皆がいて良かった
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「まだ、細かな力の制御には不慣れでの。もし、巻き添えで当たった者がいたなら申し訳ない」
強硬派だと思われる兵士の一人を、恐らくは風の魔法で吹き飛ばしたであろうゲンジロウ爺さんは、悪びれた様子など一切なく、挨拶をするような軽い口調で謝った。
「先程から見ていれば、年少者の真摯な言葉に対して、あまりにも傲慢な対応。また、客人に対する態度とも到底思えない。故に、こちらで勝手に処罰させていただいた」
「は、はあ……」
突然、話しかけられたリッタは、助けを求めるようにきょろきょろと視線を彷徨わせるが、当然ながら誰も助けない。
駐留部隊の兵士は勿論のこと、俺も、ライカも、呆気にとられていた。
「本来ならば、瓶を投げた者全員の素っ首を斬り落としてやりたいところだが、今回は警告に留めて、これで手打ちにする。もし、ワシのしたことに不満があるのなら、法王猊下にでも、ロザリア殿下にでも、好きに注進するがよかろう」
「い、いえ! 先程の行為は、我々に非がありました。この程度で不問にしていただけるのであれば、むしろ感謝しなければなりません」
リッタは狼狽えながら、どうにかゲンジロウ爺さんに機嫌を直してもらおうと、必死に場を取り繕おうとする。
だが、ゲンジロウ爺さんの態度は実に素っ気ないものだった。
「さようか。それならば、ワシらは村の入口で待っておるので、さっさと護衛を選抜したら、砦まで案内してもらおうか」
「今すぐに向かわれるのですか? 少しお休みになられた方が……」
「まだ、昼前だからの。早く片付ければ、今日中に帰路に付ける」
こんなところに長居はしたくないと言わんばかりに、ゲンジロウ爺さんは一方的に話を打ち切ると、俺たちに目配せをした。
「ライカ、行くぞ」
「は、はい」
ライカはまだ状況が把握できていないらしく、戸惑いながら俺の手を握った。
一時的にではあるが、先程の深い悲しみは頭から抜け落ちているようだ。
俺も、先程まで頭の中を覆い尽くしていたマグマのような負の感情が、ゲンジロウ爺さんの剣幕にあてられて、嘘のように消し飛んでしまった。
『毒気を抜かれた感じですか?』
(そうだな)
もしかすると、これがゲンジロウ爺さんの狙いだったのかもしれない。
「ヒナも行くぞ」
「はい」
ヒナは頷くと、何を思ったのか駐留部隊の兵士たちに向き直った。
「ライカちゃんは、ヒナのお友達です。お友達が悪いことをしたら、ヒナはちゃんと叱ります。でも、お友達が何も悪いことをしていないのに悪く言われたら、ヒナは怒ります!」
(おお……)
俺は胸がすくような思いで、駐留部隊を怒鳴りつけているヒナを見ていた。
よくぞ言ってくれた、という感じだ。
「それはそれとして、護衛はよろしくお願いします!」
(すげぇな)
『無敵すぎる』
その会話の流れで、そのセリフを堂々と口にできるとは。
やはり、ヒナは並みの十歳児ではないようだ。
俺は小走りで近づいてくるヒナの頭を、若干の尊敬の念を込めて撫でた。
「ほれ。さっさと、外に出るぞ。ここは空気が悪い」
少し先では、ゲンジロウ爺さんが急かすように手招きをしている。
俺はライカの手を引いて、ゲンジロウ爺さんの横に並んだ。
ちなみにヒナはライカと手を繋いでいる。
「爺さん、かなり怒ってんな?」
「ワシが動かんかったら、おぬしが暴れとっただろうが」
「うん。殺すつもりだった」
俺の発言に、ライカがぎょっとした顔で俺を見る。
「人死にが出たら、さすがに庇いきれん。これ以上、ロザリア様の負担を増やすな」
「じゃあ、怒ってないのに、怒っているふりをしたのか?」
「……そう見えたのなら、おぬしの目は節穴だの」
「ああ、うん。分かった」
前言撤回。くっそ怒っている。
ゲンジロウ爺さんがここまで怒ったところは、初めて見た。
「おい、覇王丸。交渉がうまくいかなかった場合、砦はワシとおぬしの二人で落とすぞ」
「二人で? できるか?」
「弓矢は風の魔法で無力化できるし、白兵戦なら何人いようが負けはせん」
ゲンジロウ爺さんは、当然のことのように断言した。俺も刃物無しのタイマン勝負ならば、たいていの奴に勝つ自信はあるが、大勢に囲まれるとどうにもならない。
もしかして、ゲンジロウ爺さん一人でも砦を攻め落とせるのではないだろうか。
「こんなところには一泊もしたくないからの。今日中に片づけて、簡単だった、なぜ砦を奪われたのか分からんと、奴らの無能さを大聖堂に報告するとしよう」
「ははっ! それはいいな!」
俺はなんだか楽しくなって、思わずゲンジロウ爺さんの肩に腕を回した。
「重い。肩を組むな」
「いやー。俺、この世界で最初に会った勇者仲間が爺さんで、本当に良かったよ」
「……はあ。それは光栄だの」
ゲンジロウ爺さんはしかめ面のまま、だが、まんざらでもなさそうに口角をつり上げた。
「覇王丸様! ヒナはどうですか!?」
「爺さんの次に会った勇者がヒナで良かったよ」
「ですよね!」
ヒナは満面の笑顔だ。
「あ。勿論、この世界に来て最初に会ったのがライカで、俺は良かったと思っているぞ?」
ライカと目が合ったので、いかにもフォローするような口ぶりで本心から思っていることを伝えると、ライカはフフッと微笑んだ。
「最初に会ったのは、私じゃなくて夜警のおじさんたちですよ?」
「山賊のおっさんはいいんだよ。ノーカンだから」
「何ですかそれは」
俺はわざと明るく振る舞って、先程のことを記憶の片隅に追いやろうとした。
この場に、ヒナとゲンジロウ爺さんがいてくれて、本当に良かった。
さっさと用件を済ませて、アルバレンティア王国に帰ろう。
別行動を取っているハウンドとも合流して、全員で旅を続けよう。
その時、俺はそんなことを考えていた。
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