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集落の仕事を手伝おう

毎日投稿できるように頑張ります。

 その日から、俺は正式に獣人の集落で暮らすことになった。


 一応、客人扱いではあるが、厚待遇に甘えて自堕落な生活を送るわけにはいかない。


 なにしろ、俺はこっちの世界のことを何も知らないのだから。


(集落の連中と積極的にコミュニケーションを取った方が良さそうだな)


 日常生活に必要な知識は、日常生活の中で覚えてしまうのが最も手っ取り早い。


 習うより慣れろ、というやつだ。


『そう考えると、異世界転生って海外留学みたいですよね?』


(全然違う)


 強制で片道切符なのだから、どちらかと言えば島流しに近い。


 だが、恨み言は口にしない。


 過ぎたこと、どうしようもないこと、水に流したことを蒸し返すのは、時間の無駄だ。


 それに、悲観するようなことばかりではない。


 前途多難ではあるが、今、こうして俺は生き延びているのだから。


(生きてさえいれば、何とかなる)


『すっごいポジティブですね』


 こうして、俺の異世界での生活が始まった。


     *


 一日目の午後。


 ライカが備蓄用の食材を集落まで運搬するというので、それに同行することにした。


 円形に加工した木板を車輪にした原始的な荷車を引っ張り、集落から少し離れた場所にある畑を目差す。


 俺とライカの他には、会合にも出席していた森人が一人と、獣人の子供が数人、手伝いで同行することになった。


 畑までの距離は、徒歩で片道一時間ほど。


 結構な距離だが、ライカたちは数日に一度の割合で往復しているのだという。


「畑は、川に近い場所や、山の方に分散して作ってあるんです。広い範囲を開拓してしまうと、それだけ外敵に見つかりやすくなりますから」


「外敵……ああ、魔王軍か」


 実際には、魔王軍だけを想定したわけではないだろうが、そこには言及しない。


 たしかに、外敵に発見・襲撃されるリスクを考えれば、農地の分散は有効だろう。


 一ケ所を潰されても食料を確保できるし、最悪の場合、今の集落を捨てて避難することもできる。


「道に迷ったり、猛獣と出くわしたりしないのか?」


「森人や獣人は、森の中でも方向感覚を正常に保てるのです。だから、おおよその位置関係を把握できていれば、道に迷うことはないですね」


 俺の質問に、ライカではなく、隣を歩く森人の男が答えた。


「猛獣は?」


「集落の者が常に交代で巡回しておりますので、野生の獣も人間の縄張りと分かっている場所には、みだりに近づきません。だから、遭遇することは滅多にありませんね」


「ふーん」


 俺は荷車を引きつつ、安心しきった様子で周囲をうろちょろしている獣人の子供たちを目で追いかけた。


 今朝の時点では、集落の住人からバリバリに警戒されていた俺だが、それは単なる好奇心の裏返しだったらしい。


 会合の後、要人たちがボルゾイの指示どおりに事情を説明して回った結果、俺は驚くほどあっさりと受け入れてもらうことができた。


     *


「――――それより、覇王丸さん。本当に怪我は大丈夫なんですか?」


 しばらく歩いたところで、ライカが話しかけてきた。


「完治するまでは、安静にしていた方がいいんじゃないですか? まだ、靴もできていませんし」


「歩くくらいなら、もう問題ない」


 心配そうな顔をするライカに、上着の袖や裾をめくって、傷の消えた腕や腹を見せる。


 ちなみに、靴は数日でできるらしい。


 それまでは裸足だが、日本でも家の仕事(畑仕事)を手伝う時は裸足のことが多かったので、違和感は殆ど無い。


「もう、痛くないんですか?」


「そうだな。痛くない」


 本当は、まだ少しだけ痛むのだが、黙っていることにする。


「回復薬を飲んだのが効いたんだろう」


「普通、そんなに効かないと思うんですけど……」


「俺は薬が効きやすい体質らしい」


『多分、そうなんだと思います。覇王丸さんの勇者の特性、判定がガバガバなので』


