自分にできることをするだけ
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土煙が晴れたその場所では、竜の攻撃を受けたリッタが血溜まりの中で倒れていた。
全身鎧など、竜の爪の前にはハリボテ程度の意味合いしかないのだろう。
腕のつけ根が大きく抉られており、そこから大量に出血している。
ヒナをはじめ他の兵士たちは、竜に気を取られているのか、指揮官であるリッタが負傷したため混乱しているのか、それとも単純にショックを受けているのか、次の行動を取れずに立ち尽くしていた。
「ヒナちゃん!」
そんな中、真っ先に状況を把握して声を上げたのはライカだった。
「あ、ラ、ライカお姉ちゃん……。リッタさんが……私の代わりに、竜に……」
ヒナは青ざめた顔で、何とか状況を説明しようとする。
「説明はいいから! 早く! リッタさんに治癒魔法を!」
「そ、そうだ! 治癒の奇跡だ!」
「聖女様!」
「お願いします!」
ライカの言葉を受けて、護衛の兵士たちが我に返り、縋るような視線をヒナに向ける。
だが、ヒナは首を横に振った。
「今日の分はもう使っちゃいました! 今日はもう使えません!」
絶望に表情を歪めて、ヒナが声を絞り出す。
「覇王丸さん!」
ライカは即座に次の行動に移った。
ポケットから取り出した瓶を、俺に見せる。
見覚えのある瓶の中身は、俺たちが王都エードラムに到着したその日に、ゲンジロウ爺さんから分けてもらった高級回復薬だ。この場に持ってきていたらしい。
「覇王丸さん、これを……」
「使え!」
ライカが使用の許可を求めているのだと理解した瞬間、俺は大声で叫んだ。
高価な薬だろうと知ったことではない。今は時間が惜しい。
命は何よりも大事だと、聖人のようなことを考えているわけではないが、リッタにもしものことがあれば、ヒナは大きなトラウマを抱えてしまう。
ヒナの命の恩人を、この場で見殺しにするという選択はあり得なかった。
だが、リッタに駆け寄ろうとするライカを、強硬派の男が阻んだ。
「待て! 獣人が兵士長に触るな!」
「どいてください! 回復薬があるんです! 使わせてください!」
「うるさいっ! 獣人の助けなど誰が借りるか!」
(こいつ……!)
ライカの前に立ちはだかる強硬派の男に、俺は再びドス黒い感情を滾らせた。
そして、力ずくで邪魔者を排除しようとしたその時、
「いい加減にしてください!」
初めて怒りの感情を露にしたライカの声が、その場に響き渡った。
「貴方が私を嫌いなことと、私が誰かの怪我を治療することは、何の関係もありません! 私は獣人だけど、貴方たちとは何も違わない! 苦しんでいる人を助けたいという気持ちは、私にだってあるんです!」
怒りか、悔しさか、悲しみか、それともそれらすべての感情がごちゃまぜになって、自制が効かなくなったのかは分からないが、ライカは泣いていた。
ポロポロと涙を零していた。
「今は一刻を争うんです! どいてください!」
「くっ!」
「どけ! 邪魔をするな!」
強硬派の男が何かを言い返すよりも早く、他の兵士が強硬派の男を押しのけた。
「お願いします! 早く兵士長を!」
護衛の兵士たちに頭を下げられて、ライカはすぐにリッタの傍に膝をついた。服が血で汚れることも、まったく気に留めていない。
「リッタさん! 聞こえていますか!? 意識はありますか!?」
「……あ……うぅ……」
ライカの呼びかけに、リッタは弱々しく頷く。
「絶対に助かります! 気を強く持ってください!」
そう言うと、ライカは外套をリッタの体に掛け、それまで獣人であることを隠すのに使っていたシスターベール風のフードの、ベール部分を力任せに引きちぎった。
「血を止めます! 誰か、リッタさんの体を固定してください!」
ライカの言葉を受けて、兵士たちが我先にと動き出す。
ヒナも祭服の外套を脱いでリッタの体に掛けた。出血が酷いから、体温が下がらないようにするためだろう。
「リッタさん、今から血を止めます! 痛いけど我慢してください!」
ライカはベールに高級回復薬を染み込ませると、それを傷口にあてがい、患部を圧迫した。
リッタは苦悶の表情を浮かべたが、すぐに高級回復薬が患部に浸透したのか、徐々に呼吸が落ち着いてくる。
ライカはベールの上から更に高級回復薬を染み込ませると、いつか俺にしたように、最後の一口をリッタの口元に持って行った。
「最後の一口です。口に含むようにして、ゆっくりと飲んでください」
リッタは頷くと、瓶の口から高級回復薬を飲んだ。
「絶対に助かります。だから、安心してください。絶対に助かります……絶対に」
また、情緒が不安定になっているのか、ライカは泣きべそをかきながら、自分に言い聞かせるように、何度も、何度も、同じことを呟いた。
それを見ながら、俺は自分が冷静になっていることに気が付いた。
冷静と言っても、冷めたわけではない。むしろ気持ちは昂っている。
ライカが自分にできることを精一杯やっているのだから。
俺は、俺にできることをやらなければいけない。
「おい」
俺はつまはじきにされて呆然と立ち尽くしている強硬派の男に声をかけた。
「俺は今から竜を何とかしてくる。お前はここで見張りをしていろ。いざという時は、お前が囮になれ。これ以上、誰も傷付けず、誰も傷付けさせるな」
「……」
「ヒナだけじゃない。リッタも、ライカも、全員を守れ。もし、できなかったら、俺がお前を殺すぞ」
この期に及んで、こいつがライカをどうにかすることはないだろう。
だが、念のためだ。
万が一でも、億が一でも、ライカが傷付くことがあってはならない。
「……分かった。何かあった時、この中では俺が真っ先に死ぬ。だから、さっさと行け」
強硬派の男は、意志だけは強い視線を俺に向け、静かに呟いた。
俺はそれに何も応えず、ライカたちに背を向けた。
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