」
「この大馬鹿野郎!」
「ちょっと待て。罵倒と称賛の割合がおかしい」
肩と背中を叩かれたり、円陣を組んでぐるぐる回ったり。俺はゴールを決めたサッカー選手のごとく、おっさんたちに揉みくちゃにされた。
「これで今夜は熊の肉が食べられるのか?」
「勿論だ。後は俺たちに任せて、お前は休んでおけ」
「じゃあ、頼む」
獣の解体や血抜きに関する知識は無いので、俺はお言葉に甘えて休むことにした。
邪魔にならないように離れた場所に座り、そのまま寝転がる。
服が汚れてしまうが、事情を説明すれば、ライカもきっと怒らないはずだ。……多分。
視界の片隅では、おっさんたちが巨大熊の毛皮を剥ぎ取っている。結構、グロい。
(……もしかしたら、俺の方が死んでいたかもしれないんだな)
そう考えると、何とも言えない不思議な気持ちになる。
動物が相手とはいえ、今回、俺は生まれて初めて命のやり取りを経験した。
やらなければやられる――――言葉通りの殺し合いだ。
思い出したら、両腕にポツポツと鳥肌が立った。
(これと同じことを、魔王軍相手にもやらないといけないのか?)
『……やれそうですか?』
山田の声も、どこか躊躇っているように聞こえる。
だが――――
(まあ、やれるんじゃないか?)
『軽いですね』
(その時になってみないと分からないけど、多分、やれるだろ)
俺は、博愛主義者でもなければ、非暴力主義者でもない。
やられたらやり返すし、先に攻撃されるまで待つつもりもない。
命とは、本来、軽いものだから。
悪意をもって命の蝋燭を吹き消そうとする者に、俺は躊躇も容赦もしない――――と思う。
実際には、その時になってみたいと分からないのだが。
「あ、そうだ」
俺はおもむろに立ち上がって、解体作業中の巨大熊の方を向いて、両手を合わせた。
『お祈りですか?』
(殺したのは俺だからな)
手前勝手な理由で奪われた命に、せめて、感謝と冥福を――――
俺はようやく、ひと仕事を終えた気分になった。
*
その日の晩飯には、煮込んで味付けをした熊の肉と、具だくさんのスープが食卓に並んだ。
地球の料理で例えるなら、煮付けととん汁の熊肉バージョンだ。
おっさんたちが適切な処理を施した熊の肉は、クセが強いという先入観がなくなる程度には柔らかくて美味しかった。
「美味しいですね」
「うむ。美味しいな」
ライカとボルゾイが、ニコニコしながら食事を口に運んでいる。
この集落では、食事は配給制だ。
集落にある炊事場で住人全員分の料理を作り、それを各家庭に配ったり、代表者が受け取りに来たりするらしい。
「覇王丸。この熊肉は、君が仕留めたものと聞いたのだが」
「本当だぞ」
「そうか。皆、度胸があると褒めていたぞ。――――だが、かなり危なっかしいやり方だったとも聞いているが」
「そうかもな」
「狩りは危険を犯さないのが一番だ。今は忙しくて無理だが、しばらくして集落が落ち着いたら、私が剣の使い方を教えてあげよう」
「じゃあ、暇になったら頼む」
「うむ」
俺の適当な受け答えにも気を悪くした様子はなく、ボルゾイは満足そうに頷いて食事に戻った。
「良かったですね。父上は集落で一番強いんですよ」
すかさず、ライカがボルゾイを持ち上げる。
出会ってまだ数日だが、ライカはかなり重度のファザコンであることが判明している。
「あいつは? 黒猫の……」
「ハウンドは二番目です。あと、猫ではなく黒豹です。怒られますよ?」
「へぇ」
俺の第一印象では、ハウンドの方が強そうだった。
だが、たしかに二人が戦ったら、ボルゾイの方が勝ちそうな気がする。
「おかわり、食べますか?」
「食べる」
俺が空になった器を渡すと、ライカはそれに具だくさんのスープをよそってくれた。
「はい。これで終わりです」
「覇王丸が来てから、料理が残らなくなったな」
ボルゾイが集落の里長であるため、料理はいつも余るくらい多めに届けられるらしい。
良いことだ、と。
ボルゾイは終始上機嫌だった。
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