みんなでお風呂(前編)
毎日1000文字を目標に続きを書いています。
隔日で更新できるように頑張ります。
その日の夜、大変なことが起きた。
なぜか、全員で一緒に風呂に入ることになったのだ。
事の発端は、俺が昨日と同じようにライカを連れて風呂に行こうとした時に、ヒナが自分も一緒に入浴すると言い出したことだ。
「おとなしく、三人で風呂に入っとればよかったのだ」
ゲンジロウ爺さんがブツブツと文句を言いながら、和服を脱いで白装束のような湯着に袖を通す。
湯着とは風呂に入る時に着る衣服のことだ。
日本でも混浴の温泉では着用を義務付けられることがあるが、元々は怪我人や病人が体を隠して入浴するためのものらしい。
「冗談だろ。ただでさえ昨日のライカの件で誤解をされているのに、その上、ヒナまで風呂に連れ込んだら、どうなると思ってんだ」
絶対に使用人経由で、あらぬ噂が神聖教会の上層部に伝わってしまう。
具体的に言えば、覇王丸はロリコンの性犯罪者だという噂が公式見解さながらに神聖教会から発信されてしまう。
痴漢冤罪じゃあるまいし、社会的に死ぬのは御免だ。
そこで、俺はゲンジロウ爺さんを道連れにしようと強引に風呂に誘ったのだが、家族風呂だと勘違いをしたヒナがロザリアにも声をかけ、何を思ったのかロザリアが了承したのだ。
そして、現在に至る。
女性陣からの強い要望で、俺とゲンジロウ爺さんは先に湯着に着替えて風呂に入り、後から女性陣を待つ段取りになった。
「まあ、これだけ大人数で風呂に入るなら変な誤解もされないだろ。こうやって湯着も着ていることだし。健全だな」
「たわけ。ロザリア様を巻き込んだ時点で、妙な噂など立つものか。王族の醜聞など広めようものなら、使用人の首など一瞬で飛んでしまうわ」
多分、この場合の「首が飛ぶ」は比喩的な表現ではなく、物理的なものだろう。
使用人には口が裂けても言えない秘密を抱え込ませてしまったことになる。
(申し訳ないことをした。後でチップを渡そう……)
俺は心の中で反省しつつ、掛け湯をして湯船に浸かった。
昨日と同じように、薬用効果がじんわりと体中に染み込んでくる。
使用人から聞いた話では、入浴剤よろしく湯船に回復薬を大量に投入しているとのこと。
自腹で同じことをやろうとしたら幾らかかるのか見当もつかないが、贅沢な入浴方法であることだけは間違いない。
「ふう……。この風呂は本当に素晴らしい」
ゲンジロウ爺さんもご満悦の様子だ。
そのまましばらくゲンジロウ爺さんと二人で湯に浸かっていると、脱衣所からきゃいきゃいとはしゃぐヒナの声が聞こえてきた。
「女三人寄れば……とは言うが。ワシはもう出たくなってきた」
「爺さん、女嫌いなのか?」
「そういうわけではないが、自分の年齢を考えると、何をしておるのかと虚しくなるぞ」
ゲンジロウ爺さんがげんなりした様子でため息をついた時、
「覇王丸様!」
脱衣所からヒナが一番乗りで走ってきた。
しかも、子供サイズの湯着が無かったらしく、素っ裸だ。
「こら。走ってはいかん」
ゲンジロウ爺さんが注意するが、ヒナはまったく減速せず、そのまま掛け湯もせずに湯船に飛び込んだ。
「覇王丸様、お待たせしました!」
「おう。風呂場で走ったら駄目だからな」
「分かりました!」
「本当に分かってるか?」
俺が疑惑の眼差しをヒナに向けていると、遅れてロザリアとライカが現れた。
二人は髪を手拭いでまとめて、しっかりと湯着を身につけていた。
「うう……。こんな便利な物があるのなら、昨日も着ればよかったです」
ライカが昨日のことを思い出したのか、恨みがましい視線を俺に向けてくる。
「俺も知らなかったんだから仕方ないだろ。いいから入れ」
昨日と同じように俺が水面をばしゃばしゃと叩いて催促すると、ライカはため息をついて、湯船に浸かった。
「左右に女の子を侍らせて楽しそうですね?」
ロザリアがからかうような視線を俺に向けながら、ヒナとゲンジロウ爺さんの間に体を滑り込ませる。
横から、ライカ、俺、ヒナ、ロザリア、ゲンジロウ爺さんの順番で横一列に並んで、俺たちは風呂に浸かった。本当に家族風呂のようだ。
「一度、親しい人達とこうしてお風呂に入ってみたかったんですよね」
「恥ずかしくはないのか?」
「湯浴みの時は、だいたい使用人が五、六人は付いてきますから。もう慣れていると言いますか。……男性がいるのは、少し恥ずかしいですけど」
「ふーん」
俺は生返事をしながら、裸のヒナを通り越して、湯着を着ているロザリアをガン見した。
俺はロリコンではなく巨乳派なのだから当然のことだ。
(うーん。湯着を着ているから健全だと思っていたけど、全然、そんなことはなかったな)
むしろ、湯着が濡れて透けているため、逆にエロいまである。
ちなみに、どうでもよいことだが、山田は今日も定時で帰宅していた。
昨日からチャンスを連続で逃しているあたり、あいつは本当に持っていない男だ。
「あの、そんなにマジマジと見つめられると……」
「ああ、悪い悪い」
俺は両手で胸元を隠すロザリアから目を逸らし、反対側にいるライカ(の胸)をガン見した。
「な、何ですか?」
「いや、別に」
見慣れたものを見て心を落ち着かせようとしているとは、口が裂けても言えない。
(……よし。落ち着いた)
「あの、あまりじっと見つめられると恥ずかしいので……」
「そうだな。ちょっと浮かれてしまった。俺らしくもない」
「いえ、覇王丸さんらしいですけど」
どうやら、ライカの中で俺はセクハラをするキャラとして定着しているらしい。
実に不名誉なことだ。
「覇王丸様、ヒナのことも見ていいですよ!」
「うん。気持ちだけもらっておく」
ヒナが「さあ見ろ」と言わんばかりに両手を広げた瞬間、ロザリアとライカから突き刺さるような視線を向けられたため、俺は即座に顔を背けた。
その間、ゲンジロウ爺さんは我関せずの態度を貫いて、静かに瞑目していた。
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