キドゥーシュプカ防衛戦 その三
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多くの非戦闘員の避難場所となっているはずの大聖堂に、人影は無かった。
厳密には、立っている人影は一つも無かった。
足を踏み入れた瞬間に、焦げ付くような異臭が鼻にまとわりつく。
床には、重なり合うようにして倒れている修道女や、血を流して動けなくなっている兵士の姿があった。あちこちから呻き声が聞こえてくる。
正に阿鼻叫喚だが、声が聞こえるということは、まだ多くの生存者がいるということだ。
俺は部屋の隅に、恐怖のあまり膝を抱えて震えている衛兵を見つけて、歩み寄った。
「おい、何があった!?」
「わ、分からない……。庭園に竜が現れて、大混乱になって、皆をここに避難させていたら、突然、炎が燃え上がって……。人が……たくさん焼けて……」
「炎? それは魔法か?」
「分からない……」
「お前、どこか怪我をしているのか?」
俺の質問に、衛兵はぶんぶんと首を左右に振る。
「なら、しっかりしろ!」
俺は衛兵の胸倉を掴んで、強引に立ち上がらせた。
「な、何を……!」
「ここにはまだ、生きている奴がいるだろ! 座り込んでいる暇があったら、回復薬を持ってくるなり、治癒魔法を使える奴を探すなり、できることがあるだろうが!」
「っ!」
衛兵は呆然としていたが、すぐにその瞳に意思が宿りはじめた。
「分かったら、一人でも多くの人を助けろ!」
「は、はい!」
俺に喝を入れられて、衛兵が一度は打ちのめされた勇気を奮い立たせた時――――
大聖堂の奥から、何者かが現れた。
*
大聖堂の奥から現れた人影は二つ。いずれも農夫の格好をしている。
立ち上がった衛兵が「ひっ」と声を上げるのと同時に、俺は振りかぶったメイスを槍投げの要領で投擲していた。
「ぐぁっ!」
竜の皮膚をも引き裂いた一撃が、農夫の一人の頭に直撃する。
「何だ!?」
もう一人の農夫が驚いて声を上げた時には、俺はもう走り出していた。
「貴様、何者――――
「死ね!」
敵に口上など述べさせない。
とっさに防御態勢を取った農夫のガードの上から、ラリアット気味の打撃をぶちかます。
その場に薙ぎ倒されて背中と後頭部を打ちつけた農夫は、苦痛に声を上げる……間もなく、頭をサッカーボールのように蹴られて意識を失った。
『ただのパンチやキックが必殺技の威力なのは、ズルいですよね。……この人たちが敵か味方か、確かめなくてよかったんですか?』
(味方ってつまり、ボランティアの手伝いだろ? そんな連中が勝手に大聖堂の奥に行くわけがないし、仮に行ったとしても、わざわざ危険な場所に戻ってくるはずがない)
故に戻ってきた二人組は、農夫の格好をした侵入者だ。
「首が変な方向に曲がったな。ははっ」
『そこで笑うと、サイコパスだと思われますよ』
山田が自制を促してくるが、抑えられそうにない。
怒りやら、焦りやら、様々な感情が渦巻いて、俺は奇妙な興奮状態に陥っていた。
多分、アドレナリンが出まくっているのではないだろうか。
俺は床に転がったメイスを拾い上げると、衛兵を振り返った。
「こいつらは敵だから、生きていたら拘束しといてくれ」
「は、はい! 畏まりました!」
「じゃあ、俺は侵入者をぶちのめしてくるから、また後でな」
「ご、ご武運を!」
敬礼する衛兵に軽く手を振って、俺は大聖堂の奥の通路に踏み込んだ。
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