 回復薬の効果が、怪我を治すための努力だと判定されてしまった可能性があるのだという。


 どうでもいいが、俺に原因があるみたいな言い方はやめてもらいたい。


 ライカはあまり納得していない様子だったが、獣人の子供が草のような物を握りしめて駆け寄ってきたため、会話はそこで打ち切りになった。


「ライカ様、これ見つけた! 採ってもいい?」


 どうやら、山菜のようだ。日本でも似たような種類の山菜を見たことがある。


 ライカはにっこり笑って、子供の頭を撫でた。


「偉いね。でも、全部、採ったら駄目だよ」


「分かった!」


 子供はライカの許可を得て、山菜のある場所に戻ろうとした。


「覇王丸! お前も来い!」


「タメ口で呼び捨てかよ」


 俺は憮然とした表情でライカを見たが、ライカは苦笑いをするだけだった。


「子供たちが山菜を採っている間、休憩にしましょう」


「俺は?」


「ご指名なので行ってきてください」


「……分かった」


 俺は荷車から手を放して、遠くで手招きをする子供を追いかけた。


     *


 山菜は緩やかな傾斜のある場所に群生していた。


「先っぽの形が変だから、すぐに分かるだろ?」


「分かる」


「これ、苦いから俺は嫌いなんだけど、大人たちは好きなんだよ」


 山菜を発見した獣人の少年は、俺に山菜の見つけ方や、採り方を、親切に教えてくれた。


 ライカよりも幼く、まだ十歳くらいの見た目だというのに、随分としっかりしている。


「覇王丸も、いろいろと大変だったみたいだな。でも、もう大丈夫だぞ。集落の大人は強い人ばかりだから、魔王軍なんて怖くないぞ」


「そうか?」


 たしかに、ボルゾイとハウンドは見た目からして強そうだが、それ以外の獣人は強そうには見えなかった。少なくとも、殴り合いの喧嘩では、俺に勝てそうな奴はいない。


「覇王丸は体が大きくて強そうなのに、魔王軍に負けちゃったのか?」


「魔法を使われたんだ」


「ああ、魔法かー。それじゃあ、仕方ないな」


 獣人の少年は笑いながら、獣人には魔法を使える者が少ないのだと教えてくれた。


「でも、今は森人がいるからな。森人は魔法が得意だから、力を合わせて魔王軍と戦っているんだって、父さんが言ってた」


「なるほど」


 獣人は身体能力が高いけれど、魔法を使える者は少ない。


 森人は魔法が得意だけれど、筋肉があまりない。


『だいたい、ゲームに出てくるエルフや獣人と、特徴は同じですね』


(使えそうな奴がいたら、スカウトするのもありだな)


『いいですねぇ。あ、あそこにキノコが生えてますよ』


(どこだ?)


 俺は山田の指示に従って、木の根元からまるまると太った白いキノコをもぎ取った。


「見てくれ。こんな大きなキノコを見つけた」


「おお、凄いな。でも、見たことないやつだな」


 獣人の少年はキノコを手にとって観察したが、結局、種類が分からなかったらしい。


「うーん。ちょっと怪しいから、後でライカ様に見てもらってくれ」


「分かった」


 俺はキノコをポケットに突っ込み、その後、しばらく山菜採りに没頭した。


     *


「ライカ、キノコを見つけたんだ」


 山菜を籠に入れて荷車に積む作業中、俺が白いキノコをポケットから取り出すと、ライカはぎょっとした様子で、一歩、後ずさった。


「覇王丸さん……。それは白タマゴタケと言って、猛毒のキノコです」


「マジか」


「食べると翌日にお腹を壊して、三日後に血を吐いて死んじゃいます」


「じゃあ、これは?」


 今度は、山菜を採っている最中に俺が見つけた別の種類のキノコを取り出す。


「……それも毒キノコです。食べると翌日にお腹が痛くなります」


 どちらも毒キノコらしい。


「食べられないのか」


 ぽいっ。


「あっ! 籠に入れないでください!」


 ライカに長々と説教された俺は、帰り道にも別の毒キノコを発見したため、獣人の少年から「毒キノコ職人」という不名誉な渾名を付けられた。

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