キドゥーシュプカ防衛戦 その一
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麓の村に戻ってからは早かった。
留守番をしていた兵士たちに事情を説明し、ハックとヤマダを連れてこさせる。
「ところで、覇王丸。おぬし、馬には乗れるのか?」
「爺さんは?」
「……」
「……マジかよ」
お互いがお互いをアテにしていたことが判明したため、やむを得ず、乗馬が得意な兵士に立候補してもらい、それぞれ二人乗りで大聖堂を目指すことになった。
(ライカと別行動になった弊害が出たか……)
『出るの早すぎません?』
情けない理由で出鼻を挫かれてしまったが、移動を開始してしまえば、あとは楽なものだ。
ハックとヤマダは早馬としての本領をいかんなく発揮して、本当に一時間足らずで大聖堂に到着した。
城壁よりも高い上空に、見覚えのある竜の姿を見つける。
「ちっ! 暴れてやがる!」
外堀に架けられた橋の手前で馬から降りて、周囲を見渡す。
総出で竜退治に当たっているのか、衛兵の姿は見当たらない――――と思いきや、門の下に一人の衛兵が倒れていた。
「おい! しっかりしろ!」
城壁にもたれるようにして倒れていた衛兵の肩を揺さぶると、腹部から出血していることが分かった。血の量はそれほどではないが、顔色が悪い。
「勇者……様?」
虚ろな視線でぼんやりと俺に視線を向けた衛兵は、驚いたように目を見開いた。
「ゆ、勇者様、お助けください……! 突然、竜と侵入者が……!」
「落ち着け! 腹から血が出ているんだぞ!」
苦悶の表情を浮かべながら腕に縋りついてくる衛兵を、俺は押しとどめた。
残念ながら、在庫の回復薬はすべて砦に運ばせてしまったため、手持ちの回復薬は無い。
「ゆっくりと呼吸を整えてから話せ。侵入者ってのは何だ? 竜だけじゃないのか?」
よく見れば、衛兵の傷は刃物による刺し傷のようだ。負傷したリッタを見た後だから断言できるが、竜の爪や牙ならこの程度では済まない。
「侵入者……庭園の管理を手伝いに来ていた、農夫に紛れていたらしく……。竜が現れて、混乱しているところを刃物で……」
衛兵の話では、大聖堂を訪れる者の出入りは厳しくチェックしているが、庭園の手入れに来る者については名前を記録するくらいで、ほぼ素通りさせていたのだという。
(結構、ザルだな)
『仕方ないですよ。この世界には平民の身分証明書なんてありませんから。それっぽい服装をしていれば、誰も疑わないでしょうし』
要するに、侵入者は農夫の格好をしていれば入場のチェックが甘くなることと、今日、竜の襲撃があると知っていたことになる。完全に計画された犯行というわけだ。
「侵入者は何人くらいいる?」
「分かりません……。農夫が全員そうなら……三十名くらいではないかと」
「それはいかん」
ゲンジロウ爺さんが焦ったように口を開いた。
「覇王丸。すまんが、ロザリア様のことを頼む」
「爺さんは?」
「ワシは竜を足止めする。恐らく、敵の狙いは神聖教会の要人を暗殺することだ」
ゲンジロウ爺さんの言葉に、負傷した衛兵は勿論、俺たちに同行してきた兵士の顔色も一気に青ざめた。
「竜の役目は、神聖教会の兵士を引き付けるための陽動であろう。本命の侵入者は、竜から避難するふりをして、普段なら立ち入ることのできない建物内に堂々と入り込んでいるはずだ。このままでは、敵の目論見通りに事が進んでしまう」
「そ、そんな! 勇者様、どうか法王猊下を……!」
「分かった。大丈夫だから、俺に任せろ」
俺は衛兵を安心させるために、わざと自信たっぷりに頷いた。
「法王様はどこにいる?」
「……恐らくは、大聖堂の奥に。日中、要人の方々はそこで執務をしておりますので」
「昨日、会談をやったところだな」
似たような部屋がいくつもあったと思うが、しらみ潰しに探せばいいだけのことだ。
問題は、ロザリアもそこに避難しているかどうかだが……。
(大聖堂に行く前に、迎賓館に寄ってみるか)
神聖教会の兵士には申し訳ないが、俺とゲンジロウ爺さんにとっての最悪はロザリアの身に危険が及ぶことだ。アルバレンティア王国の兵士がまるまる護衛に残っていることを考えれば、そうなる可能性は限りなく低いが、この目で無事を確かめるまでは安心できない。
「俺たちが何とかしてやる。だから、お前は生き延びることを考えろ。死にさえしなければ、ここには治癒魔法を使える奴がいくらでもいるんだからな。絶対に死ぬなよ」
「は、はい……! お願いいたします……!」
衛兵は俺の手を握り、涙を流しながら頭を下げた。
「お前らは、爺さんが竜を足止めしている間に、農夫に変装している侵入者を捕まえるように、他の兵士に伝えて回ってくれ」
「はい! 了解いたしました!」
麓の村から同行してきた兵士たちも、気合の籠もった声で返事をする。
俺は立ち上がって、依然、険しい表情をしているゲンジロウ爺さんに向き直った。
「爺さん、竜の相手、どれくらい持つ?」
「いくらでも持たせてやる。余計な気は回さずに、おぬしは自分のことに専念しろ」
「分かった。要人の中に内通者――――裏切り者がいるよな?」
「……おるだろうな。証拠は無いが、どうするかは任せる」
「了解。もしもの時は、尻ぬぐいをヨロシクな」
俺が笑顔で手を差し出すと、ゲンジロウ爺さんは「嫌だなぁ」と露骨に顔をしかめて、俺とハイタッチを交わした。
「よし、行くぞ!」
神聖教会の歴史が今日で終わるのか、明日も続くのか、今が正に天王山。
俺たちはそれぞれの役目を果たすため、別々の方向に走り出した。
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