大切なものを傷つけられる
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思えば、これまでのライカの旅は、自分が獣人であることを隠しては、打ち明けることの繰り返しだった。
ずっと、そればかりを気にしていたように思う。
老夫婦に優しく受け入れてもらったこともあれば、金髪の男に馬鹿にされたこともあった。
だが、明確に拒絶されることは一度も無かったはずだ。
大森林で暮らしていれば、自分の出自など、疑問にすら思わなくてよかったはずなのに。
――――俺の旅に同行したことは、ライカにとって本当に良いことだったのだろうか。
そんな俺の心配と不安を余所に、ライカは話しはじめた。
「最初に、獣人であることを隠していたことについては、申し訳ありませんでした。そのことで、皆さんを不快にさせてしまったなら、謝罪します」
そう言って、謝る必要などないのに、ライカは丁寧に頭を下げる。
「私の故郷は、アルバレンティア王国にある大森林の中の小さな集落です。そこには、私の他にも百人くらいの獣人が暮らしていて、私のような年少者を除けば、皆、大なり小なりの差別を受けて、居場所をなくして集まって来た人たちです。――――でも、私の集落には、人間のことを悪く言う人や、憎んでいる人は、一人もいません。それは、いつか自分たちの故郷を、人間も、獣人も、森人も、種族の分け隔てなく、誰もが手を取り合って暮らせる場所にすることが、私たちの目標だからです」
それは、ライカの母親とボルゾイが約束して、今では集落の住人すべてに受け継がれている目標だ。
この夢を共有していたからこそ、魔王軍の勧誘もはね退けることができた。
「……正直なことを言えば、私には留守番をしているという選択肢もありました。安全な場所でおとなしくしていれば、皆さんに不快な思いをさせることも、仲間に迷惑をかけることも、自分が辛い思いをすることもないと分かっていたんです。……でも、見たくないものから目を逸らして、聞きたくないことに耳を塞いでいたら、何も変わらないし、自分自身も変われないと思いました。私のすぐ近くに世界を変えようとしている凄い人がいて……。それなのに、何の役にも立たず、何もできないままの自分ではいたくないと思ったんです」
『うぅぅぅぅぅ……』
(また、泣いてんのかよ……)
正直なところ、興ざめしてしまうのでマジでやめてほしい。
俺がすぐ隣で、複雑な思いを抱えていることなど露ほども気づかない様子で、ライカはもう一度、深く頭を下げた。
「私も自分なりに、この世界を変えたいと思っています。自分にできることは微々たるものかもしれないけれど、それでも、今、辛い思いをしている人たちが、追い詰められて、他に選択肢がなくて――――不幸な結末を受け入れてしまうことのないように、少しでも未来を変える力になりたいです。皆さんは、獣人に酷いことをされたかもしれない。砦を占拠した獣人は悪い人たちかもしれない。でも、それがすべてではないと信じてほしいんです。少なくとも私は、人質にされた皆さんの仲間を助けたいと、心から思っています。どうか、私にそのお手伝いをさせてください」
駐留部隊の兵士からは、何の反応も無かった。
その沈黙は戸惑いかもしれないし、黙殺かもしれない。
それでも、ライカは言いたいことをすべて言ったのか、満足した表情で俺を見た。
『ああ……できることなら、僕が抱きしめてあげたい……』
(逮捕されちまえ)
俺は心の中で山田に毒を吐きながら、それでも山田と同じ気持ちでライカの頭を撫でようと手を伸ばした。
その時――――
ライカの足元に、小さな放物線を描いて、何かが投げつけられた。
カラン、と。空虚な音を立てて地面に転がったものは、回復薬の瓶だった。
言うまでもなく、先程、ライカが兵士たちに配って回ったものだ。
瓶は割れこそしなかったが、コロコロと転がって、ライカの靴にコツンと当たった。
それに追随するように、二個、そして三個と、強硬派だと思われる兵士たちから、回復薬の瓶が投げ込まれる。
(何だ……これは……?)
獣人からの施しは受けないということか?
それとも、ライカが――――獣人が手で触った物だから、要らないということか?
ライカは俯いたまま、悔しそうにぐっと歯を食いしばった。
そして、何も言わずに、投げ捨てられた瓶を拾い集め、元の箱に戻す。
前髪に隠れて、その目元は見えない。だが、唇が微かに震えていた。
俺は、頭の神経が焼き切れるのではないかと思うほど、怒りで頭が真っ白になった。
――――ライカの泣き顔など、見たくはなかった。
辛い思いなどさせたくなかった。
いつかこの旅が終わった時に、世界は綺麗だったと、人間は優しかったと、集落の皆の前で笑いながら語ってほしかった。
それなのに。
――――踏みにじりやがったな。
誰かに対してこれほどの殺意を抱いたのは、オターネストでサルーキと対峙した時以来だ。
(……上等だ。獣人よりも、魔人よりも、人間の方が恐ろしいと、俺が思い知らせてやる)
俺がドス黒い衝動の命じるまま、前に一歩、踏み出そうとしたその時、
「ぎゃっ!」
突然、俺の目の前で、強硬派と思われる兵士の一人が、まるで人身事故にでも遭ったかのような勢いで、見えない力に吹き飛ばされた。
兵士が吹き飛んだ方向の反対側――――
「ふむ。これは失礼したの」
そこには、ゲンジロウ爺さんが立っていた。
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